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北朝鮮「拉致組」の卑劣な悪巧み…中国公安当局も関与の疑い

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

中国吉林省延吉市で脱北者2人が北朝鮮に強制送還される事件が発生した。この裏で、悪名高き北朝鮮の秘密警察、国家保衛省(保衛省)の「拉致組」が暗躍していたと北朝鮮事情に詳しい情報筋が伝えてきた。

女子大生を拷問

金正恩氏は国民の脱北を非常に忌み嫌っている。そのため、国境地帯の警備は年々厳しくなっているが、脱北行為、それも時には集団で脱北するケースが後を絶たない。そのためか、保衛省は「拉致組」を中国に送り込み、卑劣なやり方で脱北行為を取り締まろうとしている。

情報筋は、強制送還された2人の脱北者は、韓国に定住する脱北者のイさんを呼び寄せるための「エサ」として、保衛省に泳がされていたと見ている。イさんと2人の関係は詳らかでないが、ある時、イさんのもとに中国の脱北ブローカーの女性から電話がかかってきて、次のように述べた。

「あなたの家族が脱北したが保衛員に逮捕されたのですぐに来てほしい。保衛員と直接話をしてくれ」

突然の電話にイさんは当惑したが、落ち着いてから「これはワナだ」と感づいた。中国へ行かなかったのはもちろん、折り返しの電話もしなかった。後にわかったことだが、ブローカーの女性は、保衛省に脅されてイさんに電話をかけていたのだ。

取り調べで恐喝と拷問を駆使する保衛省らしいやり口だ。恐喝もさることながら保衛省の拷問のすさまじさを物語る悲惨なエピソードがある。一昨年5月、韓流ビデオのファイルを保有していた容疑だけで女子大生が摘発された。保衛省は彼女に過酷な拷問を加えた。拷問の辛さとその先の人生に絶望した女子大生は、悲劇的な選択をするまでに追い込まれた。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

幸いにも、イさんには保衛省の悪巧みは成功しなかったが、エサとして泳がされていた2人の脱北者は用済みとなって強制送還されてしまった。2人の消息については不明だが、拷問などの虐待を受け、重罰に処されるのは不可避だ。

(参考記事:北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

見過ごせないのが、保衛省の卑劣な悪巧みに中国の公安当局が関与しているふしがあることだ。

人身売買の被害も

実は過去にも、似たような手口で脱北者が保衛省に逮捕されたことがある。ある女性は、脱北後に人身売買の被害に遭い、中国人男性と結婚して暮らすこととなった。脱北女性がブローカーに監禁され性的搾取を受けたり、人身売買の被害に遭うケースは後を絶たない。

(参考記事:「中国人の男は一列に並んだ私たちを選んだ」北朝鮮女性、人身売買被害の証言

女性は、韓国へ行って韓国国籍を取得した。中国人男性との関係がどうなったかについては不明だが、夫婦仲の良し悪しは別にして、こうしたケースは珍しくない。女性は中国に残した子どもを韓国に連れてこようと再度中国を訪れたところ、保衛省に逮捕される。これは中朝合同作戦だったというのが情報筋の見立てだ。

中国における脱北者を取り巻く環境は、このように年々悪化している。脱北者たちは、過去にもまして保衛省への警戒を強めている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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