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太平洋クロマグロ資源管理 あまりにも非常識な日本提案

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事
8月8日の関係者説明会では、水産庁の説明に対して、漁業関係者から異論が噴出した

絶滅危惧種クロマグロの資源管理が国内外で大きな関心を呼んでいます。日本の今年の国際会議に提案する書類が、先日公開されたので、その内容について解説します。結論から言うと、日本がやる気が無い提案をして、諸外国が呆れるという、ここ数年の恒例行事が今年も繰り返されることになりそうです。

水産庁は1日、韓国・釜山で28日から開かれる国際会議で、日本近海を含む北太平洋海域のクロマグロの新たな漁獲規制案を提案すると発表した。

出典:クロマグロ:漁獲規制案を提案へ 日本、資源量に応じ増減 - 毎日新聞

マグロなどの公海や多国のEEZを回遊する魚を、高度回遊魚と言います。高度回遊魚は一国では資源管理が出来ない場合が多いので、資源管理のための国際組織をつくり、資源管理についての話し合いをします。太平洋クロマグロの管理機関であるWCPFCの本会議は、毎年12月に開かれます。この本会議でクロマグロの漁獲方針を示すために、8月末に関係各国が集まって会議(北小委員会)を開きます。先日、この会議での日本政府の提案が公開されました。今年のWCPFC本会議に向けての日本の方針が示されたと言うことになります。8月8日には、日本の漁業関係者にその内容を周知をする会が開催されました。

今後の流れ

8月  漁業者説明会

9月  北小委委員会

12月 WCPFC本会議

今年の日本提案についてはこちらにドラフトが公開されていますので、これを元に考察していきます。

1)短期的管理目標(歴史的中央値に回復率60%)

2024年までの短期管理目標については、大きな変化はありません。2024年までに、歴史的中間値(過去の親魚の量の中間値)まで資源が回復する確率を60%以上にするという内容です。クロマグロは漁業の影響で明治時代から減少していたので、すでに資源が減少した時代のデータしか存在しません。クロマグロの歴史的中央値は、漁獲がない時代の資源量(B0)の6%程度ですので、一般に管理目標として用いられている20-60%B0よりも大分低い状態です。また、回復確率60%というのも、10回のうち4回は回復しないことになるので、絶滅危惧種の回復計画には不適切です。回復する確率のほうがやや高いというような状態を目指しているようでは、本気で資源を回復させるつもりがあるのか疑問です。昨年のWCPFC本会議では、日本主導で決められたクロマグロの管理目標に対して、韓国を除く、ほぼすべての参加国が批判をするという残念な結果になりました。

 基本的には、2024までの目標は、諸外国の非難を浴びた昨年と同様です。唯一の大きな変化は、「もし、回復確率が65%を超えるようなら、回復確率が65%に下がるまで漁獲量を増やそう」という案が付け加えられたことです。

If the SSB projection indicates that the probability of achieving the historical median by 2024 is more than 65%, the catch limit for small fish may be increased (in %) as long as the probability is maintained at 65% or larger. F

「こんな規制では甘すぎる」と国際的な批判を浴びている中で、更に漁獲枠を増やす提案がなぜ出てくるのか、筆者には理解できません。この日本提案が国際的な理解を得るのは難しいでしょう。そもそも65%という回復確率は低すぎます。3回に1回は回復に失敗するようでは、資源回復計画とは呼べません。現状の資源状態が悪いことを考えると、資源の回復ペースが早かったなら、一年でも早く回復目標を達成し、その後に漁獲枠を増やすというのが当たり前な考えです。回復確率の計算のもととなるモデルのパラメータをちょっといじれば、5%ぐらいすぐに変わります。絶滅危惧種を歴史的最低値から回復させる過程なのに、たったの回復率65%で漁獲枠を増やすというのはあまりにも非常識です。

ニュージーランドのホキの資源管理との比較

クロマグロの資源管理の現状が如何に非常識かを示すために、ニュージーランドのホキの漁業管理と比較してみましょう。ホキはマクドナルドのフィレオフィッシュに使われるような白身の魚です。ニュージーランド政府は40%-50%B0を管理目標としています。20%B0を下回ると資源回復のための緊急措置が発動され、10%B0を下回ると禁漁に近い措置が執られることになっています。

ホキの漁獲戦略
ホキの漁獲戦略

ホキの場合は2000年前後から卵の生き残りが悪く、十分な親がいたにもかかわらず資源が減少しました。ニュージーランド政府は漁獲枠を大幅に削減して、20%B0ラインを死守しました。2007年には、卵の生き残りが良くなり、資源回復の兆しが見えてきたことから、政府が12万トンの漁獲枠を提示したが、業界は資源を素早く回復させるために更なる漁獲枠の削減を要求し、漁獲枠は9万トンに削減されました。ニュージーランド政府と漁業関係者の努力により、資源は順調に回復して、現在は目標水準を上回っています。

参考:私が収録したニュージーランドの漁業関係者へインタビューです。

ホキのような漁業先進国の一般的な資源管理と比較すると、「2.6%B0の資源を6%B0まで回復させよう」というクロマグロの管理目標が非常識であることがよくわかります。普通に考えれば、太平洋クロマグロの回復目標は禁漁を議論するような資源水準なのです。日本政府は、資源量が10%B0を大きく割り込んだ状態で、回復確率が65%以上なら漁獲枠を増やそうと提案をしています。それに対して、ニュージーランドの漁業関係者は、20%B0の資源を一年でも早く40%B0 まで回復させるために、政府に漁獲枠の削減を要請しました。

2)長期的な管理目標の導入

今回の目玉は、長期的な管理目標の導入です。長期的管理目標については、これまで日本政府は強硬に反対してきたのですが、国際世論に抵抗しきれなくなったのです。

過去の経緯について整理します。2015年から、米国は長期的な管理目標を設定するように、北小委員会で主張してきました。漁獲がない時代の2~4%という現在の資源水準は低すぎるので、最低でも初期資源(漁獲がない場合の資源水準)の20%まで回復させようという当たり前の提案です。20%B0 というのは、低めの目標水準と言えるでしょう。この米国提案に対して、日本はこれまで猛反対をしてきました。水産庁は、国内の漁業者には「米国の提案が採用されると漁業ができなくなる」と脅し、「日本は危機感の共有を」と業界紙で漁業関係者に呼びかけていました。

宮原理事長は、「この長期目標が採用されれば、限りなく漁獲をゼロとする、人為的な禁漁にさえ追い込まれる恐れがある」と指摘。

宮原理事長は、「今、海洋環境も大きく変化している。B0を根拠とした管理は非常に不安定で危険」

出典:クロマグロ資源管理で「B0=ビー・ゼロ論」、日本は危機感の共有を

去年までは、日本代表(水産庁)は「米国提案だとマグロが捕れなくなる」と漁業者を脅して、6%B0以上には資源は回復させないという国内世論を高めて、交渉に臨んでいました。上の記事に出てくる宮原理事長は、北小委員会の議長でもあり、米国提案が通らないような巧みな議事運営により、長期的な管理目標が設定を妨げてきました。

日本主導で低い回復目標設定を続けてきた北小委員会の方針は、去年12月のWCPFC本会議で玉砕しました。日本が仕切っている北小委員会では日本の意見をごり押しできるのですが、多くの代表が集まる本会議ではそうは行かなかったのです。EU、米国、オーストラリア、ニュージーランド、島嶼国などが懸念を表明し、日本の味方は韓国だけという状況に陥り、長期的な管理目標を設定せざるを得なくなったのです。詳しい経緯はこちらをご覧ください。

マグロ減らし国の名誉傷つける水産庁「二枚舌外交」 「科学を操作するな」諸外国の怒りを買った日本

出典:@WEDGE_Infinity

日本では魚が減ったら、減った水準を基準にして、漁獲規制を行うのが一般的です。「乱獲状態も10年続けば、普通の状態」という考え方に基づき歴史的中間値を回復目標にしています。 このように、乱獲された基準をもとに資源管理をしているのは日本ぐらいです。世界では、漁獲が無かった場合の資源水準をベースにして管理をするのが当たり前です。去年の12月のWCPFC本会議では、ほぼ全会一致で長期的な回復目標の設定をせざるを得ない状況に追い込まれました。

水産庁は、去年までは「漁業ができなくなる」と反対していた長期目標を、自ら北小委員会に提案せざるを得ない状況に追い込まれました。去年とは正反対の説明をしないといけないのだから、なかなか大変な状況です。普通に考えれば、日本のこれまでの提案が国際的に受け入れられるはずが無いので、交渉を誤った水産庁は自業自得ですが、それに振り回される漁業関係者は気の毒です。

興味深いのは、日本提案に、つぎのような文言が盛り込まれている点です。

Also, if 20%SSBF=0 is considered not to be appropriate as the target, taking into account biological characteristics of PBF and socioeconomic factors, another objective may be established.

出典:https://www.wcpfc.int/system/files/WCPFC-NC13-DP-11%20%5BDraft%20Expected%20Outcomes%20at%20Joint%20WG_submission%5D.pdf

「社会経済的な要素を考慮して、20%B0が適切な目標で無いと判断されたら、別の目標を設定する」ということです。条件や手続きを明示せずに、いつでも長期目標を反故に出来るということですから、これでは管理目標の体を成しません。楽観的な予測を立てて、漁獲枠を増やしまくったあげくに、「やっぱり20%B0に回復するのは無理だから、目標を下げよう」と言い出すのは目に見えています。こういう悪あがきは、「やっぱり日本は資源回復をする気が無いな」という印象を与えるだけだと思うのですが、どうでしょうか。

まとめ

長期的な管理目標について盛り込まれたのは一歩前進といえます。ただ、細かい文言を読んでいくと、後ろ向きで残念な内容となっています。米国が提案した20%という目標は決して高いものではありません。普通に漁獲規制をすれば十分に達成可能です。なぜ、クロマグロを回復させる方向に前向きな努力が出来ないのか残念でなりません。

日本の水産外交は、必要な規制を先延ばしするために詭弁を弄して、結果として国内の信用を失っているように見えます。対外的に孤立をするだけでなく、国内でも水産庁の不明瞭な姿勢に対する不満の声が高まっています。一刻も早く、日本も、中長期的な視野に立って、水産資源を持続的に利用する方向に舵を切る必要があります。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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