『Mother』(10年)、『Woman』(13年)、『anone』(18年)という日本テレビのヒューマンドラマ3部作で脚本を手掛けた坂元裕二氏が今月、フランス・カンヌで開催された世界最大級の国際コンテンツ見本市「MIPTV」(ミップティービー、4月8日~11日)に初来場した。

同シリーズのリメイク版は、トルコをはじめ海外でヒットを飛ばし、今や日本のドラマを代表する世界の成功例として注目されている。MIPTV期間中、『Mother』と『Woman』がフランスでリメイクされることが全世界向けにリリースもされたところだ。国内でも数多くのヒットドラマを生み出している坂元氏だが、国境を越えるドラマはどのように作り出されたのか――。

  • フランス・カンヌで開催されたMIPTVを訪れた脚本家の坂元裕二氏

    フランス・カンヌで開催されたMIPTVを訪れた脚本家の坂元裕二氏

■役者の芝居に応えられるかという恐怖

「わりと普段は小さなことにこだわって、生活の様子の面白さを中心に描いている作品が多いのですが、『Mother』『Woman』はこれまで書いているものの中でもストーリー性が強いと思います。でも、脚本を書いているとき、実はとても怖かったんです。田中裕子さん、松雪泰子さん、満島ひかりさんら、皆さんのお芝居にどのように応えることができるのかと。だから、僕の実力以上のものを引き出してくれたというか、全力でぶつかっても敵わないような俳優の方々をキャスティングしてくださったことが今につながっているのだと思います」

日本のオリジナル版が海外にも目が留まったのは、こうして坂元氏が話すような背景が影響しているのだろう。今や両作のサクセスストーリーは、MIPTVのような業界関係者が集まる海外見本市では周知の事実。『Mother』はトルコで『Anne(アンネ)』(「母」という意味)というタイトルで16~17年にリメイク放送され、大ヒットした。そのトルコ版が、世界34カ国以上で展開されている。

また『Woman』は『Kadin(カドゥン)』(「女」という意味)というタイトルで同じくトルコで17~18年に放送され、これまた絶大なる支持を得た。さらに、トルコ版オリジナルストーリーが加わり、18年10月からシーズン2が放送開始。トルコ版『Woman』シーズン1は、世界25カ国以上で放送されている。だが、決してはじめから海外展開を目指して作られたドラマではなかったという。

「作っている時は日本人に限定された物語だと思っていましたが、国境を越えて別の場所で別の方が演じて、物語をつづっても、伝わるものは同じだということが分かりました。僕が書いていることは、個人的なひとりの人間が考えるとても狭いものだと思っていたこともあり、こうして外国に伝わることは、脚本人生で一番うれしかったことです」

こう噛みしめながら話す坂元氏だが、それには訳があるようだ。日本国内にいると、海外での反響を実感する機会は少ない。本人もそうであることを明かした上で「カンヌに今回来て、(反響があることが)ちょっとは本当かなと思い始めました」と切り出した。

「ご飯を食べていたときです。偶然の流れから僕が『Mother』『Woman』を書いたことが知られると、『コングラッチュレーション(おめでとうございます)』と声を掛けられたのです。その方にとって『特別な思いを寄せている作品』だということも分かり、外国の街でたまたま出会った方が知っていることにびっくりしました」

■レストランで盗み聞きも…執筆秘話

米雑誌記者から取材を受ける坂元氏ら

反響の大きさは海外メディアのインタビューに応じる機会などからも感じることだろう。MIPTVの会場では、アメリカの業界最大手の雑誌「World Screen」の記者からこんな質問も受けていた。

記者「脚本を書かれるとき、いつもどのような状態で書かれているのですか?」

坂元氏「原稿はパソコンで書きます。ラップミュージックを聴きながら、リズムに乗りながら書くことが多いです。よく書けていると、音が自然と消えていくんですよね」

記者「実在の方からストーリーのインスピレーションを受ける時はありますか?」

坂元氏「友人の話や、時にレストランの隣の席に座っている方の話をスマホでメモするときもあります。つい聞き入ってしまい、盗み聞きしてしまいます…」

世界ヒットドラマを生み出すひとりの脚本家として興味を示され、丁寧に答えていた坂元氏の姿も垣間見ることができた。