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「寝たきりの親にパラサイト」訪問診療医射殺事件にちらつく"8050問題"家庭の末路

プレジデントオンライン / 2022年1月31日 14時15分

送検のため埼玉県警東入間署を出る渡辺宏容疑者(左)=2022年1月29日午前、同県ふじみ野市(写真=時事通信フォト)

1月27日、渡辺宏容疑者(66歳)は埼玉県ふじみ野市の自宅で、前日に死亡した母親(92歳)の担当医だった鈴木純一さん(44歳)を人質に立てこもり、散弾銃で撃って殺害した疑いで逮捕された。医師の筒井冨美さんは「自らは働かず、寝たきりの親の年金収入を生活の糧とする家族の中には親に対して際限なく延命治療をリクエストするケースが少なくない。それは、愛する親を死なせたくないという気持ちゆえの“懇願”であることもあるが、“金目当て”と感じる医療者も多い」という――。

■なぜ66歳の無職容疑者は献身的な訪問医を散弾銃で殺したのか

2022年1月27日夜、埼玉県ふじみ野市の住宅街で「猟銃を持った住民が医師を人質にとって立てこもっている」というショッキングなニュースが流れた。翌28日朝、住宅内に突入した警察が容疑者(66歳)の身柄を拘束したものの、医師は心肺停止の状態で発見され、病院に搬送されたが死亡が確認された。

亡くなった医師は40代の働き盛りであり、医師会関係者の談話では在宅医療に真摯(しんし)に取り組んでいたそうで、市役所職員も「このような理不尽な形で亡くすのは地域としても大きな損失だ」と語った。「夜間に自宅療養中のコロナ患者を往診」「パラリンピックの聖火リレーランナーを伴走」など、ボランティア精神にあふれる献身的な医師だったことがしのばれるエピソードが次々と報道され、視聴者の涙をさそった。

医療者が犠牲となる事件は後を絶たない。

2021年12月には、大阪市の雑居ビルにある心療内科クリニックが患者に放火されて、医師を含む25人が犠牲になった放火殺人事件を彷彿させるような、やり切れない事件となった。

■初めてではない訪問診療医の襲撃事件

近年報道された「患者および家族による医師襲撃事件」について表にまとめた。犯人は全員男性であり、40代以上の中高年が目立つ。

【図表1】患者および家族による医師襲撃事件

2014年には、「東京都内の大学病院に火炎瓶15本投下」という、運が悪ければ大阪府のクリニック放火事件を超えるレベルの死者が出かねない事件が発生している。場所は、東京都八王子市の東海大学医学部付属八王子病院。犯人は40代の元入院患者であり、入院中より職員に「シャワーの順番が遅かった」「もっと俺の待遇を良くしろ」と長時間にわたってクレームをつけるなど、今回の事件と重なるようなモンスターペイシェントぶりを発揮していた。スプリンクラーが作動してスムーズに鎮火したので死傷者が発生しなかったせいかニュースとしての扱いは小さく、さほど世論も動かなかったので、病院関係者が身を守るための積極的な予防策は生まれなかった。

2021年5月には千葉県市川市で「訪問診療に訪れた精神科医師の頭を、20代患者が刃物で刺す」という今回の事件を予感させるような事件が発生している。しかしながら、ローカルニュースにとどまり、世間のみならず医療関係者内での注意喚起も薄かった。

■「8050問題」はそのまま「9060問題」へ

今回、逮捕された容疑者は66歳の無職男性であり、「母親の通院に同伴した診察の待合で『うちの母親を(先に待つ他の患者より)先に診ろ』などと求め、職員が断ると大声で怒鳴り散らす」「『うちの母親に失礼をしたら絶対許さない』とよく言っていた」などのモンスターぶりが報道されている。

事件前夜の1月26日に容疑者の母親が死亡し、翌27日に医師が病院スタッフを同伴して訪問した際、母親の遺体が安置されている部屋で銃撃された。死亡医師と同時に40代男性理学療法士と30代男性介護士が被害に遭っている。

近年の訪問診療では、注意を要するケースの場合、訪問時に防刃チョッキや防刃カバンを使用して自衛する診療所も存在するが、散弾銃をスタンバイさせていたとは想定外だったのだろう。今後、医師の護身のための対策が論議されることになるだろう。

■社会に横たわる「暗部」を照らした

2010年ごろから、社会問題として各種メディアで「8050問題」を目にするようになった。「80代(高齢)の親が50代(中高年)のひきこもる子供を支えて経済的にも精神的にも行き詰まってしまう状態」を表したもので、現代の社会問題となりつつある。

2019年の内閣府調査では、「40~64歳の『ひきこもり』が全国で推計61万人存在し、7割以上が男性、ひきこもり期間は7年以上が半数、就職氷河期の就活失敗が一因」などと報告されている。

ベッドメイクされていないベッド
写真=iStock.com/VTT Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VTT Studio

かつて「ひきこもり」とは「若者特有の問題」とされていたのが、実際にはそれが中年以降まで引き延ばされていたことが可視化された調査結果だったが、その後に十分な対策がされたとは言いがたい。

そのため、親の年金で生計を維持する「8050問題」は、そのまま「9060問題」となり、老親の死亡によって経済的に詰んでしまうので「親の死体遺棄」「親の年金・生活保護費の不正受給」などの事件は後を絶たない。

本容疑者は無職であるが、長年ひきこもっていたかどうかは不明だ。また、犯行の動機や背景に関しては警察の詳細な取り調べを待つことになるが、「母が死んでしまって、この先いいことがないと思った。医師やクリニックの人を殺して自殺しようと思った」と供述しており、「8050問題→9060問題→親死亡で自分の人生も詰んだと医師に逆上」という経過をたどった結果だった可能性もある。

■「8050問題」を深刻化させる「寝たきり大黒柱」

「寝たきり大黒柱」という医療関係者の俗語がある。現在、日本の社会保障制度では、医療費の自己負担額には上限があり、高齢者ほど公費負担割合が大きい。そのため、年金支給額から、老親の医療費を差し引いても毎月それなりの額が残ることもある。

これを目当てに、家族が寝たきり老人に対して際限なく延命治療をリクエストするケースは少なくない。それは、愛する親を死なせたくないという気持ちゆえの「懇願」であることもあるが、「金目当て」と感じる医療者も多い。

「容疑者の92歳の母親は数年前から訪問診療を受けていたが、栄養をチューブで送る『胃ろう』を在宅で受けられないことに不満を抱いていた」と報道されている。

もし、容疑者が「無職ひきこもり息子」ならば万策を尽くして親の延命(と年金維持)を要求したのではないか、との推測はできる。だが、90代の人間を際限なく生かし続けることは不可能だ。

すべてのひきこもりの人が悪だくみをしているわけではない。精神的な病などで外に出ることができない人もいる。ただ、年金制度と高齢者療養費制度を“悪用”して、自らは働かず「寝たきりの大黒柱」の収入で食いつなぐ人がいるという現状は、早急に対処すべきだろう。

具体的には、年金受給者や生活保護受給者が入院した際には、年金を本人名義の通帳に支給するのを停止する、といった策が考えられる。入院費やオムツ代など介護にかかる経費は、公費から直接病院に払えばよいのだ。「マイナンバー制度」を活用すればこうした仕組みを運用するのは可能と思われ、コロナ禍でさらに膨れ上がった社会保障費の軽減にも有用だろう。

要介護状態になった親の世話をしたい(もしくはせざるを得ない)と、介護離職を決断する息子・娘もおり(自らの貯金や年金もある)、ケアする側の人がすべて、親を「寝たきり大黒柱」にしているわけではない。

しかし、今回の事件を見ると、「寝たきり大黒柱」を回避できるよう「ひきこもり」が長期化する前に外で働けるような働きかけや社会保障改革の必要性がより高まった。こうした対策を打つことで「8050問題」を「7040問題」に軽減できる可能性もあり、子世代の健全な自立を促し、「胃ろうを実施しない医師を逆恨みして射殺」のような不幸な事件を減らせると、私は考えている。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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