謎に満ちた深海では、生きものが何を食べているかを調べるだけでも一苦労だ。
だからこそ、めったに見ることのできないカンテンダコ(Haliphron atlanticus)が、サムクラゲ(Phacellophora camtschatica)を食べる姿が映像に収められたとき、科学者たちは当惑した。無人潜水機(ROV)のカメラがカンテンダコのメスを映し出すと、脚で包み込むようにクラゲをすっぽりと収めていたのだ。(参考記事:「【動画】深海で幽霊のようなタコを発見、新種か」)
この映像が撮影されたのは、米カリフォルニア州沖モントレー峡谷の水深約380メートル地点。深海に暮らしているため、カンテンダコの個体数や地理的な分布、潜在的な脅威などはほとんど知られていない。(参考記事:「【動画】目玉がかわいすぎる生き物、深海で見つかる」)
サムクラゲが栄養たっぷりな生きものという話はない。科学者たちが当惑したのはそのせいもある。カンテンダコは最大で体長約4メートル、体重75キロにも達するが、代謝は遅い。サムクラゲのゼラチン質の傘は栄養満点ではないかもしれないが、体は大きく、したがってこの大きなタコの餌にふさわしいようだ。
カンテンダコがサムクラゲの残りの部分を捨てなかった理由については、モントレー湾水族館研究所の上級研究員のスティーブン・ハドック氏は、カンテンダコが自分の身を守るためではないかとみている。(参考記事:「きっと驚く タコの不思議」)
「7本脚」のカンテンダコ
体が大きなカンテンダコにとって、クラゲを道具として運ぶなどたやすいことだ。クラゲからくちばしで栄養を吸い取りつつ、脚を自在に使って泳ぐことができる。
クラゲの触手は死後も毒を失わない。カンテンダコが触手を見せながら泳いでいたことを考えると、防御あるいは狩りのために、毒をもつクラゲの刺胞を利用しているのかもしれないと、ハドック氏らは考えている。(参考記事:「【動画】ウツボ vs タコ、死闘を制するのは?」)
ハドック氏はドイツ、キールにあるGEOMARヘルムホルツ海洋研究センターのヘンク・ヤン・ホビング氏とともに、はじめて観察されたカンテンダコの不思議な行動に関する論文を執筆し、3月27日付けのオンライン科学誌「Scientific Reports」誌に発表した。ハドック氏らは別の5匹の胃の内容物を調べ、クラゲに加えてゼラチン質の動物プランクトンを発見した。論文によれば、カンテンダコがゼラチン質の餌を食べるのは驚きで、その様子が観察されたのは今回がはじめてだという。(参考記事:「触手のトゲ、吸血鬼イカの意外な食事」)
カンテンダコは「7本脚」のタコと呼ばれているが、実際は8本の脚を持ち、1本を目の下に収納している。このタコに関する科学者たちの知識は、トロール網にかかった死骸から得たものがほとんどだ。
人を寄せ付けない場所に暮らすイカやタコの習性や特徴を解き明かすことは、科学者にとってチャレンジングな仕事だ。モントレー湾水族館研究所のROVが撮影した今回の映像を含め、野生のカンテンダコが撮影されたのはこれまでに3度しかない。(参考記事:「片目だけ巨大な深海イカの謎を解明」)
カンテンダコの今回のような行動が観察されたのはもちろんはじめてだが、タコがクラゲを利用する姿は過去にも目撃されている。
ムラサキダコのオスはカツオノエボシの毒に対する免疫を持ち、防御の手段として利用する姿が何度か確認されている、アミダコにいたっては、クラゲと同じくゼラチン質の海洋生物サルパの体内で暮らす姿が目撃されている。(参考記事:「次に来るのはコレ!?不思議な深海生物“勝手にベスト5”」)