1975年4月6日から約46年間にわたって放送されてきた長寿クイズ番組「パネルクイズ アタック25」(ABC・テレビ朝日系)が、9月26日に最終回を迎える。長期にわたって、視聴者から愛された理由について、1986年の入社後すぐADとして番組に参加し、2000年4月から2010年10月までプロデューサーを担当した岩城正良さん、1997年4月から3年間プロデューサーを務めた後、2016年から現在までプロデューサーを担当する秋山利謙さんにさまざまな思い出や長寿番組になった理由を語ってもらった。(全2回の第1回)
ウナギノボリ
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「アタック25」は、クイズにオセロゲームの要素を加え、参加者がクイズに挑戦しながらパネル上の陣地を獲得していくというルール。25分番組として放送を開始し、1975年10月からは30分番組に拡大。放送時間の拡大を機に、終盤での大逆転を狙える「アタックチャンス」のルールが導入され、司会が拳を握りながら「アタックチャンス!」とコールする仕草が番組名物となった。
司会は、故・児玉清さんが1975年4月6日~2011年4月10日、ABCの浦川泰幸アナウンサーが2011年4月17日~2015年3月29日までそれぞれ務め、2015年4月5日から俳優の谷原章介さんが担当。最高視聴率は、関西で1979年1月14日に24.2%、関東で1980年1月27日に21.5%(ともにビデオリサーチ調べ)を記録した。
番組の終了について、岩城さんは「さみしいと残念という感想です。番組作りのイロハを教えてもらった」と思い出を語り、秋山さんは「残念の一言ですね。クイズ番組として完成形なので、もったいない気持ちはありますね」と率直な思いを語った。
長寿番組になった理由について聞くと、「番組のルール」と口をそろえる。秋山さんは「クイズが強ければ勝てるものでもなく、パネルの数で勝負が決まるので、3問しか答えられなくても優勝した人もいた。必ずしも強豪が勝つとは限らない面白さ、シナリオの分からない面白さ」が支持されていたと分析。
岩城さんは、大きな枠組みが「変わらなかった」ことも要因だったとコメント。「どうしても新しいプロデューサー、ディレクターがつくと、とかく番組を変えたがる傾向がありますが、それをやらなかった。ルールの根幹を変えずにやってきたことが、46年続いた理由」だと話す。
クイズにオセロゲームの要素を加えたゲーム性は、初代プロデューサーだった故・三上泰生さんが発案したという。1970年代にオセロが流行し、「白黒の2色でやっていて、4人に増やしたらどうなるか?」と考えた。25枚のパネルを争うルールがおなじみだが、「企画段階では違っていた、と聞いています。30分番組の中で収めるには6×6の36枚だと時間が足りない(笑い)。いろいろと試行錯誤していたようだ」と語る。
これまで9000人以上が参加し、2280回も放送されてきた番組だが、大きな反響があったのは2003年1月に始まった「系列局女性アナウンサー大会」だ。2003年には当時、テレビ朝日のアナウンサーだった丸川珠代五輪相が参加したほか、過去には松尾由美子アナ、野村真季アナ、石井希和アナ、下平さやかアナらも出場した。発案した秋山さんは「地味な企画が続いていたので、少し番組を派手にできないかなと思い、アナウンサーの大会をやりましょうとなりました」と振り返る。
“クイズ王”として知られる永田喜彰さんや、クイズ作家の日高大介さんらも、「アタック25」の出演者の1人だ。「『アタック25』で優勝して、クイズで生きていこうと決めた人も多いようです」という。最終回では、歴代のトップ賞獲得者たちによる「史上最強のチャンピオン決定戦」が開催されるが、「トップ賞をとった人による予選会にもたくさんのクイズ作家さんたちが集結しました。面接をしていて、みなさんが『アタック25ほど影響を受けた番組はない』とおっしゃり、感激しました」と笑顔を見せていた。
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