アジア系が狙われる理由 米国の偏見の構図 専門家と考えた

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アジア系に対するヘイトクライムに抗議するため、「私はウイルスではない」と書かれたマスクを着けてデモに参加する女性=米シカゴで3月27日、AP
アジア系に対するヘイトクライムに抗議するため、「私はウイルスではない」と書かれたマスクを着けてデモに参加する女性=米シカゴで3月27日、AP

 米国でアジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が増えている。ニューヨークやカリフォルニアでアジア系の高齢者への暴行が相次ぎ、今年3月にはジョージア州でアジア系のマッサージ店が銃撃されて6人の女性が死亡した。なぜアジア系がターゲットにされるのか。移民研究が専門の同志社大グローバル地域文化学部の和泉真澄教授と考えた。【國枝すみれ/デジタル報道センター】

偏見を政治利用したトランプ氏

 ――現状を教えてください。

 ◆アジア系を狙うヘイトクライムを防ぐことを目的に作られた市民団体「STOP AAPI HATE」によれば、2020年3月から21年2月末までに3795件の通報がありました。「国へ帰れ」などの暴言が68・1%、無視される、意図的に避けられるが20・5%、身体的暴力も11・1%あります。職場での差別や公共交通機関の乗車拒否など公民権法違反が8・5%、オンラインでの嫌がらせが6・8%でした。女性は男性の2・3倍も被害を受けやすく、犯罪は全ての州で起きています。

 アジア系市民団体はコロナ感染拡大が始まった当初から積極的に動いています。ニューヨークでは昨年7月、89歳のおばあさんが歩行中に着ていたシャツにライターで火を付けられる事件が起き、ボランティアによるパトロールが始まりました。

 ――原因は、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と言ったからでしょうか。

 ◆そうですね。トランプ氏は大統領に当選する以前から、民族や人種間の憎悪をあおる炎上商法的な政治を展開してきました。しかし今回の現象は、トランプ氏の個人的偏見と政治スタイルを超えた問題として、もう少し踏み込んで考えるべきだと思います。

 トランプ政権には、政策を作る際に、国民全体の安全や社会の保全よりもトランプ氏の再選を最優先するという特質がありました。コロナの感染が拡大するなか、トランプ政権は「コロナウイルスの危険性を過小評価し、科学的根拠に基づいたまん延防止政策を積極的にとらない」という政治的な選択をしたのです。多くの人命がかかる公衆衛生・医療の危機的な状況下でさえ、自らの選挙戦略を優先するという明確な選択でした。

 トランプ氏には、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」「武漢ウイルス」「カンフルー(カンフーウイルス)」と呼び続けることにいくつかの政治的メリットがありました。まずは、ウイルスが中国で発生したことを強調することで中国に責任を転嫁し、感染拡大防止策をとらないことに対する政権批判をかわすことができます。

 また、中国との「対立の構図」を演出し、自分は米国を守る存在だと振る舞うことは格好のアピール材料となりました。中国をスケープゴート(いけにえ)とすることで、他の問題から国民の目をそらすことができたのです。

 さらに、トランプ氏を支持するメディアなどから、対立候補だった民主党のバイデン氏が「親中国的」であるというプロパガンダがネットで拡散されました。ネガティブキャンペーンの材料としても使ったわけです。

 ――トランプ氏はコロナを政治的に利用しようとしたわけですね。

 ◆「中国ウイルス」などの言葉を使うトランプ氏と共和党議員に対し、アジア系の議員たちや市民団体は「アジア系への憎悪犯罪をあおるような発言は自制してほしい」と警告し続けました。しかし、彼らはやめなかった。つまり、単なる偏見や無知から発言しているのではなく、意図的な戦略であったと考えざるを得ないのです。

 社会不安や経済状況への不満が高まると、副産物として暴力が生まれがちです。そこにコロナ禍の不安や不満の矛先を中国に誘導するトランプ政権の政策が重なりました。そうしたなか、アジア系への暴力が頻発していった。加害者はトランプ支持者だけではありませんし、白人だけでもありません。

黄禍論の亡霊

 ――一方で、アジア系への憎悪犯罪は昔からあります。

 ◆もちろん原因はトランプ氏だけではありません。米国社会にある「黄禍論」(黄色人種脅威論)の伝統が、社会が危機に陥った際にアジア系への暴力や嫌がらせとして顕在化したのです。

 外国人や移民を「社会の脅威」ととらえる考え方は昔からあります。米国の場合、移民が感染症と関連づけられる歴史的要因がある。19世紀半ばまでの移民船は衛生管理が悪く、感染症で多くの死者を出しました。感染症の流入を防ぐため、入国禁止や隔離といった検疫システムができていく。初期の移民政策の一つの核心は、感染症の管理といってもよかったのです。

 1882年に連邦政府による入国管理を本格的に定めた移民法が成立しましたが、同じ年に中国からの移民労働者(苦力、クーリー)の入国を禁止する中国人排斥法が成立します。それまでは米国への入国は連邦ではなく各州がばらばらに管理しており、きちんと把握されていなかった。連邦政府による入国者の選別は、感染症と中国人移民の管理から始まったのです。つまり、反アジア人意識が米国移民法の根幹を作り上げたとも言えます。

 感染症とアジア人。トランプ氏は、米国人が歴史的に「脅威」と感じてきたこの二つを結びつけ、利用したわけです。

「同化しない」というレッテルを貼られ

 ――なぜアジア人はそんなに嫌われたのでしょうか。

 ◆クーリーは大陸横断鉄道の建設や西部の資源開発に必要な労働力でした。…

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