「普通の恋愛」をまっすぐ丁寧に書けばいいんだ

ただ、その後作った最初のプロットは、最終的にできあがった作品と大枠はそれほど変わらないんですが、ミステリーの要素が入っていたんですよね。叙述トリック的なものを使おうと思っていたんですが、担当さんに「物語の中で必然性がない、読者さんを騙すためだけのトリックを取り入れるのは良くないです」と指摘していただいて、ハッとしました。どうしてそういうアイデアを使おうと思ったかというと、今回の作品ってあらすじだけ取り出すと……。

──誤解を恐れずに言えば、「普通」ですよね(笑)。

そうなんです(笑)。男女が出会って別れて、時間が流れて……という「普通」の話なので、何かで読者さんを楽しませなくちゃ、という思いが空回りしていた。どうしようかなぁと迷っていた時期に、たまたま映画の『花束みたいな恋をした』(2021年)を観たんです。

今治の取材での凪良さん 写真提供/小説現代編集部
 

──『東京ラブストーリー』(1991年)をはじめ数々のテレビドラマの脚本を手がけてきた坂元裕二さんが、14年ぶりに映画脚本を担当したラブストーリーですね。東京に暮らす大学3年生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)が、明大前駅で終電を逃したことをきっかけに出会い恋をする。尖った作品が続いていた坂元脚本では極めて珍しい、「普通」のラブストーリーでした。

突飛なことはまったく起こらない、男女の恋愛を真っ当に描いているだけなのに、こんなに引き込まれるんだと本当に驚きました。セリフのリアリティにももちろん揺さぶられたんですが、ひと組の男女の恋愛にまつわる一つ一つの出来事を丁寧に拾っていけば、こんなに面白くなるんだなと分かったんです。しかも、ものすごく新鮮に感じたんですよね。

『花束みたいな恋をした』では、終電を逃したことを機に出会ったふたりが、惹かれ合い、いっしょに暮らし始め、お気に入りのパン屋をみつけ、一緒にご飯を食べ、お風呂に入り…そんなとてつもなく愛おしい「普通の恋愛」が少しずつすれ違っていく様子が描かれた Photo by iStock

男女の恋愛モノをやるのは古臭いし今更やらなくていいんじゃないか、みたいな空気が世の中にありますよね。だとしたら、今っぽくないものを書く方が逆に新鮮だし、そもそも男女の恋愛に古臭いも今更もない。私も小手先のテクニックで読者さんの興味を引っ張ったりせずに、男女の「普通」の恋愛の話をまっすぐ丁寧に書けばいいんだ、と心を決めることができたんです。