大学生における自傷行為の臨床心理学的考察

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タイトル別名
  • A Psychological Study of Self-Mutilation in the University Students

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抄録

自傷行為の中でも,特にリストカットは,近年,思春期・青年期にあたる若者の間で急激な増加傾向にある。それは,自殺を目的としてなされるというより,様々な要因による感情の表現としてなされるようである。これまでの自傷行為に関する研究では,事例研究がその中心であり,尺度の作成を試みた者は数少ない。そのため,自傷を客観的に捉える指標は今のところ確立してはおらず,自傷行為に関する尺度の作成についての研究は,今後さらなる開拓が望まれる分野である。本研究では自傷を行う傾向が強くなる思春期を経た,青年期にあたる大学生を対象に,自傷行為の実態を明らかにするとともに,攻撃性との関連に着目しながら自傷尺度の作成を試みた。攻撃性についてはP-Fスタディを,実態調査については独自に作成した質問紙を用いた。また,自傷尺度については独自に作成した50項目より,因子分析にて抽出された17項目からなる尺度を用いた。結果,自傷行為に関する実態調査からは,自傷を行うきっかけや現在の大学生における自傷行為のあり方を知ることができた。きっかけとしては,大きく分類して(1)イライラによる衝動,(2)リストカットの流行に見られるような自己陶酔,(3)気付いてほしいというクライシスコール,(4)なんとなくといった解離状態の4つが見られた。自傷としては,やはりリストカットなどのカッティングが最も多く,他には叩頭や壁を殴る,蹴るなどが多く見られた。また,自傷行為の経験の有無にかかわらず,その攻撃性を捉えることができたという点から,今回作成した自傷尺度は自傷を行う傾向の強さを捉えるための指標として,有効な尺度となったと言うことができた。P-Fが示す攻撃性の結果から,自傷傾向の高い者は,社会性が乏しいために人間関係がうまく行かず,問題を起こしやすいということがわかった。そして,問題が生じた時には,一般的とされる反応ができずに衝動的に怒りを表現してしまいがちであると思われる。また,その攻撃性を自己の中に抑制することができず,外へ向かって表現してしまう。そのため,その攻撃性が周囲の人間に対する感情の表れとして人格化された手首などに向いた場合に自傷行為として現れるのではないかと考えられる。実際に自傷をしたことがあると答えた者では,その攻撃性は障害や問題の原因には向かわないということがわかった。しかし,問題の解決は積極的にしようとするので,攻撃が自己に向かいやすく,自傷行為につながるものと思われる。以前は疾病や障害によるものがほとんどであった自傷行為が,近年になって一般の若者の間で流行してきている背景には,現代という時代そのものが強く影響していると思われる。医療の進歩や飽食の影響で,「死」は日常から遠い存在になった。そのためにアイデンティティの確立を迫られた思春期・青年期には,「生」を確かめなければ生きている実感を得ることが難しいと感じる者が現れた。また,進学率の向上とともに若者が受けるストレスも増え,そのはけ口が必要となった。本来ならばあるべきはずの家族や友人の親密な関係が希薄になることで,発散できないストレスや伝えきれない感情を自己に向けざるを得ない環境ができたのではないかと思われる。このように自分という存在がわかりづらく,自己表現のしにくい時代の中で,自傷行為は取り組まざるを得ない問題行動であると言えよう。自傷行為,特にリストカットのような致命傷には至らない傷は,ことばにできない感情を表現するコミュニケーションの手段であり,メッセージである。そして,自傷行為をひとつのメッセージとして捉え,これを見逃さずサポートしていくためにも,自傷行為および自傷尺度についての研究を今後さらに進めていきたいと思う。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1571417127112034944
  • NII論文ID
    110002558472
  • NII書誌ID
    AN00252849
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • CiNii Articles

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