ジュネーブショーで世界初公開された「GR Supra Racing Concept」。市販版は「スープラ」として、来年第1四半期に発売予定
ジュネーブショーで世界初公開された「GR Supra Racing Concept」。市販版は「スープラ」として、来年第1四半期に発売予定
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トヨタとBMWが共同開発中で、来年の第1四半期の発売が予定されているスポーツカー「スープラ」。チーフエンジニア多田哲哉氏が、第5世代となったこのクルマが狙う世界を語る。

<b>多田 哲哉(ただ・てつや)</b>GazooRacing Company GR開発統括部チーフエンジニア・スープラ開発責任者 1987年トヨタ自動車入社。入社後、ABSの電気評価やスポーツABSなどの新システム開発を担当し、1993年にはドイツでWRCラリー用のシャシー制御システム開発等に従事。のちラウム、パッソ、bB、ラクティス、WISH、アイシスなどのチーフエンジニアを勤める。2007年、新たなスポーツモデルの企画統括に携わり、開発責任者として、スバルと共同で86をまとめあげ、のちに現職。
多田 哲哉(ただ・てつや)GazooRacing Company GR開発統括部チーフエンジニア・スープラ開発責任者 1987年トヨタ自動車入社。入社後、ABSの電気評価やスポーツABSなどの新システム開発を担当し、1993年にはドイツでWRCラリー用のシャシー制御システム開発等に従事。のちラウム、パッソ、bB、ラクティス、WISH、アイシスなどのチーフエンジニアを勤める。2007年、新たなスポーツモデルの企画統括に携わり、開発責任者として、スバルと共同で86をまとめあげ、のちに現職。

どんなに走りのいいスポーツカーであっても、いまの時代は環境とか安全とかそういう要素は無視できないと思うんです。海外メディアではパワートレインにハイブリッドがあるといった予想記事もありますが、そのあたりはどうなんでしょうか?

多田:直6は絶対に外せないんですけど、ターボがあるかないか、バリエーションがいくつあるかっていう話はまだ言えないんです(笑)。ただ、ハイブリッドはトヨタが元祖の技術ですし、もちろんそういう検討もしています。安全装備も自動ブレーキやACC(アダプティブクルーズコントロール)といったものも、あたりまえのものとして装備してます。

たしかにポルシェでも911やボクスターにACCが付く時代になりました

多田:ただし、このモデルでの環境や安全に対する答えはそういうものではなく、違うアプローチで用意しています。そこにかなりのエネルギーを注ぎ込んで技術開発を行っています。いまはトヨタ独自で行っているもので、将来的にはそれをBMWに開放して一緒に使おうとしています。

 実は今回発表したこのクルマは、あるレースカテゴリーへの参戦を決めてます。来月(4月)からこの車両データをゲームソフトの「グランツーリスモSPORT」を通じて世界中のクルマファンに配信をして、リアルレースじゃなくてバーチャルレースに参戦します。

最高峰レースをリアルタイムで「遊べる」構想も

「グランツーリスモ」で、実戦デビューするという例はこれまでにもあった気がしますが、どう違うものなんでしょうか。

多田:まず単にスープラのかたちをしたクルマをバーチャルで走らせることができるというわけではなくて、ゲーム上での乗り味が、限りなく実車に近くなるような技術開発をしています。また、これまで86でも「CAN-Gateway ECU」(※)を発売して、86のワンメイクレースなどでも使っていただいてますが、従来はいったん車両からUSBでデータをひろって、プレイステーションに差す必要がありました。それをアップデートして、リアルタイムでデータを見られるようにしています。

※実車の86に装着し、走行データを収集できるデータロガー。収集したデータは、プレイステーション用ドライビングシミュレータ「グランツーリスモ」で再生することができ、プロドライバーのデータと比較するなど、自分のドライビングを分析することが可能。

 そうすると何ができるようになるかというと、世界のトップレース、F1でもナスカーでもスーパーGTでもいいんですけど、その参戦車両にこのシステムを供給して5Gの通信でつなぐと、リアルタイムで自分のプレイステーションやパソコンにデータを中継できるようになる。どんなお金持ちでもF1やナスカーに実際には参戦できませんが、バーチャル上では同時刻に走っているレースに参戦することができるようになるんです。

それはすごいですね。世界のトップカテゴリーのレースを観戦するだけでなく、参戦することができるようになると。

多田:もう、そんな夢みたいな話が実現できるレベルまで技術開発が進んできています。よく自動運転やAIというとクルマファンからは「そんな時代になったらつまんない、スポーツカーがなくなるんじゃないか」と言われるんですけど、それは違う。そういう新しいテクノロジーをもっとクルマを楽しむためのものとして使えば、夢のような世界が目の前に現れるはずなんです。それをこのスープラで実現したいんです。いくら走ってもCO2も出ないし(笑)。命がけで走っているプロレースに、安全に参戦することができる。

たしかに環境に優しく安全ですね(笑)。それでは、バーチャルからリアルレースへの導線みたいなものは考えているのでしょうか

多田:当然そういうつながりが欲しいですね。例えば全国のGRガレージをオンラインでつないでスープラのワンメイクレースの予選会をやって、上位者でリアルレースのためのチームを作るとか、チャンピオンがスーパーGTのマシンに乗れるチャンスがあるとか、アイデアはたくさんあります。要は夢を提供することも我々の商売の1つですから、どのやり方がいいのか考えていきたい。本当に才能のある人がリアルなレースに参戦できるようになれば、これまでとは違うかたちでモータースポーツの世界にアプローチができると思うんです。

ヨーロッパの一般道を走り込んだ

ところで実車の開発拠点は日本ではなく、ドイツなのでしょうか?

多田:メインの実験場はフランスにあります。もとはミシュランのテストコースをBMWが買い取ったもので、そこを拠点にして開発を進めています。ただ特徴的なのは、最初の試験車ができたときから、いきなり一般道を走って煮詰めていくことです。定量データはテストコースでとって、もちろんサーキットも走りますけど、メインの開発はヨーロッパの一般道で、フランスをはじめイタリア、ドイツ、昨年はアメリカでも随分テストをやりました。今年から日本でも本格的にテストをはじめます。

やはり実車開発はリアルワールドがいいということでしょうか? 日本では規制が厳しく、公道でのテストは難しいという話もよく耳にします。

多田:テストコースでもいろんな道を再現してはいますけど、どんなに路面の種類を揃えたって一般道にかなうわけがありません。現実にはありとあらゆる条件があるわけです。欧州では一般道でのテストは日常的なことですから、ごくごくあたり前のことと捉えられていて、我々も欧州メーカーのクルマに肩を並べようと思うとそこは避けて通れない。でも、日本は法規制が厳しいため公道でのテストが難しい。

 一般道でたくさんテストをやりたいとなると海外に出て行くことになって、どうしても開発の時間的な遅れなども生じます。日本だけで開発するとなるとテストコースをメインに、最後に少しだけ公道テストをして終わりということが多い。今回はメインの実験場がフランスですから、そういう意味ではやりやすかったですね。

それで、多田さんが先程もおっしゃっていたポルシェに負けないクルマになったと。しかし、あらためてポルシェって何がすごいんだと思われますか?

インテリアにはパドルシフト付きステアリングホイール、ダッシュボードには後方確認モニターも備わる
インテリアにはパドルシフト付きステアリングホイール、ダッシュボードには後方確認モニターも備わる

ポルシェは「先刻ご承知」のメーカー

多田:ポルシェ以外にももちろんいいクルマはたくさんあります。でも芸術品のようなものとか、それぞれの価値が違う。僕は工業製品のスポーツカーを作りたい。そういう価値で見ると圧倒的にポルシェがすごいわけです。真似をしたいとかそういうことではなくて、なにか困ったときにポルシェを調べてみると、そこに必ず答えがある。本当によく考えてあるんです。

それって、多くの人がハンドリングの良さとか、エンジンの気持ち良さとかをいいますが、そういうことではなくて。

多田:それはみなが思っていることで、そういうことだけじゃないんです。スポーツカーなんだけど、備えていなければいけない最低限の安全性とか、電子制御のあり方とは、とか、そういったことが参考になる。たとえば、アクセルとブレーキの踏み間違えが問題になりましたけど、マニュアルのスポーツカーでヒール&トゥをやりたいとなると、アクセルとブレーキペダルの配置はどうしても近くなる。そうすると踏み間違えが発生しやすくなる。ヒール&トゥってある意味では意図的に踏み間違えているようなものですから。トヨタの社内ルールでは「なるべくペダルは離しましょう」となっている。

多田:じゃあどうするんだ? 86の発売前の話ですけど、ポルシェを調べると、アクセルとブレーキを同時にどんと踏むと、エンジンパワーが下がるようになっている。ブレーキを踏みながら、アクセルをあおると、ちゃんと回転があがる、「おお~、ちゃんと制御されているんだ」と。今でこそどのクルマもあたり前にそうなっていますけど、そんなこと疾うにお見通しだと、そういうことが多いんですね。

ヒール&トゥの話が出たのでついでに、MTの設定はあるんですか?

多田:実は海外メディアからもすごくたくさん質問を受けて、いま検討中です。逆にみなさんにも聞きたいんですけど、MTって必要ですか? いまの時代のATってとてつもなく進化をしていて、このスープラ世代のものは、今よりももう1つ先のレベルにいっている。いまのDCTも勝てないくらいのところにあります。速さという面ではもはやMTのアドバンテージはないし、軽さの面でも同じです。マニュアルのほうが耐久性があって長持ちするという人もいるけど、それもありません。

しかし、それも分かった上で、自分の手でがちゃがちゃ操作するのが好きな人がいる、ということじゃないでしょうか

大パワーのクルマはシフトフィールがよろしくない

多田:もちろん、自分の手でシフト操作を楽しむのは大事なことです。ただそうなると、スープラみたいな大パワーのクルマだと正直あまり楽しくない。一番の理由はですね、ミッションって、トルク容量をあげていくほどシフトフィールは悪くなるんです。

 いろいろやってみてわかったことは、86くらいのトルク容量が、シフトフィールの気持ち良さを求めるには限界で、それ以上容量をあげていくとフィールが悪くなる。無理やりに組めばギアの入りが悪くなるし、信頼性の問題も出てくる。MTを出すときっと86よりもシフトフィールが悪い、と言われることになると思うんです。だからMTを操作する楽しみを否定するわけではなくて、そういうクルマはすでに我々は86を用意していますよと。営業やお客さんの要望もあるし、もちろん準備は進めているんですけど、本当に必要なのかなというのは、正直な思いとしてはありますね。

ポルシェの911GT3にマニュアルのオーダーが殺到している、という話もありますけど。

多田:あそこまで希少性の高い高価なクルマは少し顧客の嗜好性が違うのかなと思います。実は真面目に、いつかはやりたいと思っているんですけど、マニュアルをつくるんだったら、レーシングカーのような(前後方向のシフトで変速する)シーケンシャルミッションみたいなものをやってみたいですね。

レーシングカーのドグミッションのようなものですね。市販車では「アバルト695ビポスト」が採用しています

多田:そう、いままでのHパターンのものを出しても新しい提案もないし、ああいうダイレクトなシフトフィールを一般のお客様にも味わってもらえるようなミッションというのは、トヨタがやる価値があると思うんです。

最後にこれから量産に向けての仕上げ段階だと思いますが、どんなクルマになりそうかを一言。

多田:限りなく妥協のない開発ができた、と思っています。普段使いにリラックスして乗っても楽しい。そしていざというときにはスイッチが切り替わるスポーツカーにしたいと思っています。

 詳細なスペックはまだ開示されておらず、市販車は来年の第1四半期の発売予定ということだが、トヨタ渾身の“ピュアスポーツカー”の登場を心待ちにしたいと思う。

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