ゲノム編集などの国産技術を用いて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を、PCR法と同等の高感度・高特異性で試験紙にて迅速に検出できる微量核酸検出法が開発された。東京大学医科学研究所(東大医科研)先進動物ゲノム研究分野の吉見一人講師と真下知士教授らが論文発表した。「早ければ冬場の第2波、第3波の流行期までに、遅くとも2021年の東京オリンピック・パラリンピックの水際対策までに実用化したい」と論文の責任著者である真下教授はコメントした。真下教授と吉見講師が科学技術顧問を務める大阪大学発ベンチャーのC4U(大阪府吹田市、魚谷晃代表取締役)がこの方法をキット化し、医療現場で簡易的に使用できる臨床現場即時検査(POCT)迅速診断薬として実用化を進める。野外や空港などにおける迅速検査にも利用しやすい。

 この方法は、真下教授らが開発した国産ゲノム編集ツールであるCRISPR/Cas3システムを用いて、ウイルスなどの核酸を短時間で正確に検出できる技術。CONAN(Cas3-Operated Nucleic Acid detectioN)法と名付けられた。論文は、医学系の論文プレプリントサーバーであるmedRχivにて2020年6月2日(米国時間)にて公表された。東大医科研の四柳宏教授(感染症分野)や河岡義裕教授(ウイルス感染分野)、理化学研究所(理研)放射光科学研究センターやC4Uの研究者らも共著者だ、

 論文では、最短40分間で数十コピーのSARS-CoV-2のRNAの有無を試験紙で検出できたデータを開示した。COVID-19陽性患者10例と陰性者由来サンプル21例の鼻腔(びくう)拭い液サンプルを用いて検査した結果、陽性一致率(PPA)は90%(10例中9例)、陰性一致率(EPA)は95.3%(21例中20例)という優れた成績だった。

 CONAN法では、サンプルから抽出したRNAを、3段階の過程で検出する。まずは、SARS-CoV-2のRNAを逆転写酵素でDNAに変換してから等温で増幅できるLAMP法(62℃、20分間)によってDNAを増幅する(RT-LAMP法)。次いで、標的ウイルスを特異的に切断できるように設計したCRISPR/Cas3システムで標的ウイルスの核酸を切断してから1本鎖DNAプローブにてラベルを付ける(37℃、10分間)。CRISPR/Cas3蛋白質と検出用DNAプローブの混合液をバイオセンサーとして利用する。3番目に、ラベル化したDNA断片をラテラルフロー試験紙にて分離してラベルを検出する。

 この手法を用いれば、毎年流行するインフルエンザの95%以上を占めるA型(H1N1pdm09、H3N2)も検出できることを東大医科研グループは確認済み。C4Uは、新しいインフルエンザ診断法の開発も同時に進めている。

 第3世代のゲノム編集ツールであるCRISPR/Casシステムは、核酸の特定の塩基配列を認識して切断できるツールを容易に設計できるため、SARS-CoV-2のRNA検出への利用が相次ぎ報告されている。

 CRISPR/Cas13を用いたSHERLOCK(Specific High Sensitivity Enzymatic Reporter unlocking)法はNature誌や生命科学の論文プレプリントサーバーであるbioRχivにて、CRISPR/Cas12aを用いたDETECTR(DNA Endonuclease-Targeted CRISPR Trans Reporter)法はbioRχivやNature Biotechnology誌にて2020年に成果が発表された。

 SHERLOCK法は、米Broad Instituteの成果を基に開発された。1本鎖RNAに結合するCas13を用いた方法だ。米Sherlock Biosciences社は2020年5月、同社の「CRISPR SARS-CoV-2キット」が米国で初めて、米食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可(EUA)を得たCRISPRベースの診断薬になったと発表した。

 DETECTR法は、ゲノム編集技術CRISPR/Casの開発者であるJennifer Doudna氏らが2018年に創設した米Mammoth Biosciences社と提携先の英GSK Consumer Healthcare社が、COVID-19の診断機器としてFDAにEUAを申請したと2020年5月に発表した。標的核酸の増幅にはRT-LAMP法を採用している。

 真下教授らが今回、発表したSARS-CoV-2のRNAを検出するCONAN法は、当時大阪大に所属した真下教授らが開発したCRISPR/Cas3システムや、栄研化学が開発したLAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法を用いている。日本のオリジナル技術を活用しているという点も魅力といえそうだ。