SIRを卒業しました。 | 神村風子のふわふわ日和。

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元SIR美少女♡グリーン担当!
女優・声優・アイドルとして活動中の神村風子の出演情報やイベントレポ、日常などを綴るブログです。

風子です


この度、
2019年2月28日をもちまして
神村風子はサンスポアイドルリポーターSIRを卒業しました。





3年半の間、本当に本当に、ありがとうございました!!!!


たっくさんの方にお世話になって、感謝してもしきれません。ありきたりな言葉しか出てこないけれど、SIRの神村風子を、皆さまが作り上げてくれて、ここまで支えて下さったお陰で、とても幸せな日々でした。




2015年11月からSIR5期候補生としての活動が始まり、3ヶ月のサバイバルオーディションを経て、

2016年1月25日から、

SIRの5期生 緑色担当
「幸せグリーンエメラルド!年中無休の美ッ少女」
神村風子として活動を開始しました



本当はピンク色が大好きな風子がどうして緑担当になったかっていうと、前緑担当だった平野聡子せんぱいに、似てる!なんて各所で言って頂けていたことが、大きな理由の一つです。「二代目の聡子さん」になることを期待されているのだ、という声がありました。
聡子さんのことをよく知る方には、全然そう見えなかったと思うんだけど、たしかに見た目の雰囲気だけでいえば少し似てたかな。( ˊᵕˋ* )
今でも、「Get to the TOP!!」のMVを観た方に、聡子さんが風子かと思った、といわれたりします。



そんなだから、最初に緑色担当に決まったとき、その重みを苦しく思ったこともありました。


聡子先輩が緑を担当しているSIRを愛しているひとが、たくさんいたから。
だけど風子が緑に決まったとき、多くの方に「風子は風子で、自分の緑色を作ればいいんだよ。」と言って頂けたの。それから、風子の緑色ってなんだろうな、どんな色にしたいだろうかと、あれから沢山考えました。



加入して3ヶ月経たずに開催して頂いた初めての生誕祭。
橘さり先輩と、同期のさきちょんと風子。3人での合同生誕祭でした。



あのときのことはすごくすごくよく覚えています。さりちゃんと一緒に生誕祭をさせて頂くことに申し訳なさがあったし、わたしはSIRに入って初めて知ったのだけど、ファンの方々が「生誕委員」なるものを作ってメッセージカードやスタンドフラワーなどの為に奔走して下さるという、文化みたいなものがあって。風子にはまだ、「風子推し」という、しっかりした界隈(っていうのかな?)がなかったから、風子推しではないSISの方々が奔走して下さったりして。

そんな中、開催された生誕祭で、わたしはこう言いました。




「今日やっと、自分がSIRにいていいメンバーだと、認められた気がします」




本当は、全然、自信なんかなかったんだ。
ワンマンライブ歌駆変2015をみて、本気でSIRに入りたいって思って、たくさん応援してもらった。そうして必死の3ヶ月を終えて、念願のメンバーになれた。だけどやっぱり、SIRの緑担当は風子じゃないって、思う人がいっぱいいるだろうな、とか。当時、濃いキャラクターで誰より目立たなくちゃ!と思って、思ってもいないような人を見下す言葉を言うようにしていたから、当然嫌われてるだろうな、って思っていたし。

チェキの列だっていちばん最初に途切れるし、肝心のダンスもなかなか覚えられずに、メンバーに迷惑をかけるし。風子は人とのコミュニケーションですら得意じゃなくって、配信などで作り上げてたキャラクターに反して引っ込み事案で、ステージでは全然喋れなくって。自分はだめだ、ってずっと思ってた。



あのとき、いつも端っこにいた風子のことを見ていてくれて、推してくれて、
一生懸命、緑を振ったり、チェキに並びにきて下さった方々がいなければ、わたしは心折れてしまっていたかもしれません。本当にありがとう。



そしてその生誕祭の2ヶ月後、5月9日に、風子にとって人生最大の、辛い出来事がありました。



敬愛する父の突然の死。


本当に突然だった。
丁度、本当に偶然、前日の5月8日に大宮のラクーンさんで無料ライブがあってね。風子はその日、偶然にもお財布を忘れてきて、偶然にも、父が電車に乗ってわざわざ届けに来てくれて。

そこで初めて、わたしがアイドルをしているところ、SIRにいるところを、父に見てもらいました。
芸能活動に関して父には、やんわり反対されていた。小学生から芸能界に憧れていたけど、大人になるまではそんな危険な世界に踏み入れさせられない、といわれて、でも本当に好きなことはわかってくれて、舞台の勉強のできる高校に通わせてくれて。成人してやっと好きに芸能活動させて貰えることになって、それでも、危ないことが沢山あるんじゃないかってすごく心配しているようでした。

そんな父が、偶然にも、この日ライブを見て、SIRの名刺配布も参加してくれて、その日の夜、机に名刺を並べてひとつひとつ眺めながら
「すごくいい子たちだったね。楽しそうにしてて良かった」と言ってくれました。
その夜から体調が悪くなって、翌日の朝、起きてすぐ急に倒れて、救急車に運ばれて亡くなりました。



すごく悲しくてつらくて、この日から数日のことはあまり覚えていません。




だけど、SIRのメンバーが連絡をくれてね。
わっちゃんや、さりちゃんが、いつまでも待ってるからね、風子は大事なメンバーだからね。って言ってくれました。


Twitterやブログに、沢山の方からメッセージがきました。どれもすごくあたたかいメッセージで。わたしを待っていてくれる人たちがいるなら、早く元気にならないとって思いました。


そして、亡くなる前の父の嬉しそうな顔。
わたしが芸能が大好きな気持ち、SIRのすてきなところが伝わったんだって思いました。SIRにいる私の姿を見て、安心してくれた。
私の活動を誰より喜んでくれていた母や、兄の沈む顔を見て。わたしが絶対、頑張らないと。そう思いました。




一週間と少しのお休みを頂いて、その間、気持ちにかなり変化が生まれた。私は私の力で前に進んでいこう、私だって明日生きてるかわからないなら、とことん私のやりたいように、私らしく、SIRの緑色だって、私のしたい色にしようと決めた。
そして自分の意思で進むべく、そのときお世話になっていた事務所を辞めました。




そこからは、みんなの知る通り、SIRの運営さんに大変お世話になりました。週3、4で大学院に通いつつ、SIRに全力を注ぐ毎日。

泣き虫は相変わらずで、要領も悪くて、たくさん迷惑をかけたなぁ。





思えば5期生って、本当に恵まれた時期に加入しました。
入ったばかりの頃から地上波冠番組の「開店!SIRのパチスキ」にも出演させて頂いたし、TIFなどの大きなアイドルイベントや対バンライブもたくさんあって、来店も何度も盛大にさせて頂き、全国ツアーが始まったのもこの年!
きれいで優しい先輩方がいて、既に大勢のSISの方が支えて下さっていて、ただそれに甘えながら、先輩の背中に追い付くことに必死になっていればよかった。


そうして過ごした一年目の後半は、夏頃からやっと先輩メンバーへの敬語が取れて、ライブの時も最初よりは余裕が出てきて、活動がどんどん、楽しくて、大好きになっていきました。
それにつれて、もっと上手になりたい、もっと貢献できるメンバーになりたいという気持ちも強くなっていって。
歌駆変2016の特典会で一番最初にチェキ列が途切れて、楽屋に戻ってきてから悔しくてひとりでわんわん泣いたなぁ。笑

だけど、後半からは、わたしはわたしで等身大にいられるようになって。無理して嫌な台詞を吐かないようになったら、たくさんの人が素のままの風子を好きだと言ってくれて、それが本当に嬉しかったです。



2年目に6期生の後輩ができてからは、意識ががらっと変わったと思います。
6期生はみんなパフォーマンス力とガッツのある子たちだったから、後輩にカッコ悪い背中は見せられないぞ!って、すごく背中を押して貰いました。
自分のことだけで精一杯だった1年目からやっと、グループ全体やチームのこと、後輩のことを考えられるようになりました。


風子は、特別歌やダンスが上手いわけでもなくて、リーダーとしてみんなをぐいぐい引っ張ったり、駄目な所をびしっと叱ったりすることも得意じゃなくって。チームの為に何が出来るんだろうって思った時に、わたしは言葉で何か伝えることは下手だから、行動で示せる先輩になろうと思った。
それが出来ていたかはわからないけれど、風子なりの一生懸命をしました。


Angelという新チームのリーダーになった知花ちゃん、そしてりらちゃんには、ファンの方々やメンバーへの愛の示し方を一番教わったなぁ。
とにかくSIRには、愛情深いメンバーが多くて、優しいファンの方が多くて、それが一番の自慢です。
風子が一年目から先輩にしてもらった嬉しいこと、嬉しい言葉を、自分も後輩にしてあげられるようにしようって思っていました。
先輩方は、メンバーのいいとこを見つけてくれるのがすっごく上手でね!風子も、みんなのいいとこいっぱい見つけようって思ったの。そしたらメンバーみーんな、いいとこだらけで困っちゃったな( ˊᵕˋ* )褒める言葉が足りないんだもの。


だけど思ってること、ちゃんと口にできるようになってきました!
そんな2年目の人気総選挙は6位!!
ずっと端っこで、自信もなかった風子が2年目にやっと!自分に自信が持てるようになりました。


そんな2年目。毎月、「真夜中のおバカ騒ぎ!」に出演させて頂いていたこともあって、配信や撮影会などでファンの方とゆっくりお話をしてみる機会も増えて。自分に余裕が出てきたこともあり、楽しい、嬉しい、大好きな気持ちが日に日に、増して増していく年でした。
その分、愛が重すぎるかもしれないなって悩んだりもして。自分がすごいやきもちやきの人間だってことを初めて知りました。笑



3年目に突入して。
SIRに入って2番目にしんどかったのは、2年目の終わりの冬から春にかけての、この時期だったんじゃないかと思います。
修士論文の提出日が近づくにつれ、学業とSIRの活動との両立がどんどん厳しくなって、身体的にも、心にも余裕をなくしていた時期でした。


そんなときにSIRのメジャーリリースが決定して。
それに向けての歌テストがあったのだけど、風子は結果を出せなくて、歌割も殆どありませんでした。アー写も、同期や先輩が皆前にいる中で風子だけ後ろ。後輩よりも後ろの端っこで、ショックだったなぁ。


あの頃、再び、1年目に思っていたあの気持ちがむくむくと生まれてきてしまいました。

風子はSIRに必要ないのではないか?
少なくとも、必要とされてはいないのかもしれない。

修論で追い詰められていたこともあって、そんな考えに達してしまった。SIRを辞めたいなんて少しも考えていなかったけれど、必要とされていないのなら辞めた方がいいのかもしれない。って、その時は思って本気で悩んだんだ。


それでも色んなところでリリイベさせていただいたり、「7色の未来」のプロモーションで多くの方との新しい出会いがあったことは、とても幸せな経験でした。
風子がほとんど歌わないCDを何枚も買って貰うことに罪悪感もあって、だけどそのCDをファンの方から頂いて家に持って帰ると、母が大喜びで毎日それを聴いたり、ご近所中に配り歩いたりしているのを見て、ますます、あぁもっと前にいたかったな、もっと歌いたかった、わたしが修論がなんて言い訳せずにもっともっとSIRにも打ち込めていたら、ってとても悔しい気持ちになったりもして。



無事、大学院を卒業して修士号を取得できてホッとしたと同時に、これは勝負の1年だと思った。
これまで学業の為に割いていた時間をSIRの為に割けるようになる。SIRに加入してからずっとお休みしていた役者活動も再開できる。
この悔しい気持ちを全部、ぶつけてやるぞって思って、
挑んだ3年目の総選挙では、結果、2位と一票差で3位に。


この3位は、風子にとっては、すごくうれしい3位でした。

もちろんセンター曲が欲しかったし、風子を応援してくれた、みんなの為にも一位が欲しかった。
だけど、風子が勝手に悩んでいた気持ちに対して、みんなが、風子はSIRに必要だ!って思ってくれていたこと。風子を好きでいてくれたこと。愛してくれていたこと。
それがすごくすごくわかったから、風子は去年総選挙があってよかったな、って思っています。

風子の為に必死になってくれて、本当にありがとう!!



そのお陰で、先日発売された「愛はほとんどお金で買える」では、しっかりばっちり前で歌わせて頂いて。アルバムに初めてソロ曲も収録させて頂きました!
一生の宝物です。




卒業を決めたのは、風子がSIRでちゃんと、「緑担当・神村風子」というものを示せたと思ったから。
ずっと夢だった女優の道に進む為には、ここでグループから卒業しなければならないことがわかったから。

この3年半、書ききれない程たくさんのことがありました。たくさんの出会いと経験がありました。全部全部宝物で、全部が風子を成長させてくれた。

愛して止まない風子推しって言ってくれたみんな。
出会えて本当に幸せです。大好きです。風子が頑張れるのはみんなのお陰です。
風子の居場所をつくってくれてありがとう。
必要としてくれてありがとう。
風子にもみんなが必要だから、どうか心身健康で、側にいてくれたら嬉しいです。




緑色がだいすきになりました。


風子の緑色、つくることが出来たかな。

風子は緑色のよつばのクローバーみたいな、森林みたいな子になりたかったの。

みんなを優しい気持ちにできたかな。
悲しい苦しい嫌な気持ちを少しでもやわらかくすることができたかな。

あなたを幸せにすることができていたかな?



風子はSIRの緑担当でいられて、ずっとずっと幸せでした。



大きな苦しみも、
その何倍もの強い応援や、やさしい言葉や、みんなの笑顔や、楽しい時間があったから、乗り越えて強くなれたよ。



みんなが大好き。
SIRが大好き。
SISが大好き。
お世話になった、運営さん、スタッフさんも大好きです。

3年半のこの日々が、特別で大好きです。

あなたが大好きです。


SIR緑担当の自分も。大好きです。



本当にありがとう。



他のメンバーみんなについても書きたいのだけど、それはまた、違う機会に。





最後、愛でいっぱいの卒業ライブをありがとうございました。


ありちゃんとふたり、一緒に卒業で良かったなぁ。



愛のこもったお花や、お手紙、贈り物、
沢山ありがとうございました。
ずっとずっと大事にします。


SIRでいた日々を忘れません。



風子はここからまた新しいスタートを切ります。
ソロで頑張っていくから、また会おうね。
出会えたみんなとは、風子推しでなくたって、これからもきっと会えると思っています。風子は活動を続けていくから、見ていてくれたら嬉しいです。




これからもよろしくね╰(*´︶`*)╯




ふうこ