覚醒剤② | 現・代・音・痴

覚醒剤②

“かくし撮り”といえば、私がレギュラーをいただいた日本テレビ・火曜サスペンス劇場「警視庁鑑識班」の足跡課員役。現場臨場シーンをヘリコプターや大型クレーン車、近隣ビル屋上階からカメラで狙うのだが、警察車両や制服、私服刑事は本物と何ら変わりがなく、次々と集まってくる野次馬の群衆にも助けられて現実味溢れる映像をご家庭に送り届ける事が出来た。マンネリ化していたサスペンスドラマに新風を送ったと云われた第一話は作品題名を「警視庁鑑識課」として、その時私は指紋係役だった。長回しによるアドリブ現場臨場シーンにはフィルムの質感も含め本編にも劣らぬ評価を一般視聴者は勿論、評論家や映像専門家、警察関係者からも受けた。カメラは路面に寝そべり、「東京物語」の小津安二郎監督ばりのロー・ポジションからのアングルで被害者の死体越しに動き回る我々鑑識課員や制服警官隊や私服刑事たちの被写体を捕らえた。品川埠頭で捜索中の鑑識課員をレインボーブリッジの上から望遠で収めたりもした。実は数10分間のこの冒頭シーンを撮るために、撮影前日にスタッフ、出演者全員が集合し丸一日本番さながらのリハーサル撮りを敢行したのだ。事前には主要出演陣全員に実際に発生した殺人事件現場の淡々と続けられている現場検証中の映像ビデオや警視庁科学捜査技術の図解入り文献資料コピーを手渡されて役作りに努めた。指紋、足跡のみならず、声紋鑑定や染色体細胞レベル、警察犬の活躍やら日本の警察捜査技術は世界に誇る。その作品は地方の県警の新人研修ビデオに使われているほど限り無く本物にこだわった。というか、スタッフによる取材を積み重ね鑑識備品は警視庁の許可を取り付けて本物を購入して撮影に使用した。評判が評判を呼び次々と大物俳優側の出演売り込みが続いたようだが、警視庁科学捜査の英知が込められている品なので番組制作費の殆どが消えてしまい、俳優のギャラは淋しいものになった次第だ。
さて、俳優1~2年目の頃に受けた厚生省の覚醒剤撲滅キャンペーンの啓蒙推進ビデオ撮りの仕事。まだ世間に顔を知られていない駆け出しの俳優の方がキャラクター次第では本物らしく見える。私が“ヤクの売人”に扮した新宿歌舞伎町・夜の歓楽街でのヤラセ隠し撮りの仕事は危険と隣り合わせだった。一歩間違えば犯罪に巻き込まれ兼ねない。現場から少し外れた場所にあるホテル街路地の広い駐車場内で待機していたロケバスの中に戻ったところ、途中から撮影に参加していたやや若い男の俳優は恐怖と罪悪感に震えながら撮影隊に抗議していたが、次の日から彼の姿はなかった。家出少女役の3人の女子中学生(高校生?)は今は無き新宿コマ劇場前の広場辺りにたむろして、それらしき輩に声を掛けられるのを待ったが、場所も場所だけにいい画が撮れたようである。彼女らに近づいて来たのは年配の一見善良そうなスーツ姿の一般人男性が殆どだったそうだが、幸いなことに?その筋からの接触はなかった。何事も開き直った取り組みは度胸がある女の方に分があるようである。
大元の依頼人が国であり、社会平和を促す為の取り組みが大義名分となり、いささか乱暴な撮影手法だった。仕事が終り、事務所への事後報告を兼ねて私の今後の仕事のあり方を相談した。社会的(世間)に認められた俳優でない限り基本的には仕事は選べないし、一旦承けた仕事は最後までこなす。好き嫌いはあっても仕事による経験や刺激が人と成りを表現する俳優として明日への糧となっていることに疑いはない。しかしヤラセは御免だと伝えた。
ところが次の日事務所から申し訳なさそうな声で私に電話が掛かって着たのだ。
「市丸優さんじゃなきゃ…。ピッタリなんです!」
って、先方から云ってますがどう断りを入れますか?
俳優にとって一番の殺し文句だ。この台詞に私は二つ返事。いとも簡単に落ちた。
役は覚醒剤中毒患者。撮影日までの3日間、役作りの為に髭も剃らずに絶食し、頬を痩けさせ眼をギラギラさせて本番に挑んだ。
当日そんな私の様子に心配した撮影スタッフは
「肩の力を抜いてください!」
って、カレーライスを御馳走してくれた。
そりゃそうだ!患者のプライバシーを真正面から撮る訳がなく、私はリングからひきずり降ろされたボクサーの様相だった。俳優は私一人。撮影隊を乗せたキャラバンは高速道を飛ばし、半日がかりで南房総の山奥にある国立療養所へ向かった。
降り立った地は山間の田園風景。爽快な青空と白い雲。澄んだ空気にカッコウの泣き声がこだました。
広大な敷地の中にある療養所の医療スタッフが我々を迎えてくれた。
(次回へ続く…)
現・代・音・痴-2009070700460000.jpgフジテレビ「TEAM」刑事役にて~私には長年つきあいしている同い年のマル暴刑事がいる。どちらからともなく誘い合わせて時々おでんを突っつき合うが、けっして深酒はしない。彼の地位や業務に支障が出ない範囲で内部事情を聞いたり見たりするが、たとえ犯罪者であろうと他人の人生を預かっているので確信は家族にも明かさない。知り合った頃は携帯電話もなかった。今では現場にノートパソコンを携帯し捜査形態はすっかり様変わりしたという。張り込み中も多く、彼との連絡手段は携帯メールだ。