春を待つ季節  
〜四季のバラード最終章〜

たまには楽曲制作の理論的なお話とアレンジ上の演出について。

多部田プロデューサーからの要望では、前作”memory”風な曲を、との事だったのですが、先に書いたとおり、私は今度こそ恋愛を成就させる曲を書きたかった。そこで、この曲は”memory”のアナザーストーリー的な作り方をしてみました。
理論に詳しい方なら解るかもしれませんが、イントロ部分は”memory”のコード進行を踏襲しています。

memory
Cmaj7/F > Gmaj7/E
春を〜
Cmaj7/D > Bmaj/E

こんな感じの仕掛けは随所にちりばめておりますので、いろいろ探してみてください。これで”memory風”というお台はクリアーです。(強弁)ちなみに、こういうコード進行は私の手癖みたいなもんで、ほとんど何も考えてない時もあります。その昔分数コードとかアッパーストラクチャートライアドとかいうのにハマりまして、いろんなコード進行と、そのイメージが頭の引き出しに入っております。

また、メロディの冒頭はヒロイン唯のテーマをもじって使用しています。2小節単位のメロディのリズムを繰り返すことによって世界観を小さくする、いわゆる「つぶやき」のメロディにしました。なんでその時すでに唯のテーマを知っていたのかという質問は却下。桜子シナリオでは大泣きしましたなぁ。

中間部のメロディはいつもの私風のメロディです。あまり考えずに作ったような・・・

サビも2小節単位の積み重ねになっていますが、オクターブ跳躍を多用することでダイナミックさを出しています。

同じメロディやリズムを繰り返すことは単調になることでもあるので非常に勇気のいる作曲法です。そう、私はこの曲で「勇気を出す」ことを強調したかった。Aメロの小さい繰り返しでで物語の主人公の心の逡巡を、サビの大きな跳躍の繰り返しで勇気を持つことを表現すること。これがこの曲で繰り返しを多用した理由です。
さらにこの繰り返しは曲の最後に投げ捨てます。。理由は後ほど。

1コーラス、2コーラスの間に入るピアノのインターミッションも”memory”からの踏襲。実はデモVerのイントロでもあります。このイントロだとしょんぼりした印象ですからドラマティックなイントロに差し替えました。2コーラス目ラストからピアノとストリングスとギターによる間奏。ここでコード進行上で半音下がる転調をしています。実はドンマッコウ氏から「サビで転調すること」というお台をいただいていたのですが、歌手の松下美由紀さんの音域の最高音に合わせたKeyに設定してしまったので、さらに半音上げるのはかなりリスクがあった。そこで間奏中に半音下げて改めて半音上げることによって、擬似的に転調を成功させているのです。また、演出的には「彼女の背中を押す」意味もあります。悩んで迷って自分で答えを出して、顔を上げて一歩前に踏み出す、とまあ、そんな意図です。

松下美由紀さんとは、すでに「だいなあいらん」で歌の仕事をご一緒させていただいていたおかげで彼女の音域、声質はかなり把握できておりました。そこで私は彼女に無茶なお願いをすることにしました。
それは「戻りサビ中に音域を越えてファルセットでサビをフェイクすること」です。このフェイクで積み上げてきた繰り返しを破壊することで表現したかったことは「用意してきた告白の台詞を越えて、気持ちを伝えること」でした。言葉ではなく、歌詞ではなく、繰り返してきたメロディをも破壊したその先にある想いがみなさんに伝わったでしょうか・・・
また、ギターの角田順氏に「この娘の思いに答えるようなギターソロを」という注文で、すばらしい演奏をしていただきました。これは私も耳コピは出来るものの、打ち込みごときで表現できるソロではありませんので、あえてこのデータにはいれておりません。

最後のルバート部分はドンマッコウ氏のリクエスト。ハッピーエンドにするため、曲中のAメロとは微妙にコード進行を変えてます。「ゲームのEDには収まらないかもしれませんよ?」とも言ったのですが、アルバムバージョンとしてしっかりEDをつけることには依存はないので入れてみました。2ショットの一枚絵CGでパレットチェンジでセピアにして、最後に海の背景に”Fin”って感じかな、とか。

全体的に八十八町は海のイベントも多いので、舞台設定は海になってます。いろいろ手を尽くして海や街の雰囲気を出しているんですが、伝わってますか?まあ、アレンジャーとしてのこだわりですんで無視して貰ってもかまいませんが。
これでPC98版のアレンジCDから続いてきた同級生のお仕事も終わり。98版のアレンジ曲は作曲の国枝学氏にもお褒めの言葉をいただいたそうで何よりです。そういえば有名な同人作家さんのねぴあさんにメールいただいたこともありました。お褒めの言葉をいただくのはなによりの励みになりますね。いつかご挨拶したいと思います。とはいっても面識無い方にいきなり話しかけて良い物かどうか・・・<曲の中で語ったことは私自身には全然反映されてないらしい(;´Д`) 

で、お約束の能書きですが・・・
レコーディングはたぶん1996年の暮れだったと思います。(97年初頭だという説もあり)たしかこの曲の前にメルティRの”愛のバンパイア””少女ではいられない”のレコーディングが入っていました。プロデュース&ディレクションはドンマッコウ氏、エンジニアは小林敦氏、シンセのマニピは小西輝男氏と、レコーディングスタッフがまったく同一でしたのでギターの角田さんに「いろんな仕事やってますねぇ(;´Д`) 」と呆れられたのだけ覚えております。ピアノはえっと、失礼ながら名前を失念してしまいました。調べておきます。楽器類はあいかわらず私自身が興味ないこともあって覚えておりません。そういう音楽屋は珍しいらしいですねぇ。

スタジオは青葉台スタジオで、岩垂氏の「同級生2OP」と同日に執り行われました。ストリングスのソリは初めて全部譜面書いてから打ち込んだのでちょっと不安だったので、レコーディングの前に岩垂氏に聞いて貰いました。当時はインターネットは今ほど普及していませんでしたので、データのやりとりはNifty経由だったと思います。お返しに彼からピアノ曲のデモが2曲送られてきて、「どっちがいいと思う?」なんて、ほほえましい事やってました。今はそういう機会がないですけど。まあ、私と彼が組むと予算倍額ですので、ゲーム会社の方も目玉とびでちゃいますな(笑)

理論的な作曲法とまではいかなくても、ある程度「こうすればこういう雰囲気になる」ということは経験上解っています。解っていることをやるのは早いのですが、自分自身、面白味に欠ける。そういう矛盾にハマると私は手が遅くなるので困りものです。みなさんも曲作ってて不安になったときは誰かに聞いて貰うと良いでしょう。私みたいにある程度年を取ると、そういうこともままならないときがあります。是非若いうちにいろんな人に意見を求めてみてください。

と、いろいろ書いてみたんですが、どうも作曲法(クラシックの作曲法とは全然意味が違います)とアレンジ理論と演出論、さらにプロデュースを同時に語るのは難しいです。話の筋がバラバラで読みにくいですね。すいません・・・しかし今聞くと長い。長いよこの曲。メロディ自体は短い曲にしたのに、演出過多だったかな・・・まあ、今となっては手出しは出来ませんね。

とりあえずこの曲の評価は割れました。良いというひと、悪いという人。おもしろいのは彼女持ちの方、あるいは前に彼女とつきあってたという人は概して気に入ってるらしいです。まあ、曲は人それぞれ好みがあるでしょうけど、この曲は私が初めて自分にOK出せた曲ですので、めずらしく人の評価を気にしてません。この曲で満足行ったので、もうバラードを書くこともないだろうなぁ、なんて思っていたのですが、数年ぶりに書く機会が来まして、どうしましょうかと。相手に想いが通じて、物語もきれいに終わってしまったし、続きを書いてもしょうがないし・・・
でも、恋愛はここから始まるんですよねぇ。楽しいことも悲しいこともここから始まって、死ぬまでそれは終わらない。まだまだ書いてないことはたくさんありました。というわけで、晴れて恋愛関係になった二人の曲を書いてみました。冬にはみなさんに聞いてもらえると思いますが、ここでご紹介するのは何年後になるでしょうか・・・