日本の議論

100歳記念の銀杯、「無駄遣い」との指摘受け銀メッキ製に… 高齢者増で地方自治体も続々とお祝いを簡素化

100歳を迎える高齢者に贈呈されてきた純銀製の銀杯
100歳を迎える高齢者に贈呈されてきた純銀製の銀杯

100歳を祝い、老人の日(9月15日)に首相から贈られる純銀製の「銀杯」が来年度から、銀メッキ製など安価な素材に変更される。厚生労働省は高齢者の増加でふくらむ事業費を考慮し、材質変更とともに、次年度以降にも「繰り越し」できるよう刻印の見直しも検討するという。ただし節約の効果は1個あたり約3800円。30兆6675億円に上る厚労省予算の中では「焼け石に水」の感は否めない。(伊藤弘一郎)

発想の転換必要と“待った”

銀杯は直径9センチ、高さ3・2センチで純度99・7%以上の純銀仕立て。中央に「寿」、裏面には年月日や「内閣総理大臣」の文字が刻まれている。単価は時々の銀の価格によって異なるが、桐箱などを含めて約7600円相当。事業は老人福祉法に基づき、100歳を迎える人の長寿を祝い、社会への貢献を感謝する目的で、昭和38年度に始まった。今年度の対象者は3万379人(9月1日現在)で、予算は約2億6千万円を計上している。

この事業に待ったがかかったのは今年6月。税金の無駄遣いなどをチェックする外部有識者らでなる「行政事業レビュー」で事業が俎上に載せられ、「銀杯贈呈そのものの意義が認められない」「銀杯ありきでなく、別のものなど発想の転換が必要だ」「予算をほかの必要な事業に振りかえるべき」などの意見が相次いだという。専門家らが導いた結論は「事業全体の抜本的改善」。「銀杯贈呈を廃止し、お祝い状のみの事業とすることが必要」とのコメントが付された。

背景にあるのは、膨らみ続ける事業費だ。

刻印一部省略…翌年繰り越しも検討

事業が始まった昭和38年度の対象者はわずか153人。だが、近年は高齢化が進み、昨年度の対象者は2万9357人(男性4357人、女性2万5千人)と当初の約192倍にまで激増した。厚労省の推計では今後も100歳の高齢者は増え続け、30年度には約3万9千人に上る見込みだ。

銀杯は毎年3月、翌年度の対象者数を見積もり発注するが、例年9月までに約1割の人が亡くなるため、余った分を翌年、鋳造し直す費用負担も生じるという。

厚労省は21年度から、銀杯の直径をそれまでの10・5センチから9センチに縮小するなど策を講じてきたが、有識者の提言を受け(1)杯の形を変えず、安価な材質に見直す(2)杯ではなく、より低価格な代替品にする(3)祝い状だけを贈る-など、さらなる縮小を検討。「気持ちを表すのに、杯という日本の伝統的な品に変わるものはない。見た目を変えず、品質を落とすことが一番、現実的」(高齢者支援課)との結論に至った。

純銀製では1個約7600円だったが、銅、亜鉛、ニッケルの合金に銀メッキを塗装したものに変更すれば、半額の約3800円に抑えられる。さらなる「苦肉の策」として、杯裏面の「平成◯◯年」の刻印を省略し、鋳造し直す費用を削減する案も浮上。来年度予算の概算要求には約1億5千万円を盛り込み、「各自治体の意見を聞いて最終決定する」(同課)という。

「膨らみ続ける」とはいえ、国家予算と比べると、その額はいかにも少額だ。各省庁が提出した平成28年度予算の概算要求総額の一般会計は102兆4099億円。厚労省に限っても、高齢化に伴う年金や医療費の自然増で、30兆6675億円に上っており、「銀杯」はその約0・0005%にしか過ぎない。

待ったをかけた「行政事業レビュー」の有識者も、同様の思いはあったようだ。1人の委員は「厚労省所管の1000以上の事業の中から対象として選択された理由の説明が不十分」として退席。「その程度なら自分たちで決めてほしい」と「銀杯」がレビュー対象となったこと自体に疑問を呈する意見も出たという。同省内からは「日本年金機構の個人情報流出の対応費用(10億円)だけで、銀杯節約分のお釣りも来ない」(中堅職員)と、冷ややかな意見も聞かれた。

同じ悩み抱える自治体は理解も…

とはいえ、100歳の「祝いの品」については国と同様、見直した自治体も多い。平成22年の都道府県別平均寿命で、男女ともに1位だった長野県は23年度から、額の贈呈を取りやめ、祝い状と紙筒のみとした。今年度の予算は約48万円にとどまり、22年度以前と比べ約3分の1程度に収まっているという。担当者は「祝いの気持ちと財政的な問題を両立させるのは難しい。それでも全く何もなしではさびしい」(健康増進課)と銀杯の「メッキ化」に理解を示す。

山梨県では24年度から100歳の人を対象としていた現金5万円の「祝い金」を廃止。県産和紙の賞状と県産のヒノキで作った額のみの贈呈に切り替えた。担当者は「節目を迎えた感慨や思いにどう応えるか。金額的な問題ではない」(高齢福祉課)と話すなど自治体からは「メッキ化」への反対の声は少ないようだ。

一方、高齢者の社会参加活動などを行う公益財団法人「さわやか福祉財団」の堀田力会長(81)は「検討時間が短かったとはいえ、材質を変えて継続というのはいかにも役人的。100歳が特別でなくなった今、受けとめもそれぞれ異なるのではないか。私は銀メッキの杯をもらってもうれしくない」と手厳しい。堀田氏は地域共助の観点から「例えば社会のために役立つ行動をしている方に限定して自治体が推薦し、品物選びや贈呈者もそれぞれの地域で決める。その方が金銭的にも、受け取る側にも、大きな効果があるのではないか」と話している。

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