W杯頂点を目指して サムライ軍師(ルポ迫真)
練習に欠員が出ると選手の代わりにピッチに入り、ボールを蹴る。遠めには小柄な大学生に見える男が実はサッカー日本代表の知恵袋、アシスタントコーチの和田一郎(40)だ。2001年に代表スタッフに加わった分析のスペシャリスト。ワールドカップ(W杯)日韓大会のトルシエ監督からザッケローニ監督まで5代の監督に仕えてきた。
世界中から映像を集め、年間にチェックする試合数は700を楽に超える。日本代表も分析対象で、強みと弱みをつまびらかにしては練習に落とし込んで改善に役立てる。
日本がW杯ブラジル大会で対戦するC組の分析も着々と進めている。1チームにつき12から13試合は見て、分析に穴がないようにする。欧州組視察の際には対戦国の主要キャストも観察。「長所短所、現状、選手の入れ替えに応じて相手国がこれからどう変化するか」も見通していく。
分析より大変なのは「捨てる」作業かもしれない。選手へのミーティングは30分を超えないと決めている。「それ以上は集中力を欠いてしまうから」。綿密な分析を土台に膨大な映像資料から肝となる部分を抽出、DVDに落とし込んで選手に簡潔に伝える必要がある。この取捨選択も腕の見せどころ。
仕えた監督の個性はさまざま。南アフリカ大会の岡田武史監督とは選手の士気を鼓舞するDVDを初戦のカメルーン戦に向けて一緒に作った。「この選手にはこんなプレーをしてほしいから、それに合った映像を探してくれ」。最後のミーティングで見せたDVDは選手それぞれのなすべきことが明快な、監督からのメッセージとなった。
現在の上司のザッケローニ監督は「すごく緻密な人」。選手のポジショニングの1メートルのズレ、体の向きの角度にまで「60度ではなく90度であるべきだった」とこだわる。
ブラジル大会に向けての分析は、決勝トーナメントで当たる可能性があるD組のチームも進めている。勝ち上がるほどに相手は強くなり、あら探しも難しくなるのでは?
「大きな穴ではないし、そこを突くには精度もいるけれど、どんな強国にも、それがブラジルであっても弱点は必ずある。その穴は大抵、ストロングポイントの近くにあるんですよね」。軍師の目がキラリと光った。