国立感染症研究所

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アルジェリアで回帰熱と診断された日本人男性の1例

(IASR Vol. 34 p. 43-44: 2013年2月号)

 

今回我々はアルジェリアにおいて回帰熱と診断された日本人男性の症例を経験したので報告する。

症例はアルジェリア在住の28歳日本人男性で、主訴は発熱であった。2012年11月10日、17日にそれぞれ悪寒を伴わない39℃の発熱があり、それぞれ1日で自然解熱したが、11月22日の夕方より3度目の発熱エピソードとなる40℃台の発熱が出現したためアルジェリア大使館の医務官による診察を受け、翌日11月23日に公立感染症病院に紹介された。血液検査では白血球15,700/mm3と白血球の増多を認めた。末梢血のギムザ染色にてマラリアは除外され、尿検査、胸部レントゲン検査では異常所見を認めず、血液培養も陰性であった。11月23日の夕方よりセフトリアキソン、レボフロキサシン、クラリスロマイシンの投与が開始され、翌朝には解熱したものの、発熱の原因は不明であった。その後、アルジェリア大使館の医務官から電子メールによる診断の問い合わせが国立国際医療研究センター国際感染症センターにあり、我々は特徴的な周期性発熱の経過から回帰熱が疑われることをコメントし、さらに回帰熱ボレリアPCR検査を提案した。このため、アリジェリア大使館の医務官が現地のパスツール研究所に検査を依頼したところ、血液検体のPCR検査でボレリア属が陽性となり、回帰熱と診断された。抗菌薬が10日間投与された後は発熱の出現は認めなかったものの、精査加療のため日本へ一時帰国することとなり、12月17日に国立国際医療研究センター国際感染症センターを受診した。受診時には発熱はなく、その他身体所見に異常を認めなかった。国立感染症研究所に依頼し、採取した血液のPCRを施行したが陰性であった。患者はその後も発熱のエピソードを認めず、前医の計10日間の治療で治癒したものと考えられた。

回帰熱はスピロヘータの一種であるボレリア属細菌による感染症であり、マダニ媒介性のBorrelia turicataeB. duttoniiなど、およびシラミ媒介性のB. recurrentisが病原体として知られている。回帰熱はボレリアによる菌血症による発熱期と、菌血症を起こしていないが、体内臓器中で潜伏した状態である無熱期を繰り返すことによって周期性の発熱を呈することを特徴とする。本症例ではPCR検査にてボレリア属DNAが陽性となり回帰熱と診断されたが、菌種については同定されなかった。アルジェリアの流行状況からはB. hispanicaB. crociduraeB. recurrentisのいずれかが原因であり、また回帰数が多いことからダニ媒介性である前2者のいずれかである可能性が高いと推定された。また本症例では暫定的にライム病ボレリア抗原を用いた抗体検索を行い、ボレリア抗原であるP100、P41 およびOspCに対してIgM陽性であった。これら抗原はゲノム解析から回帰熱ボレリアとライム病ボレリアで保存されている抗原であること、また、米国ではライム病抗原に対して回帰熱患者血清が交叉反応することが知られていることから、今回の症例においても、交叉反応により抗体が検出された可能性が高い。一般的には病原体の抗原変換機構があるため抗体検査による感染診断は難しいとされるが、今後回帰熱の診断抗原としてこれらが利用できる可能性が示唆された。

わが国では、ロシアで流行する新興回帰熱(B. miyamotoi感染症)を除き、旧来の回帰熱に感染する危険性はないと考えられているが、海外渡航先で感染し国内発症する可能性がある。統計が残っている1950年代以降はこれまで国内での報告はなかったが、我々は2010年にウズベキスタン渡航後に発症したわが国初となる輸入回帰熱症例を報告している2)。回帰熱は稀な感染症であり、流行地からの輸入回帰熱の症例は世界中でも報告は少ない。しかし、様々な抗菌薬に感受性を示し、数日間の抗菌薬治療で治癒しうること、また、病原性の弱い回帰熱ボレリア感染症では、無治療でも自然に治癒することもあり得ることから、これまでも診断されずに見逃された輸入回帰熱の症例がある可能性がある。渡航後に原因不明の周期性発熱を呈する患者では、回帰熱を鑑別診断として挙げることが極めて重要である。

 

参考文献
1) Parola P, Raoult D, Clin Infect Dis 32(6): 897-928, 2001
2)忽那賢志, 他, IASR 31: 358-359, 2010

 

国立国際医療研究センター国際感染症センター 忽那賢志 早川佳代子 氏家無限 竹下 望 加藤康幸 金川修造 大曲貴夫
アルジェリア大使館医務官 志賀尚子
国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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