吉岡秀隆と内田有紀夫妻、3年の結婚生活にピリオド。

2005/12/22 11:30 Written by コ○助

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2002年9月に放送されたフジテレビ系ドラマ「北の国から 2002 遺言」での共演をきっかけに交際が始まり、同年12月に結婚した吉岡秀隆と内田有紀のカップル。「北の国から」の舞台である北海道の富良野で挙式・披露宴を行い、脚本家の倉本聰や共演者の田中邦衛などに見守られながら幸せそうな笑顔を見せていたなりが、あれからわずかに3年。離婚という結末を迎えてしまったなりよ。内田有紀は仕事を休業して家庭に入っていたので、結婚生活は長続きすると思っていた人も多いと思うなりが、残念ながら破局してしまったなりね。

スポーツ各紙の報道を総合すると、離婚の原因は女性問題でも、性格の不一致といった険悪ムードなものではなく、ドラマや映画の主演作が続き多忙を極める吉岡秀隆とのすれ違いに耐えきれなくなった内田有紀が離婚を切り出したのだとか。11月には書き置きを残して内田有紀が家を出てしまったそうで、寂しさが鬱積した内田有紀が「一緒にいるほうが孤独」との結論に達したことが離婚の大きな原因だというなり。ワイドショーでは、内田有紀が公園でボーっと時間を潰していたり、引きこもりがちになったのを心配した友人が家をたびたび訪れていた、という話も紹介されていたなりね。公園でボーっとは、相当なりね……。

離婚についての公式な発表がなく、また、今後もコメントの発表などは予定されていないため、2人の間を繋いだ倉本聰が各紙にコメントを寄せているなりが、「ヒデ(=吉岡秀隆)は何が悪いのかいまだに理由が分からなく、かなり落ち込んでいた」ようなりよ。また、11月には夫妻と共に食事をしたようなりが、その時には「(離婚の)気配は全くなかった。ヒデは(内田の家出を)僕と同じくらいびっくりしたと思う」と語っているなりね。吉岡秀隆的にかなりキツイ状況にあるのは、想像に難くないなり。

ちなみに、吉岡秀隆がどれくらい仕事に追われていたのかを確認しておくと。結婚直後からフジテレビ系ドラマ「Dr.コトー診療所」の長期ロケで沖縄の与那国島に滞在したり、映画は「半落ち」「隠し剣 鬼の爪」「四日間の奇蹟」「ALWAYS 三丁目の夕日」「博士の愛した数式」と出演作が目白押し。まさにロケに忙殺される日々を送っていたなりね。内田有紀も仕事を続けていれば逆にバランスが取れていたのかもしれないなりが、一緒の時間を作りたい、ずっとそばに居たいとの想いから主婦業に専念したことが、結果としては裏目に出てしまったと言えそうなり。

今後、内田有紀は女優業に復帰することになりそうなりが、今はまだ白紙の状態。しばらくは復帰せずに休養に充てるようなので、そのうちまた、元気な姿を見せて欲しいものなり。

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