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2009年9月18日(金)「しんぶん赤旗」

日米核密約 新局面へ


 核兵器持ち込みなどに関する日米間の四つの密約の調査を岡田克也外相が16日に命令したことにより、日米軍事同盟体制の根幹にかかわり、日本の政治を揺るがし続けてきた密約問題は、まったく新しい局面に入ることになりました。(遠藤誠二、坂口明)


 民主党は総選挙中に、核密約の調査を公約していました。岡田外相の指示は、この公約を新政権発足後ただちに実行するものです。

 岡田氏が調査を命令した四つの密約のうち、核持ち込みに関する密約(1960年)、朝鮮半島有事の際の軍事行動に関する密約(同)、72年の沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する密約(71年)の三つは、すでにアメリカ側の解禁文書で、その存在が明らかになっています。

 沖縄返還時に結ばれた、有事の際の核持ち込みに関する密約は、沖縄返還交渉で佐藤栄作首相の密使を務めた若泉敬・京都産業大教授(故人)が、著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(94年刊)で、その存在を明らかにしました。

 自公前政権までの歴代政権は、これらのすべてについて、一切の調査を拒否し、その存在を否定する、理不尽な態度を貫いてきました。しかし、そのような虚構を維持することはますます困難になり、今年6月には、4人の歴代外務次官経験者が核持ち込み密約の存在を確認(共同通信記事)。同月末には村田良平元外務次官が初めて実名を出して、同密約の存在を認めました。その他の外務省元高官や首相経験者らも、同密約の存在を事実上認める発言をしています。

 その過程で、核密約文書については、外務省で破棄されたとの報道も出ています。

 日本共産党は、長期にわたって密約問題を究明。2000年には米国立公文書館で核持ち込み密約の原文を入手し、不破哲三委員長(当時)が国会での党首討論などで追及しました。

 密約は、国民を欺くものであり、密約が存在したままでは、本当に「対等な日米関係」は実現できません。日本共産党は、あらゆる日米密約を公開し、廃棄することを要求しています。


外相が調査命令 四つの密約とは

核持ち込み密約

 核兵器を積んだ米艦船・航空機が、日米安保条約に規定された日本政府との事前協議抜きに、日本国内に自由に出入りできるという密約です。1960年に安保条約が改定された際に、日米間で「討論記録」という形で合意され、63年の大平正芳外相とライシャワー駐日米大使の会談で、その位置づけが明確にされました。

朝鮮有事密約

 朝鮮半島で武力衝突が起こった時には、在日米軍は国連軍として行動するため、日本からの戦闘作戦行動への発進であっても、事前協議なしに発進できるという密約です。

沖縄核持ち込み密約

 1972年の沖縄返還後も米軍が核兵器をふたたび持ち込むことを認めた密約。日本側の秘密交渉役だった若泉敬・京都産業大教授(故人)が著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で、69年11月21日に行われた日米首脳会談前に、自身とキッシンジャー大統領補佐官が密約交渉を進めたことなどを暴露しています。

 同書は、首脳会談9日前の11月12日に、キッシンジャー氏から手渡された極秘の「合意議事録」草案(英文)も紹介。草案は、「極めて重大な緊急事態が生じた際には、米国政府は、日本国政府と事前協議を行った上で、核兵器を沖縄に再び持ち込むこと、及び沖縄を通過する権利が認められることを必要とするであろう」と述べています。

 文書はさらに、「米国政府は、沖縄に現存する核兵器の貯蔵地、すなわち、嘉手納、那覇、辺野古、並びにナイキ・ハーキュリー基地を、何時でも使用できる状態に維持しておき、極めて重大な緊急事態が生じた時には活用できることを必要とする」として、核持ち込み時に使用する基地の名前を挙げています。

 07年8月には、若泉氏の主張を裏付ける文書が米国立公文書館で発見されています。

沖縄補償肩代わり密約

 71年に日米両政府が調印した沖縄返還協定の交渉をめぐり、米軍が接収した土地の原状回復や、米軍施設移転など、本来米国が負うべき巨額な財政負担を、日本政府が肩代わりすることで合意した密約。当時、外務省アメリカ局長として交渉にかかわった吉野文六氏が、密約の存在を認めています。今年3月に、国内のジャーナリストや作家らが、合意文書の公開を求め、東京地裁に提訴しています。


外相の調査命令(全文)

 岡田克也外相が16日に外務省の藪中三十二事務次官に対して命じた「いわゆる『密約』問題に関する調査命令について」の全文は次の通り。

 外交は国民の理解と信頼なくして成り立たない。しかるに、いわゆる「密約」の問題は、外交に対する国民の不信感を高めている。今回の政権交代を機に、「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明らかにし、国民の理解と信頼に基づく外交を実現する必要がある。

 そこで、国家行政組織法第10条及び第14条第2項に基づく大臣命令により、下記4点の「密約」について、外務省内に存在する原資料を調査し、本年11月末を目処に、その調査結果を報告することを求める。

 なお、作業の進捗状況は随時報告し、必要に応じて指示を仰ぐよう併せて求める。

 一 1960年1月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」

 二 同じく、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」

 三 1972年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」

 四 同じく、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」


提供の資料紹介

「国会で追及し続けた」不破氏にインタビュー

テレ朝系番組

 岡田克也外相が外務省に対し日本への核兵器持ち込みなどに関する日米密約の調査を命じたのを受け、17日朝放送のテレビ朝日系「スーパーモーニング」は、密約問題の特集を組み、「核密約を国会で追及し続けた」(ナレーター)政治家として日本共産党の不破哲三社会科学研究所所長のインタビューを放送しました。

 番組では、不破氏が提供した核密約全文を含めた関連の米政府公文書を「提供不破哲三氏」として紹介。2000年に、当時、日本共産党委員長だった不破氏と小渕恵三首相が行った核密約をめぐる国会での党首討論の模様も流されました。

 1960年に日米安保条約が改定された際、米軍の「装備における重要な変更」は日米両政府による事前協議の主題になることが定められました。

 不破氏はインタビューで「事前協議が問題になった時に例外をつくろうじゃないか、核の通過とか立ち寄りは事前協議に入れないということを、いわば裏の協定として結ぼうじゃないか(ということになった)」と指摘。核密約が、核兵器を搭載した米軍艦船・航空機による日本への「立ち入り」=飛来、寄港、領海通過は事前協議の対象にならないという秘密取り決めであることを明らかにしました。

 さらに「不破氏によると」(ナレーター)として、密約が1959年6月20日に当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使との間で合意され、翌年1月6日に両氏によって署名されたことも紹介されました。

 不破氏はまた、「合意の時に、日本側から(密約が)ばれた時にごまかしがきくように『討論記録』という名前をつけてくれと注文するんですよ」と指摘。日本側が秘密取り決めの存在を否定できるように「討論記録」という形にするよう米側に求めたことも明らかにしました。

 番組では、不破氏が提供した核密約全文やその訳文がパネルにされて紹介され、リポーターは、密約のタイトルが「討論記録」になっていることや、核兵器搭載の米軍航空機・艦船の「立ち入り」が事前協議の対象外であるとした部分を示しました。



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