新潟大学 デジタルことばの窓

インドネシア語のトリビア

インドネシア語は、オーストロネジア語(南島語)の一つ、マレー語の一種である。 マレー語は、マレーシア連邦、シンガポール、ブルネイ王国、タイ王国の一部で話されている言語で、1千8百万人ほどの話者がいる。 人口約2億人のインドネシア共和国の国語であるから、インドネシア語の話者はそれだけいる、ということになるが、母語としてそれを話す人口となると、3千万程度とかなり少なくなる。

もともとインドネシア語は、この地域の通商交易用の共通語として用いられたインドネシア西部やマレー半島で話されていたマレー語を、インドネシアの国語としたものである。 人口のほとんどを占めるジャワ人を初めとする、インドネシアの多くの民族にとって母語は彼らの民族語・地方語なのである。

マレー世界の様々な民族が共通語として使用してきたマレー語あるいはインドネシア語を、あなたは聞いたことがあるだろうか? インドネシア語がどんな言葉か、おそらく、ほとんど馴染みがないのではないだろうか。

ちょっと昔の話になるのだが…:

The Boom の曲に『ブランカ berangkat 』(1994)というのがある。berangkat とはインドネシア語で「出発する」を意味する言葉だ。 1994年のJALバリ島キャンペーンソングであった。イントロのガムランっぽい音や「ちゃ・ちゃ・ちゃ」という合の手など、多分にバリを意識した歌である (とはいえ、バリのケチャ(kecak)なら、最後に /k/ の閉鎖音を発音して、「cak, cak, cak」とならなければならない。 歌の中で何度も繰り返される「ブランカ」も最後の子音 /t/ をみごとに欠いて発音されているので、おそらくインドネシア人にはこれが berangkat のことだとは分からないだろう)。

そして、さらに昔の話:

モスラという巨大な蛾(とその幼虫)の映画の中で、かつてはザ・ピーナッツ、近年ではコスモスというデュオ・ユニットが妖精のような登場人物を演じ、歌っていた「モスラの歌」。 その不思議な歌詞を、聞いたことがあるだろうか。

モスラヤ モスラ ドゥンガン カサクヤン インドゥムゥ ルスト ウィラードア ハンバ ハンバムヤン ランダ バンウンラダン トゥンジュカンラー カサクヤーンム

作詞・由起こうじ/作曲・古関裕而「モスラの歌」1961(昭和36)年

そこで、これを次のようなインドネシア語と考えると、意味が通る:

Mothra, ya, Mothra
Dengan kesaktian Indukmu(*1)
Restuilah do'a hambamu
yang rendah
Bangunlah dan
Tunjukkanlah Kasaktianmu

モスラよ、モスラ
あなたの母の神秘力で
あなたの賤しきしもべの祈りを
かなえたまえ
さあ、起き上がり、
その神秘の力をお示しください

*1:Indukmu をhidupmu として、「母の神秘の力」を「不思議な命の力」と解釈している例もある。 hidup は確かにlifeと訳される言葉だが、kesaktian hidup を生命力と解釈するのはやや無理があるように感じられる。 幼虫と成虫の二つの姿がある「モスラ」の設定も考慮して、ここは induk としておく。

「モスラの歌」はインドネシア語だった、なんて、ちょっとした「トリビア」ではないだろうか。少しはインドネシア語に関心がわいてきただろうか。

冒頭の The Boom の歌のところで触れた、最後の子音が日本人には聴き取りと発音がやや困難なことをのぞけば(これだって他の言語の発音に比べたらそんなに難しいものではない)、 インドネシア語は、もっとも敷居の低い言語の一つだ。 表記方法も現在では英語と同じアルファベットだけで(*2)、新しく文字を覚える必要はなく、発音も英語に比べて子音の数も母音の数もずっと少なく、 音調言語(中国語のように声調によって意味が変わる言語)ではないので、発音も非常に簡単である。

*2:17世紀にマレー世界におけるオランダとイギリスの影響によりローマ字が用いられるようになるまでは、 アラビア文字を用いてマレー語(バハサ・ムラユ)を表していた。それ以前には、シュリーウ゛ィジャヤ王国時代にインド文字を用いて記していたことが知られている。

文法は非常に単純で、格変化も人称変化もない。時制もない。つまり、動詞の変化を覚える必要も、名詞、代名詞、形容詞の格変化も暗記する必要がない。 構文の規則も緩やかで、SVO とか SVOC とかいった文型の暗記もない。初心者にはたいへんありがたい言語である(*3)。

*3:その反面、初心者の域を脱して、ほんとうに上達するのはかえって難しいという面もあるのだが、これはまた別の話である。

印欧語の文法に泣かされて外国語嫌いになってしまった人は、これでまずリハビリをして外国語に対する不必要な「恐れ」をなくしたら良いかもしれない。