第1章

国際軍事情勢

 わが国の防衛は、わが国が国際社会の中で将来にわたってどのようにして生存を確保していくかという問題である以上、国際軍事情勢の的確な認識のうえに成り立つものでなければならない。

 第2次世界大戦以降の世界の軍事情勢は冷戦といわれ、政治・経済体制およびイデオロギーを異にし、相互不信を抱く東西両陣営が厳しい軍事的対峙を続けながら推移してきた。今日、このような情勢は大きく変貌を遂げ、世界は、冷戦を超えた新しい時代を迎えようとしている。しかし、今日の世界には様々な不安定要因が存在することも事実である。こうした中で、軍事力の存在は依然として国際社会の平和と安定の重要な要素であり、このことを抜きにしてわが国の防衛を考えることはできない。

 以上から、本章においては、今日の国際軍事情勢を明らかにし、わが国の防衛を考えるにあたっての土台を提供することとする。

概  観

 今日、国際軍事情勢は、冷戦を超えた新しい時代を展望しつつも、最近のソ連の不確実な動向、湾岸危機後の流動的な中東情勢を含む第三世界地域の情勢、不透明なアジア情勢などの不安定要因を抱えて推移している。

 第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢の基調をなしてきた東西関係は、過去2年間において、欧州を中心として対話と協調の時代ヘと大きく変貌を遂げた。このように、東西関係は大幅に改善され、欧州においては、東欧諸国の民主化、ドイツ統一の達成などの歴史的成果が生み出されている。また、ワルシャワ条約機構(WPO)の解体が合意された。このような変化は、ソ連の変化を直接の契機としているが、西側諸国が今日の繁栄を築き上げ、結束して東側諸国に対応してきたことの成果でもある。

 しかしながら、ペレストロイカ等の改革を進めるソ連においては、経済改革の行き詰まり、民族問題の激化等の国内不安、東欧諸国のソ連離れによる安全保障上の懸念などを背景とする保守派の不満も高まっている。このため、ゴルバチョフ政権も、一時期、保守派依存の傾向をみせていたが、最近では、再び改革派寄りの姿勢を示している。いずれにしても、連邦・共和国関係を含め、ソ連の将来展望は不透明なものとなっている。また、東欧諸国においても、民族問題や経済不振が深刻化している。

 他方、1990年8月には、イラクが隣国クウェートを侵略、併合するという極めて遺憾な事態が発生した。この国際法を無視した明白な平和の破壊に対しては、国連安全保障理事会においてイラク非難等の12の決議が採択されるなど、国際社会は、一致結束して事態の解決に努めてきた。しかしながら、イラクは、事態の平和的解決を求める累次の安保理決議を無視し続け、最終的には、米国を中心とする28か国が、安保理決議に基づき武力の行使に踏み切り、1991年2月、イラクの侵略の排除とクウェートの解放が達成された。このように、国際社会が国連を軸として結束し、無法な侵略を排除し得たことは、冷戦を超えた時代における国際社会の平和の維持・回復の新しい方向を示唆するケースとみられる。

 今日の国際社会には、今回のクウェートの事例をみるまでもなく、異なる価値観や国家目標を持つ多数の主権国家が存在し、一国が他国により侵略される可能性を完全には排除することはできない。この中にあって、国家の生存と独立を維持するためには、各国が侵略に対する適切な防衛力を保持するとともに、国際社会が国連などを通ずる平和維持の機能を高めていくよう努力することが必要である。また、東西関係の改善に伴い、湾岸危機のような地域的な問題が顕在化しており、いわゆる第三世界地域への各種兵器の拡散についても国際的対応を強化する方向への動きがみられる。

 世界の軍事情勢全般についてみれば、米ソ両国は依然として軍事超大国であり、米ソの核を含む圧倒的な軍事力を中心とする力の均衡による抑止が機能し、引き続き世界的な規模での核戦争やこれに結びつくような大規模な軍事衝突が強く抑制されている。欧州を中心とした東西関係の画期的な改善により、東西間の軍事的緊張は大幅に緩和されているが、国際軍事情勢が米ソの軍事力を中心に展開するという基調に基本的な変化は生じていない。

 アジア・太平洋地域については、1990年の韓ソ国交樹立にみられるように、この地域の緊張緩和に向けた注目すべき動きもみえ始めているが、この地域の情勢は、東西間の関係改善の著しい欧州に比べてより複雑であり、朝鮮半島、カンボジアあるいはわが国の北方領土などの問題が未解決のまま残されており、不透明な状況が続いている。また、極東ソ連軍については、引き続き量的な縮小を示しているが、同時に装備の質的強化は、依然として着実に継続されており、このような極東ソ連軍の動向が、この地域の軍事情勢を厳しいものとしている状況に変わりはない。一方、米国は、米ソ関係の好ましい変化や国内の財政赤字を背景として、グローバルな戦力の再編・合理化の一環として、アジア・太平洋地域においても再編・合理化に着手しており、今後、この地域の情勢の変化やソ連の動向などを見極めながら慎重に実施していくものと考えられる。

第1節 安定化を模索する欧州

1 新たな安全保障の枠組みの模索

 第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢は、政治・経済体制およびイデオロギーを異にし、相互不信を抱く東西両陣営が中部欧州を中心に厳しい軍事的対峙を続けながら推移してきた。しかしながら、過去2年間に、とりわけ欧州において、相互不信と対立を基調とした東西関係が、相互理解と協調の関係へと急激に変化してきた。このような変化は、ソ連の深刻な経済不振に端を発するゴルバチョフ政権のペレストロイカや新思考外交、あるいは、これに触発された東欧諸国の自由化・民主化を直接の契機とするものである。しかし、それは同時に、米国を中心とした西側諸国が自由と民主主義の下で結束し、抑止と対話の政策を一貫して維持し、今日の繁栄を築き上げることにより、東側諸国に対して変化を促してきたことの成果でもある。このような東西関係の大幅な改善によって、欧州における安全保障上の環境は、格段に安定したものとなり、昨1990年11月には、欧州の対立と分断の時代の終結を宣言した欧州安全保障協力会議(CSCE)パリ憲章が採択された。

 この間、東欧諸国においては、自由選挙が実施され、政治的多元化、民主化が促進されたほか、1989年11月には、東西冷戦の象徴的存在であったベルリンの壁が崩壊し、1990年10月には、歴史的なドイツの統一が達成された。軍事面においても、1991年に入り、ワルシャワ条約機構(WPO)の軍事機構が解体され、また、旧東独地域、チェコ・スロバキアなどの東欧諸国に駐留しているソ連軍は、撤退を進めている。さらに、1990年5月末から6月にかけての米ソ首脳会談において、戦略兵器削減交渉(START)の基本合意が達成され、同年11月には、欧州通常戦力(CFE)条約が署名されるなど各種の軍備管理・軍縮交渉も進展をみせた。

 なお、CFE条約については、ソ連が条約署名前に装備品の一部を条約対象地域外のウラル以東に移転したり、条約の規制から免れるために一部組織の改編をしたりした問題などをめぐって停滞がみられたが、これらの問題は、基本的にNATO諸国等が主張する方向で解決した。また、STARTについても、CFE条約の停滞、湾岸危機の影響および交渉におけるソ連の態度硬化などによって足踏み状態にあったが、最近では交渉進展の気運が生まれている。

 このような中で、欧州においては、新たな安全保障の枠組みのあり方が模索されている。かかる枠組みの構築は、欧州の安全保障に対する米国のかかわり方、NATO、EC、西欧同盟(WEU)等の役割の分担、WPO崩壊後の東欧諸国の安全保障問題、あるいは、欧州の安全保障におけるソ連の位置付けなどを中心とする軍事面での諸問題のみならず、ソ連・東欧諸国における民主主義の確保、人権の保障、民族問題、経済の自由化などの問題にまで及ぶものであり、関係国等において、様々な検討が行われている。例えば、NATOにおいては、従来からソ連・WPO軍の攻撃を抑止し、抑止が破れた場合には、これを前方防衛するとの基本戦略をとってきたが、東西関係の改善とソ連軍の東欧諸国からの撤退という状況を踏まえて、この戦略の見直しが進められている。また、民族問題など東欧諸国の政情不安への対処、あるいは、今次湾岸危機にみられるようなNATO域外の危機への対処など、新たな課題についても検討が行われている。

 また、安全保障、経済・技術、人権などに関する全欧州の包括的な枠組みであるCSCEの役割にも期待が寄せられている。1990年11月のパリにおけるCSCE首脳会議においても、CSCEの機能強化、制度化を図るため、各国間協議の定期化(2年に1度の首脳会議、最低1年に1度の外相会議の開催など)を決定するとともに、プラハに常設事務局、ウィーンに紛争防止センター、ワルシャワに自由選挙事務所を設置することなどが決定されている。

 このような、欧州における、より安定的な国際環境をつくるための努力は、緒についたばかりである。今後は、ーつには、CSCEが欧州全体の安全保障上の利益を維持・促進する機構として機能し得るようになるか否かについて、その動向を注目する必要がある。また、NATOが、CSCEと異なり、集団安全保障機構として、引き続き欧州の平和と安定を確保するための中核的存在であることに変わりはないが、他方、欧州政治統合の動きの中で、これまでの米国主導型の安全保障体制から欧州の一層の独自性を基盤とした体制を志向する動きもある。東欧諸国においては、政治・経済の両面における自由化・民主化を達成するためには解決すべき問題も多く、一朝一夕にして成し遂げられるものではない。また、この地域では民族問題も深刻化しており、例えばユーゴスラビアにおいては、クロアチア、スロベニア両共和国の独立宣言をめぐって紛争が激化するなど、連邦分裂の危機に直面している。こうしたことから、欧州において真に安定した安全保障環境と民主主義体制が確立されるまでには、なお、かなりの期間を要するとみられる。

2 ソ連の動向

 欧州における歴史的変革の契機となったソ連においては、ゴルバチョフ政権が中央集権的管理システムの下での構造的かつ深刻な経済不振や社会的停滞からの脱却を目指して、ペレストロイカ(建て直し)、デモクラチザーツィア(民主化)、グラスノスチ(情報の公開)などの国内改革を進めてきた。しかしながら、このような努力にもかかわらず、ソ連経済は、生産力の低下、急激なインフレ、外貨不足などにみられるように、1990年から1991年にかけて一段と悪化し、また、民族問題、連邦・共和国間問題も尖鋭化するなど、ソ連の国内改革の行方は予断を許さない状況に立ち至った。

 このような状況の下で、物不足と物価値上げに苦しむ国民のゴルバチョフ政権に対する不満が高まり、1991年に入り、ゴルバチョフ大統領の退陣を要求する炭鉱ストや急進改革派主催のデモ・集会が全国的な広がりをみせた。また、連邦政府とロシア共和国を含む各共和国政府との間の確執から、ソ連邦内の各種権限の所在も混乱をみせている。この間にあって、1991年3月には、連邦制存続の是非を問う国民投票が行われ、連邦維持賛成票が過半数を占めたが、独立志向の強い6共和国(リトアニア、ラトビア、エストニアの沿バルト3共和国、グルジア、モルドバおよびアルメニア)は、現在審議中の新連邦条約には参加しないこととしている。この6共和国のうち、モルドバを除く5共和国は、いずれも独立宣言を行っている。

 他方、共産党、軍部などを中心とする保守派は、従来からペレストロイカによる急激な改革に批判的であったが、最近に至って改革が民族問題の激化を誘発し、連邦分裂の危機を招くのではないか、また、ゴルバチョフ政権が新思考外交の下で西側諸国との関係改善を急ぐあまり、ソ連の安全を危くさせているのではないか、といった危惧や不満を強め、改革派との対決姿勢を鮮明にしてきている。

 このように、改革派、保守派の軋礫の中で、ゴルバチョフ政権は、基本的に両派のバランスを考慮しつつ政局運営を行ってきているが、その姿勢には振幅がみられる。

 ゴルバチョフ政権は、1990年後半以降保守派の巻き返しが顕著になるに及び、1990年末の第4回ソ連人民代議員大会における憲法改正によって大統領権限の強化を行うとともに、保守派寄りの姿勢を示しつつ、事態の乗り切りを図ろうとした。こうした中で、新思考外交の推進者であり改革派とみられるシェワルナゼ外相が辞任した。また、1991年初めには、ソ連からの独立運動の続くリトアニア、ラトビアの両共和国、さらにはグルジア共和国にソ連軍部隊等が投入され、武力による介入が行われた。こうしたことから、この時期、西側諸国には、ソ連が対話・協調路線を後退させるのではないかとの懸念が生じた。

 しかしながら、1991年春以降、ゴルバチョフ政権は、再び改革派寄りの姿勢に転じている。その背景には、エリツィン・ロシア共和国大統領の選出などにみられるように、国民には改革指向が確実に強まっていること、また、国内的に改革路線を示すことが、対外的に西側との協調関係を推進する道であるなどの判断があると思われる。いずれにせよ、現段階ではソ連の将来展望は依然不透明といわざるを得ない。(第1−1図 ソ連邦各共和国

第2節 米ソの軍事態勢

 米ソ両国間においては、最近の両国関係の改善の結果、武力衝突の発生する可能性が一層低下してきている。また、それぞれが抱える財政赤字の拡大、経済状況の悪化という問題から、両国ともに膨大な軍事費の抑制に努めざるを得なくなっている。こうしたことから、両国ともその軍事力の効率化、合理化を行っている。

 しかしながら、米ソ双方の核戦力および通常戦力が削減され、国外駐留兵力が縮小されたとしても、両国は依然として軍事超大国であり、米ソそれぞれが相手方に壊滅的な打撃を与え得る軍事力を有する唯一の国家であることに変わりはない。さらに両国とも、核戦力および通常戦力の量的削減を行う一方で、その近代化を着実に進めており、今後とも、国際軍事情勢は、米ソの軍事力を中心に展開するという基調が続くものとみられる。

1 ソ連の軍事態勢

 ソ連は、構造的かつ深刻な経済不振が続く中で、かつてのような軍事力の増強や対外的な勢力拡張を追求することは、もはや困難となっている。しかし、ソ連は、従来から、自国の安全確保のためにも、また、国際的な影響力を確保していくためにも、強力な軍事力、特に米国に対応し得る軍事力の保持を最優先課題の一つとしていることも事実である。このため、ソ連は、老朽化、陳腐化した軍事力の大規模な解体・削減、国外駐留兵力の撒退・縮小を実施すると同時に、質的能力の向上、再編合理化など、核、通常戦力全般にわたる軍事力の効率化、近代化を精力的に行っている。なお、最近では、自国の軍事ドクトリンの「防衛的」性格への移行や「合理的十分性」の原則への転換を強調しているが、その具体的内容やそれが現実のソ連の軍事態勢にどのように反映されているのかは必ずしも明確ではない。

 ゴルバチョフ書記長が1988年12月に発表した、1989年から1990年の2年間でのソ連軍50万人の一方的削減については、その後、ソ連はこの一方的削減が完了したと発表している。ソ連がこのように短期間で大規模に兵力を削減することには、除隊する兵員の住居や雇用確保の問題など多大の困難を伴っているものとみられる。

 ソ連の国防費については、ソ連は、1989年度に国防費が約773億ルーブルであることを初めて公表し、1990年度は、約710億ルーブルと約8.2%削減された。しかしながら、1991年度は、1990年11月に最高会議に提出された政府案が、対前年度比10%減の639億ルーブルであったのに対し、その後約966億ルーブルと決定された。この国防費の大幅増額は、価格改訂、インフレ、東欧諸国などからのソ連軍の撤退に伴う諸経費などによるものと推察されるが、ソ連国防費は、その範囲や価格設定が恣意的とみられ、ソ連公表値は依然西側諸国の推定値を大きく下回っている。

(1) 核戦力等

 ソ連の保有する戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)および戦略爆撃機から構成されている。ソ連は、戦略核戦力をこれまで一貫して増強しており、1960年代末にはICBMの、1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った。現在、ソ連は戦略核戦力の近代化を行っており、移動式ICBMの増強、SLBMの攻撃能力強化や戦略爆撃機の強化により、残存性が高く、柔軟な運用の可能な戦略核戦力を構築すべく整備を続けている。ソ連の戦略核戦力は、国際的影響力を確保するための重要な手段であり、今後STARTにより制約を受けることとなっても、ソ連は引き続き大規模で質の高い戦略核戦力を保持し続けるものとみられる。

 ICBMについては、命中精度の高いSS−18が主力を占めており、大部分は複数個別誘導弾頭(MIRV)化されている。最近では、弾頭威力と命中精度を向上させた改良型のSS−18が配備され始めている。またソ連は、旧式のサイロ配備型ICBMのSS−11およびSS−17などを廃棄する一方、路上移動型のSS−25および、鉄道移動型でMIRV搭載のSS−24の実戦配備を行っている。今後、ソ連のICBM戦力は、機動性のある残存性の高いタイプが主力を占めるようになるものとみられる。

 SLBMについては、より射程が長く、命中精度が高いSSーN−20を搭載したタイフーン級およびSS−N−23を搭載したデルタ級弾道ミサイル潜水艦(SSBN)の実戦配備が着実に続いている。これら射程の長いSLBMの出現により、ソ連は、バレンツ海やオホーツク海など、自国の海上、航空戦力の支援が受けられるソ連本土に近い海域から、直接米国本土を攻撃できる能力を向上させ、SSBNの残存性を高めている。

 ソ連は、バランスのとれた戦略核戦力を構成するため、近年、戦略爆撃機の能力の向上に努め、射程約3,000kmの空中発射巡航ミサイル(ALCM)AS−15を搭載できるTU−95ペアHを約75機配備し、また、AS−15搭載の超音速戦略爆撃機TU−160ブラックジャック約20機を配備した。

 ソ連の保有する非戦略核戦力は、中距離爆撃機、地上発射ミサイル、海洋・海中発射ミサイルなど、多岐にわたっている。このうち、射程500kmを超える地上発射ミサイルについては、INF条約により廃棄された。他方、地対地短距離ミサイルについては、命中精度の高い新型のSS−21やSS−1スカッドの配備が継続されている。また、ソ連は、核搭載可能な射程300km以上のAS−4空対地(艦)ミサイルを装備できるTU−22Mバックファイアを約330機配備している。ALCMについては、前述のAS−15に加え、超音速のAS−X−19の開発が進められている。SLCMについては、新型のアクラ級原子力潜水艦およびヤンキー・ノッチ級原子力潜水艦へのSS−N−21の配備が進められるとともに、より大型のSS−NX−24もヤンキー級改造原子力潜水艦などに搭載され、試験中とみられる。

 戦略防衛の分野では、広域にわたる戦略防空網を構築し、モスクワ周辺に配備されている世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)を近代化した。また、ソ連は人工衛星を攻撃できるシステム(ASAT)を保有している。(ソ連のタイフーン級弾道ミサイル潜水艦

(2) 通常戦力

(i) 地上戦力

 ソ連は、ユーラシア大陸において、北欧から極東まで12か国と長大な地上国境を接する大陸国家であり、伝統的に大規模な地上軍を保有している。その規模は縮小しつつあるが、依然として総計約175個師団、約165万人、戦車約5万3千両と膨大なものとなっている。

 また、装備の近代化も進められており、T−80などの新型戦車、装甲歩兵戦闘車両、新型自走砲、攻撃へリコプターおよび地対空ミサイルなどの配備の継続により、火力、機動力および戦場防空能力の向上が図られている。

 また、ソ連は、師団の再編を行っており、主に欧州において師団当たりの戦車数を削減し、対戦車兵器、防空兵器などの防衛システムを増加させている。

 このほか、ソ連は、化学・生物戦能力をこれまで一貫して重視してきており、汚染された環境下での作戦遂行能力のみならず、化学生物兵器を使用する能力にも高いものがある。(ソ連の攻撃ヘリコプター MI−28「ハヴォック」

(ii) 海上戦力

 ソ海連軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4個の艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,750隻(うち主要水上艦艇約240隻、潜水艦約290隻)、約694万トン、作戦機約890機、海軍歩兵約1万5千人となっている。

 その主たる任務は、平時においては、プレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事においては、重要海域の確保、海上交通の妨害、地上部隊に対する支援などであるとみられる。

 最近、ソ連は、老朽化した艦艇を廃棄しており、主要水上艦艇の数は減少しているが、一方でキーロフ級原子力ミサイル巡洋艦などの水上艦艇や、静粛化などの分野で一層進んだアクラ級原子力潜水艦等の着実な増強など質的向上を図っている。

 また、ソ連は、満載排水量6万7千トンと推定される新型空母の実戦配備を計画している。その1番艦「クズネツォフ」(「トビリシ」を改名)は1991年1月就役し、2番艦も艤装が行われている。「クズネツォフ」は第4世代戦闘機SU−27、MIG−29などを搭載するとみられ、ソ連の洋上における攻撃力は大きく向上するものとみられる。また、引き続き、7万ないし7万5千トン級の空母も建造中である。(ソ連の空母「クズネツォフ」

(iii) 航空戦力

 ソ連の航空戦力は、作戦機約8,380機を有し、大規模かつ多様なものとなっている。

 最近、旧式の第1、第2世代戦闘機の廃棄により、その規模は縮小傾向にあるが、機動性、ルックダウン(下方目標探知)、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れたMIG−29フルクラム、MIG−31フォックスハウンド、SU−27フランカーといった第4世代の戦闘機の配備が引き続き進められており、質的増強は顕著となっている。

 さらに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力に優れたIL−76メインステイ空中警戒管制機(AWACS)および新型のIL−78ミダス空中給油機の配備が続けられており、ソ連航空戦力の作戦遂行能力の向上が図られている。(ソ連の戦闘機 MIG−29「フルクラム」

2 米国の軍事態勢

 ブッシュ政権は、ソ連・東欧の変化などの国際情勢の新たな展開と、財政赤字削減という重要課題に直面して、国防費の削減や軍事力の削減・再編を行うことを明らかにしている。これは、WP0の軍事機構としての機能の喪失、ソ連軍の東欧からの撤退の進行などにより欧州から発生する世界戦争の可能性が過去45年間で最低のレベルにまで低下したが、他方、先般の湾岸危機にもみられるように第三世界地域における地域的脅威はむしろ増大の傾向にあるとの認識の下に、従来の国防政策を見直そうとするものである。しかし、これは、米国の基本的戦略を抜本的に変更しようとするものではなく、従来の抑止戦略、前方展開戦略、同盟戦略は引き続き維持され、侵略を抑止し、万一抑止に失敗し武力紛争が生起した場合には、米国およびその同盟国にとって有利な形でできるだけ早期に終結させるという、米国の国防戦略の中心的目標に変わりはない。(米軍と共同訓練中の陸上自衛官

 このような国防政策の見直しの中で、米国は、信頼性のある抑止力を維持するため、戦略抑止と戦略防衛戦力、平時の前方展開戦力、地域的不測事態や危機に対応する通常戦力、戦力の再構築能力の4点を重視している。

 第一の戦略抑止と戦略防衛戦力については、ソ連の核戦力に対する抑止は国家の生存にとって不可欠とし、ソ連が核戦力の近代化を継続している状況にかんがみ、米国も強力な戦略抑止と戦略防衛戦力を引き続き維持するとしている。

 第二の平時の前方展開戦力については、一部は縮小するものの、今後とも米国の戦略の中心的要素の一つであるとし、アジア、欧州、地中海、大西洋、太平洋およびインド洋におけるプレゼンスを維持するとともに、危機の場合にこれらの戦力を増援するための十分な戦力を本土において維持していく方針を明らかにしている。

 第三の地域的不測事態や危機に対応する通常戦力については、地域紛争の可能性の増大により、今後重要性が増すとし、機動性や事前集積能力を強化するとしている。

 第四の戦力の再構築能力とは、ソ連の戦略の逆戻りあるいは新たな脅威の出現に対応するために速やかに戦力を拡充する能力であり、平時の戦力の削減により今後重要な課題となるとしている。すなわち、戦力再構築のための即応能力を維持するために、高度の指揮能力、強力な技術・産業基盤といった長期のリードタイムを要する能力を育成、強化することとされており、この能力を持つことがソ連の戦略の逆戻りを抑止する効果があるとしている。

 なお、最近、第三世界諸国の政治的、経済的、社会的不安定等を背景に、世界各地でテロ、反乱、内戦などの「低強度紛争(LIC)」が多発している。米国は、こうした紛争が、国際的な兵器移転の増大などとあいまって、米国を含めた自由主義諸国の安全保障を脅かす可能性があるとし、その抑止だけでなく、これと実際に戦っていくことが必要としている。

 国防費については、厳しい財政事情を反映して、1986年度以降実質減の状況が続いているが、1991年3月の国防報告においては、1992年度は、対前年度比実質0.9%の削減、さらに1996年度まで年平均実質3%の削減が予定されている。

 また、編成・装備についても、国防報告における計画の一例を挙げれば、1995年度には、陸軍の師団は12個師団(1990年度は、18個師団)に、空母は13隻(同16隻)に、戦闘艦艇は451隻(同545隻)に、戦略爆撃機は18l機(同268機)に削減される予定である。さらに、現役兵力についても、1990年度における約207万人から1995年度末には約165万人への削減が予定されている。

 なお、これらの戦力削減計画は、ソ連および第三世界における情勢が肯定的なものであることを前提としており、これらの地域の不確定な状況などにかんがみ、状況が劇的に悪化する場合には、戦力の削減を緩和ないし中止するとしている。

(1) 核戦力等

 戦略核戦力の分野では、米国は、ソ連が戦略核戦力の近代化を継続している状況にかんがみ、残存性や命中精度の向上など、ICBM、SLBMおよび戦略爆撃機のいわゆる3本柱全般にわたる近代化を推進している。

 現在のICBM戦力は、50基の固定サイロに配備したピースキーパー、500基のミニットマンおよび450基のミニットマンで構成されているが、1992年度から旧式のミニットマンの退役が開始される一方、より信頼性と残存性が高い路上移動式小型ICBMの開発が推進されている。

 SLBMについては、硬化目標の破壊に必要な高い命中精度を有するトライデント(Dー5)が、1990年3月運用開始され、新型オハイオ級原子力潜水艦に配備されつつある。

 戦略爆撃機については、1990年代初めの配備を目指して、ステルス性を有する高度技術爆撃機(ATB)B−2の開発を推進中である。さらに、ステルス性を有し、より命中精度が高く、より長射程の新型巡航ミサイル(ACM)やB−lB、B−2爆撃機の有効性を高めるための新型短距離攻撃ミサイル(SRAM)の開発を推進している。

 戦略防衛の分野では、弾道ミサイルの拡散による脅威の増大などを考慮して、SDI計画が見直され、偶発的かつ限定的なミサイル攻撃から、米国、在外米軍、同盟国を守る手段として、「GPALS(限定的攻撃に対するグローバル防衛構想)」に重点を置いて研究計画が推進されることになっている。

 非戦略核戦力については、射程500kmを超える地上発射ミサイルほINF条約により廃棄されたが、なお、多様な非戦略核戦力を保有している。このうち、欧州に配備しているランス地対地短距離ミサイルについては、最近の欧州情勢の変化などを背景として、その近代化を取りやめている。SLCMについては、一部の艦艇において、対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルの運用が可能となっている。(米国の大陸間弾道ミサイル「ピースキーパー」

(2) 通常戦力

(i) 地上戦力

 米国は、地上戦力については、陸軍18個師団約74万人、海兵隊3個師団約20万人を有しており、米本土のほかドイツ(陸軍4個師団)、韓国(陸軍1個師団)、日本(海兵隊1個師団)などに戦力を前方展開している。

 米国は、M−1エイブラムズ戦車、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車、ブラックホーク多用途へリコプターを配備するとともに、軽へリコプターなどを開発することにより、対機甲能力や戦場機動能力の向上を図るなど地上戦力の全般的な近代化を継続している。

 また、世界各地の様々な事態に迅速に対応するため、海兵隊の戦力や陸軍の軽歩兵師団などの各種師団を維持し、地上戦力の戦略機動性を高めるとともに、予備戦力の整備に努めている。(米国の戦車M1A1「エイムブラムズ」

(ii) 海上戦力

 同盟国との間が大洋によって隔てられている米国は、海上戦力については、米国および同盟諸国全体の安全にとって死活的な重要性を持っていると認識しており、大西洋に第2、地中海に第6、西太平洋およびインド洋に第7、東太平洋に第3の各艦隊を展開させている。米海軍の勢力は、艦艇約1,310隻(うち潜水艦約120隻)約634万トンとなっている。

 戦闘艦艇の近代化も推進されており、潜水艦については、静粛性など性能が向上したシーウルフ攻撃型原子力潜水艦の建造が進められている。また、水上艦艇については、優れた防空能力を有するイージス・システムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の建造・配備が継続中であり、さらに、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造が進められている。

 なお、今次の「砂漠の嵐」作戦においては、巡航ミサイル・トマホークが水上艦艇および潜水艦から初めて使用され、高い能力を示したといわれている。(米国のイージス巡洋艦「タイコンデロガ」

(iii) 航空戦力

 米国は、航空戦力については、作戦機約5,100機を保有し、航空優勢が空中、海上および地上戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するため、F−16、F/A−18などの高性能戦闘機の配備を進めている。さらに、ステルス性を有するF−117A戦闘機を実戦配備しており、「砂漠の嵐」作戦においても使用され、予想を上回る大きな効果を上げたといわれている。

 また、現有の主力戦闘機よりもステルス性、攻撃力に優れる高性能戦術戦闘機(ATF)F−22の全面開発を1991年から実施し、1990年代後半には実戦配備する計画を推進している。(米国のステルス戦闘機F−117A

(iv) その他

 米国は、地域的不測事態に緊急に対応できる能力を重視することを明らかしており、このため、緊急展開戦力を支える不可欠の手段として、海・空輸送能力の強化を図っている。また、これを補完するため、民間予備飛行隊(CRAF)を組織しており、湾岸危機においては、史上初めて、その動員が行われた。

 また、紛争が予想される地域に重装備などを事前に集積する措置もとられており、このため、陸上の施設に備蓄が行われるとともに、事前集積船が欧州周辺海域、インド洋や西太平洋に配備されている。

 第3節 第三世界地域の動向

1 概観

 最近の欧州を中心とした東西関係の画期的な改善を背景として、中東、東南アジア、南西アジア、中南米、アフリカといったいわゆる第三世界地域においても、ソ連が従来から続けてきた勢力拡張政策を緩和する方向にあるなど、好ましい動きがみられ始めている。

 しかしながら、この地域の戦略環境は、東西間の緊張緩和の進む欧州地域に比べれば、著しくその事情を異にしている。この地域は、元来、東西対立の図式では律しきれない宗教上の対立、民族問題、領土問題あるいは国家利益の対立などの不安定要因を内包している。このようなことから、実際、第2次世界大戦後、国際的な武力紛争や内乱などはこの地域で最も多く発生してきた。今後は、最近の東西間の緊張緩和を背景として、第三世界地域の潜在的な紛争要因がより表面化しやすい状況、さらに、そこから地域紛争がより発生しやすい状況が生まれてくる危険にも注意しなければならない。

 この地域の情勢を概観すれぱ、中東地域は、今日の複雑な第三世界地域の情勢の中でも、最も憂慮すべき状況を呈している。1990年8月のイラクのクウェート侵攻に始まる今次湾岸危機に際しては、次に詳述するように、地域的な安全保障の問題、国際秩序の破壊に対する国際社会の危機管理問題、高性能兵器の移転・拡散問題、領土および民族問題などの第三世界地域の抱える諸問題が凝縮された形で表面化したものといえよう。また、湾岸危機後も、イラク国内においては、フセイン政権に対するクルド族などの抵抗運動が続いている。さらに、パレスチナ問題やレバノン情勢についても、関係各国等の利害が複雑に絡み合い、依然として混迷状態が続いている。

 東南アジア地域においては、第4節で後述するカンボジア紛争のほか、南シナ海の南沙群島をめぐる紛争が存在している。南沙群島については、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどが領有権を主張しており、1988年3月には、その周辺海域において、中国とベトナムの艦艇による小規模な武力衝突が発生した。また、南西アジア地域においては、アフガニスタンの内戦や、カシミール問題をめぐるインドとパキスタンの対立が継続している。

 中南米地域についてみれば、エルサルバドルでは、政府側とゲリラ側のファラブンド・マルティ民族解放戦線との内戦が続いており、ゲリラ側は地対空ミサイルなども使用している。また、コロンビア、ペルー、ボリビアおよびエクアドルの麻薬組織によって生産されている大量のコカインの流出は、今日、大きな国際問題となっている。さらに、アフリカ地域においても、エチオピア、チャド、西サハラなどで混乱が続いている。(第1−2図 主要紛争地域(1990.7〜1991.6)

2 湾岸危機

(1) 事実関係

 1990年8月2日、イラクは、隣国クウェートに侵攻し、同月8日には、一方的にクウェートの併合を発表した。この国際法を無視した明白な平和の破壊に対し、国際社会は、第2次世界大戦後初めて、一致結束して事態の解決に努め、国連の場においては、安保理事会で、イラクのクウェート侵攻を非難し、イラク軍の即時無条件撤退を求める決議(決議660)をはじめとして、経済制裁措置、同措置の実効性確保のための必要な措置などに関する一連の決議が採択された。また、米国を中心とする28もの国連加盟国は、安保理諸決議を受けて、サウジアラビアおよびその周辺地域に多数の兵員や艦艇・航空機などを派遣し(いわゆる「多国籍軍」)、イラクの新たな軍事行動の拡大の抑止や対イラク経済制裁措置の実効性確保などに努めた。その後、イラク軍と多国籍軍が対峙し軍事的緊張が高まる中で、国連や関係諸国を中心に平和的解決のための努力が続けられ、11月29日には、安保理事会において、事態の早期解決を図るために、1991年1月15日を猶予期限として、国連加盟国に対し、武力行使を含むあらゆる必要な手段をとる権限を与える決議(決議678)が採択された。

 しかしながら、イラクは、このような累次の安保理諸決議や国際社会の平和的解決のための努力を無視し続け、上記決議678に定める猶予期限を超えてもなおクウェートの侵略と併合を継続した。このようなことから、1991年1月17日、多国籍軍は、上記決議に基づき、イラクの侵略を排除し、湾岸地域の平和と安全を回復するための最後の手段として対イラク武力行使に踏み切った。

 多国籍軍には28か国の国連加盟国が参加したほか、多数の諸国が物資や資金面における協力を行った。わが国としても、多国籍軍の行動に確固たる支持を表明するとともに、中東における平和回復活動に係るわが国の貢献策として130億ドルを超える支援を行うなどの措置をとった。

 多国籍軍の武力行使は、イラク軍に対して圧倒的優位に立つ航空兵力の大規模な攻撃によって開始された。多国籍軍側は、攻撃目標をイラクの防空システム、指揮システム、軍需施設などにできるだけ限定するとともに、トマホーク、レーザー誘導爆弾などの精密誘導兵器を多用した。また、同軍は、最終目標であるクウェート解放のための地上戦に備えて、自軍の人的損害を最小限にするため、イラク地上軍に対しても繰り返し航空攻撃を行った。多国籍軍は、このような航空攻撃の成果が十分に確認された後、2月24日、陸・海・空戦力が一体となった地上作戦を開始し、わずか4日間の戦闘と戦史に例をみない最小の被害によってクウェートの解放を達成し、2月28日に戦闘行動を停止した。

 一方、イラクは、多国籍軍の武力行使に対して有効な反撃を行い得なかった。また、空爆によりイラク軍の戦闘能力は著しく低下するとともに、前線部隊の兵士の士気も沮喪し、地上戦の開始とともに投降者が続出した。この間、イラクは、スカッド・ミサイル(改良型)による攻撃をイスラエル、サウジアラビアなどに対して断続的に実施したが、その多くは米国のペトリオット・ミサイルにより阻止された。なお、懸念されていたイラクの化学・生物兵器は使用されなかった模様だが、他方、イラクは、ペルシャ湾への大量の原油放出、クウェート内の油井への放火などを行い、停戦後の湾岸地域における深刻な環境破壊問題を引き起こした。また、イラクによるペルシャ湾への多数の機雷の敷設は、停戦後の船舶の航行の障害をもたらした。(対イラク制裁措置を決議する国連安保理)(イラクのスカッドB改良型「アル・フセイン」)(米国の地対空ミサイル「ペトリオット」

(2) 危機の本質

 イラクがクウェートを侵略、併合した理由については、様々な要因が指摘されている。例えば、経済的な理由としては、イラクは、8年間に及ぶイラン・イラク紛争によって疲弊した国内経済の建て直しを図るために、クウェートの石油増産を封じ、石油価格の高値安定を維持しようとしたことなどが挙げられる。また、サダム・フセイン政権は、アラブ統一を唱えるバース(アラブの復興)主義の思想を大義名分として、クウェートが元来イラクの一部であったなどと主張して、自己の侵略行為の正当化を試みた。

 しかしながら、サダム・フセイン政権がいかなる理由を挙げるにせよ、今回の湾岸危機の本質は、イラクが国際法を無視してクウェートを侵攻したという明白な事実にあり、これは世界の平和のあからさまな破壊であり、国際秩序に対する公然の挑戦にほかならない。これに対し、国際社会は、第2次世界大戦後初めて、国連を中心に一致団結して事態の解決に努め、最終的には武力の行使により、イラクの侵略を排除したことは前述のとおりである。このように、国際社会が団結して事態を成功のうちに収拾し得た背景としては、まず、イラクのクウェート侵攻が国際秩序の明確な破壊であったことはもとより、武力行使が経済制裁、外交努力などの十分な手続きを経て行われたことが挙げられる。さらには、多国籍軍側が、ベトナム戦争の教訓を踏まえ、大兵力の一挙投入による最小限の被害での戦闘の短期終結に成功したことも、国際社会が最後までその団結を維持し得た要因といえよう。

 他方、サダム・フセイン政権は、冷戦を超えた新しい国際環境の中での、クウェート侵攻に対する国際社会の反応を大きく読み違えた。同侵攻に直面しての多国籍軍の迅速かつ大規模な展開、安保理事会においてソ連、中国などがとった態度、多くのアラブ諸国のイラク非難などは、イラク政府として当初予想していなかったものであったと思われる。また、イスラエルへのミサイル攻撃や国際テロ活動により紛争を複雑化、広域化しようとする試みも、イスラエルが反撃を自制したことなどにより失敗に終わった。

3 第三世界地域をめぐる今後の課題

(1) 地域紛争への対処の強化

 今日、東西関係の大幅な緊張緩和は、かえって第三世界地域に内在する各種の紛争要因を表面化させやすい状況を生起させているとの側面もあり、この地域の地域紛争を未然に防止し、また、紛争が発生した場合にこれにいかに対処すべきかという問題が、今日の国際社会の最大の課題になっているといっても過言ではない。このような地域紛争を未然に防止するためには、外交的・政治的努力によって紛争要因の除去を図ることがもとより重要であるが、同時にこうした紛争の背景にはしばしば社会的・経済的不安定といった要素が存在しており、経済協力・援助の積極的推進により地域の安定を図り、紛争が発生しにくい環境をつくり上げていくことが重要である。

 しかしながら、このような努力にもかかわらず万一紛争が発生した場合には、国際社会が結束して、その早期終結と再発防止を図ることが必要となる。ただし、紛争発生の場合の国際社会の危機管理体制は、今日まで十分に機能してきたとはいいがたい。本来そのような機能を果たすことが期待されてきた国連にしても、国連創設当時想定されていたような常設的国連軍による国際の平和および安全の維持または回復のための活動を行い得るような体制とは程遠い実態にある。ところが、今回の湾岸危機においては、前述のとおり、国際社会は国連を軸としていち早く結束し、最終的には実力をもって侵略を排除した。確かに実力行使に当たったのは多国籍軍であり、国連軍ではなかったが、この多国籍軍は国連安保理の決議に基づいて武力行使を行ったものであり、その意味で国連の歴史上画期的なものであった。このように、国際社会が国連を軸として結束し、実力をもって侵略を排除し得たことは、冷戦を超えた時代における国際社会の平和の維持・回復の新しい方向を示唆するケースとみられる。

 なお、国連は、紛争の再発防止については独自の安全保障機能を発展させてきた。これがいわゆる平和維持活動(PKO)であり、紛争当事国の合意の下で、兵力の引き離しや停戦の監視などに従事するものである。現在は、国連レバノン暫定軍などの平和維持活動が行われており、国際的に高い評価を得ている。このような国連の平和維持機能は今後ますます重要性を増すものとみられている。

(2) 大量破壊兵器等の拡散防止

 第三世界地域における兵器の移転・拡散問題は、今日の国際社会の抱える緊急の課題となっている。従来、この地域における地域紛争で使用された武器の多くは、比較的旧式で性能の劣るものであった。しかし、最近では、一部の第三世界諸国は、地域的な影響力の拡大を目指しているとみられるような軍事力の増強を行っており、弾道ミサイルをはじめとする高性能兵器や化学兵器など、大量破壊に結びつく兵器の取得や開発を進めている。その結果、将来このような諸国が当事者となった地域紛争が生起した場合には、その惨禍は従来の地域紛争とは比較にならないほど深刻で、かつ、広範囲にわたるものになるとの懸念が生じていた。今回の湾岸危機は、上記の懸念が現実化したものであり、これを契機として、高性能兵器、大量破壊兵器を含む兵器全般についての第三世界地域への移転・拡散問題について国際的対応を強化する方向への動きがみられる。

 なお、現在、核不拡散については、「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)、国際原子力機関(IAEA)保障措置の体制が存在し、その運搬手段として使用可能なミサイルの不拡散については、わが国を含む西側主要国によってミサイル関連技術の輸出規制を行う体制(MTCR)がとられている。また、化学・生物兵器についても、ジュネーブ軍縮会議において化学兵器包括禁止条約作成交渉が進められているほか、オーストラリア・グループと呼ばれるわが国を含む西側20か国による化学・生物兵器の原材料・製造設備の輸出規制などのための会合が開かれている。

 さらに、1991年5月にわが国で開催された第2回国連軍縮京都会議においても、通常兵器の国際移転の問題が主要なテーマの一つとして取り上げられ、その公開性と透明性を増大する必要性などについて、活発な議論が行われた。(第2回国連軍縮京都会議において演説する海部内閣総理大臣

第4節 わが国周辺の軍事情勢

1 軍事情勢の基本構造

 第2次世界大戦後、ソ連は、欧州において、軍事力を背景として東欧諸国などに勢力の浸透を図る一方、わが国周辺地域においても、北朝鮮や中国などに対してその影響力の拡大を図ってきた。その結果、欧州においては、政治・経済体制およびイデオロギーを異にするソ連と米国とをそれぞれ中心とする東西両陣営が、WPOおよびNATOという集団安全保障体制を構築し、いわゆる「鉄のカーテン」を挟んで対峙するという構図となった。一方、わが国周辺地域においても、1950年に勃発した朝鮮戦争を経て、ソ連、中国、北朝鮮などの社会主義国と、米国をはじめとする自由主義国が厳しく対立することとなった。ただし、この地域においては、NATOとWPOのような多国間の集団安全保障体制は構築されず、軍事情勢は、米国またはソ連との2国間の同盟関係または友好関係を中心として展開された。これは、この地域においては、大陸、半島、海洋、島嶼などの様々な地形が交錯し、民族、歴史、文化、宗教などの面でも多様性に富み、伝統的に各国の国益や安全保障観が多様であって、地域的一体性に乏しいということが主な要因とみられる。

 1960年代に入り、社会主義を奉ずる中国とソ連との間で対立が激化し、両国は、中ソ国境地域に地上軍を中心とする膨大な軍事力をもって対峙を続けた。広大な領土と多大な人口を持つ中国は、大規模な地上兵力を有し、防御力に優れた国であるが、1960年代半ばには、原爆実験、核ミサイル発射実験に相次いで成功し、核能力をも保有するに至った。このようにして、中国は、米ソから独立してこの地域の安全保障に重要な影響を及ぼし得る存在となっている。

 このように、わが国周辺地域の軍事構造は、欧州のような二大軍事ブロックの対峙してきた二極構造とは異なり、複雑なものとなっている。

 米・ソ・中3国のこの地域における軍事力の内容や配備・展開の特性についても、欧州において見られたNATOとWPOとの間のいわば対称的な対峙とは異なり、総じて非対称なものとなっている。具体的にいえば、ソ連は、大陸国家として膨大な陸上戦力を保有するにとどまらず、強力な航空戦力とともに、ソ連最大の艦隊である太平洋艦隊を擁している。これに対して、米国は、その海洋国家としての特性や日本、韓国などの米国の同盟国が太平洋によって隔てられているという事情に対応して、この地域に海上および航空戦力を中心とする戦力を前方展開させている。他方、中国は、陸続きにソ連、ベトナムなど多数の周辺国を有しているという特性に加えて、広大な領土を利用した縦深防御を伝統としていることなどから、その軍事力は陸上戦力を中心としたものとなっている。

 以上のような安全保障上の特性を反映して、この地域における対立の図式も、複雑で多様なものとなっている。東南アジア地域においては、カンボジア問題や南沙群島の領有問題のような東西関係では律しきれない政治問題が存在しており、また、中ソ国境や中越国境における軍事的対峙についても、東西関係の観点のみから説明づけることは難しい。なお、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて140万人を超える陸上戦力が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙している。これは、イデオロギー的対立を基礎とし、陸上戦力を中心として対峙しているという意味で、この地域で唯一、欧州においてみられたのに近い形での構図である。(第1−3図 わが国周辺の集団安全保障条約等

2 今日の状況

 本章第1節で述べたように、今日、欧州においては、ソ連の内外政策の変化や東欧諸国の自由化・民主化の動きを契機として、従来の東西関係に劇的な変化が生じつつある。こうした動きを背景として、わが国周辺地域においても、この地域の緊張緩和に向けた注目すべき動きがみられ始めている。

 1990年から1991年にかけて、朝鮮半島においては、韓ソ国交樹立、韓国と中国との貿易事務所の相互設置、南北高位級会談の開始、日朝国交正常化交渉の開始などの動きがみられた。また、中国も、対外的には改革開放政策を継続しており、インドネシアとの国交正常化、シンガポールとの国交樹立など周辺諸国との関係改善と経済面での交流拡大に努めている。さらに、中ソ関係、中越関係も、それぞれ軍事的な対峙は継続しつつも対話・交流がみられるなど関係改善の方向にあり、カンボジアにおいても、後述のとおり、和平に向けて一定の前進がみられた。このほか、1991年4月にはソ連の元首として初めてゴルバチョフ大統領が訪日した。

 しかしながら、前述のように、この地域の安全保障上の環境は欧州とは異なり複雑であり、政治的信頼関係の強化のための一層の努力が必要となっている。この地域においては、朝鮮半島、カンボジアあるいはわが国の北方領土などの重要な政治問題についても、ようやく本格的な対話が緒についたところであり、現在のところ、未解決のままである。したがって、このような重要な政治問題の解決を図るとともに、政治・経済・文化などのあらゆる分野における地域的な信頼関係を強化していくことが、この地域の緊張の緩和を図るためには必要である。

 さらに、中国、北朝鮮、ベトナムといった社会主義諸国については、経済面では改革開放路線を志向している国もあるが、政治面では、いずれの国も、東欧諸国の民主化の動きを目の当たりにし、自国への波及を警戒して、思想引き締めなどむしろ保守的な動きをみせている。そもそも、東欧諸国において民主化の動きや市場経済への移行などの革命的な変化が生じた背景としては、それらの多くが、かつて民主主義ないし市民社会を経験し、かつ、キリスト教文化などの西欧諸国との共通の歴史的伝統を有していること、社会主義体制の樹立および維持にあたっての歴史的経緯から、一部の例外を除いてソ連の東欧支配に対する国民の反発も根強かったことなどが挙げられる。このため、東欧諸国の一部においては、1956年の「ハンガリー動乱」、1968年のチェコの「プラハの春」、1980年のポーランドの「連帯」の運動など、従来から自主性を求める動きがみられていたことも見逃すことはできない。これに対して、中国、北朝鮮、ベトナムは、欧州諸国とは歴史的状況が異なり、社会主義が自国のナショナリズムと結びついている面もあるので、当面、東欧諸国のような変化は考えにくい状況にある。

 以上に加えて、後述のような極東ソ連軍の動向が、わが国周辺地域の軍事情勢を厳しいものとしているという状況に変わりはない。また、最近に至り、国際的孤立感を深める北朝鮮が、独自に核兵器の開発を目指しているのではないかとの疑念が生じており、これが事実とすれば、このような動きを思いとどまらせることが、この地域の安定にとって重要である。

 以上みてきたように、わが国周辺地域の情勢は、欧州に比べてより複雑である。今後、前述のようなこの地域の緊張緩和に向けた動きを通じて、政治的信頼関係の醸成が図られ、ひいては、この地域の軍事情勢にも好ましい影響が及ぶことが期待されるが、この地域の情勢が依然として不透明な状況にあることに変わりはない。

3 極東ソ連軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

 ソ連は、1960年代に激化した中ソ対立を契機として、極東地域において地上軍を中心とする顕著な軍事力の増強を開始し、一貫して軍事力を増強してきた。その後、1989年5月にゴルバチョフ書記長が極東方面における一方的削減を発表して以来、極東ソ連軍はこの2年間において、陸・海・空にわたり量的には縮小を示している。しかしながら、これらの規模の縮小は、専ら旧式装備の削減を中心に行われており、その一方で近代的な装備の配備が従前と同様の高いペースで続けられている。特に1990年から1991年にかけて、T−80戦車、オスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦、スラバ級ミサイル巡洋艦が新たに極東地域に配備されたほか、バックファイア中距離爆撃機が増強されている。このように、極東ソ連軍の再編・合理化および近代化は着実に進展している。

 ソ連は、また、CFE条約に基づき、ウラル以西の地域において大量の戦車、装甲戦闘車両、火砲、作戦用航空機および攻撃ヘリコプターを削減しなければならないが、これらの装備のかなりの量を条約署名前にウラル以東に移転している。これらの装備には、近代的なものも多く、その一部が極東地域へも移転され、これが極東ソ連軍の質的向上につながっている可能性もある。

 極東ソ連軍においては、戦略ミサイルについては、ソ連軍全体の1/4〜1/3が、地上軍については、ソ連軍全体の約175個師団のうち38個師団が、海上戦力については、ソ連の全主要水上艦艇約240隻と全潜水艦約290隻のうち、主要水上艦艇約75隻と潜水艦約105隻が、航空戦力については、ソ連軍の全作戦約8,380機のうち約2,060機が配備されている。このように、人口が稀薄で、産業が限られているソ連極東部におけるソ連の軍事力は膨大なものがあり、規模および戦力構成等からみて自らの防衛に必要な範囲を超えるものとなっている。なお、極東ソ連軍の配備・展開状況についてみれば、引き続き、沿海地域、樺太、オホーツク海、カムチャッカ半島などのわが国に近接した地域に重点的に配備・展開されている。その結果、この地域には、極東ソ連軍の地上・航空戦力全体のうち、師団の約6割、戦闘機の約7割(第4世代戦闘機は約8割)、爆撃機の約8割が配備されている。

 なお、最近のソ連の国内情勢、国際環境にかんがみれば、ソ連は従来に比べ他国に対する侵略的行動をとることが困難な状況にあるとみられるものの、上述のような極東ソ連軍の動向が、わが国周辺地域の軍事情勢を厳しいものとしているという状況に依然変わりはない。(ソ連のスラバ級巡洋艦)(第1−4図 わが国に近接した地域におけるソ連軍の配置

   核戦力

 極東地域における戦略核戦力については、ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBMやSLBMは、SS−18、SS−25、SS−N−18などに近代化されてきている。さらに、核弾頭装備の空中発射巡航ミサイルAS−15を搭載できる新型のTU−95ベアH爆撃機も配備されている。

 極東地域における非戦略核戦力については、バックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイル、戦術核などの多様なものがある。バックファイアは、約4,000kmの行動半径を有し、AS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能であり、極東地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーンなどに対する優れた攻撃能力を有している。バックファイアはここ数年、バイカル湖西方と樺太対岸地域に約85機配備されている状況が継続していたが、この1年間に欧州方面から増強され、新たに、沿海地域にも配備された結果、極東配備数は約125機に増加している。このほか、地上軍部隊には、核装備可能なフロッグ、SS−1スカッドといった短距離弾道ミサイルが配備されており、新たにフロッグに代わるSS−21の配備も開始されたとみられる。さらに、SS−N−21海洋発射巡航ミサイルを搭載したアクラ級攻撃型原子力潜水艦の配備が引き続き継続されている。

   地上戦力

 1965年以来一貫して増強されてきた極東地域の地上兵力は、1990年に至って初めて規模の縮小がみられたが、その後も引き続き縮小されており、現在38個師団約34万人となっている。なお、削減された師団は動員基地に転換されており、有事の際の兵員の動員に従来より多くの時間を要するものの、師団化される基盤は維持されている。

 質的な面に関して注目される点は、最新型の戦車T−80が初めて極東地域に配備されたことである。T−80は、これまで欧州方面のみに配備されていたが、極東地域で最も性能の優れていたT−72よりも火力、機動力などの向上が図られているものである。また、わが国に近接した地域を中心に装甲歩兵戦闘車、多連装ロケット、大口径火砲、武装ヘリコプターなどの新型装備の配備が継続的に行われており、特に千島、樺太、カムチャッカ半島の地上部隊において、装備の増強、近代化が顕著となっている。

(第1−5図 極東ソ連地上兵力の推移 師団数・兵員数)(第1−6図 極東ソ連地上兵力の推移 戦車近代化)(ソ連の戦車T−80

   海上戦力

 海上戦力としては、4個のソ連艦隊の中で最大のソ連太平洋艦隊がウラジオストクを主要拠点として配備・展開されている。太平洋艦隊は、現在、主要水上艦艇約75隻、潜水艦約105隻(うち原子力潜水艦約65隻)の約90万トンを擁している。1990年に比して、約55隻が廃棄され、約10隻の新型艦が配備された。

 また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級などの揚陸艦艇のほか、海軍歩兵師団を擁するとともに、さらに、約10,000トンの積載能力を有するラッシュ型大型輸送艦「アナディール」が回航されるなど、水陸両用作戦能力の向上も図られている。さらに、軍用に転用可能なラッシュ船ローロー船などの商船も保有している。

 なお、1990年には、オスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦やスラバ級ミサイル巡洋艦といった今まで欧州方面にのみ配備されていた新型艦艇が極東へ回航されてきており、また、ヘリコプターの搭載可能なソブレメンヌイ級やウダロイ級ミサイル駆逐艦、射程3,000kmの海洋発射巡航ミサイルを搭載したアクラ級攻撃型原子力潜水艦の増強も続けられている。

 このように、太平洋艦隊は、その対艦、対空、対潜能力を向上させ、近代化を着実に進めている。(図1−7図 極東ソ連海上兵力の推移)(第1−8図 極東ソ連の艦艇近代化の推移 ヘリコプター装備化

  航空戦力

 航空戦力は、ソ連の全作戦機の約1/4に当たる約2,060機が配備されている。

 作戦機数は、1990年から約180機減少したが、これはMIG−21などの第2世代の旧式戦闘機を中心として約270機が減少した一方で、バックファイア約40機が増加するとともに、MIG−31などの第4世代の戦闘機約50機が増加したためである。

 この結果、MIG−31フォックスハウンド、SU−25フロッグフット、SU−27フランカーおよびMIG−29フルクラムといった第4世代の戦闘機は、1990年の約20%から1991年では約25%となってt、る。これにより、極東ソ連軍のほぼすべての戦闘機が第3世代および第4世代の戦闘機となるに至り、極東ソ連航空戦力の近代化は著しく進展した。

 なお、減少した航空機の中には、一部MIG−23、SU−17などの第3世代の戦闘機も含まれているが、その大半は、廃棄されず保管状態に置かれているとみられる。

 また、IL−76メインステイ空中警戒管制機が新たに配備され、極東ソ連軍の作戦能力が向上した。(第1−9図 ソ連戦闘機の行動半径(例))(第1−10 図極東ソ連航空兵力の推移 戦闘機)(第1−11図 極東ソ連航空兵力の推移 爆撃機)(ソ連の空中警戒管制機IL−76「メインステイ」

(2) 北方領土におけるソ連軍

 ソ連は、同国が不法に占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、択捉島、国後島および色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在、その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲や対空ミサイル、対地攻撃用武装ヘリコプターMI−24ハインドなどのほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の152mm加農砲が配備されている。訓練も引き続き活発に行われている。また、択捉島天寧飛行場には、1983年に配備が開始されたMIG−23フロッガー戦闘機が現在約40機配備されている。

 ソ連は、SLBMを搭載した原子力潜水艦をオホーツク海などに配備しており、これにより、自国の海上・航空戦力の支援を得やすいソ連本土の近海から、直接米国本土を攻撃できる能力を有している。北方領土は、ソ連にとって戦略的に重要な海域であるオホーツク海へのアクセスを扼する位置にあることから、同海域に展開しているデルタ級などのSSBNの残存性の確保などを図るための重要な前進拠点となっているものとみられる。

 なお、1991年4月に訪日したゴルバチョフ大統領は、日ソ首脳会談において、北方領土駐留ソ連軍の削減に関する措置を近い将来とる旨の提案を行ったが、その詳細については明らかではない。

(3) わが国周辺における活動

 わが国周辺における極東ソ連軍の活動は、艦艇、軍用機の行動などに一部減少傾向もみられるが、全般的には依然高い水準である。また、わが国に近接した地域における演習・訓練は引き続き活発に行われており、大きな増減はみられない。

 地上軍については、大規模な演習がわが国に近接した地域において、引き続き活発に行われている。

 艦艇については、外洋における活動が全般的に減少傾向を示している。他方、演習・訓練は、オホーツク海、日本海を中心にむしろ増加しつつある。

 軍用機については、わが国に対する近接飛行回数は減少傾向を示している一方、演習・訓練の内容は、多数機による長距離要撃訓練、戦闘機と爆撃機の連合訓練、空中警戒管制機メインステイを組み合わせた演習など複雑・高度なものとなっている。また、戦闘機による千対空ミサイル発射訓練と推定される飛行が著しく増加している。このように極東ソ連軍用機の活動は、総じて実戦的な様相を呈しており、近代化されたれ空戦力の有効化を桁極的に図っていることを示している。(第1−12図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要

(4) 中ソ国境における配備状況

 現在、中ソ国境におけるソ連軍兵力は、53個師団約45万人となっている。

 このうち、モンゴル駐留ソ連軍については、すでに、1989年から1990年にかけて、3個師団が撤退しているが、1990年3月には、ソ連・モンゴル間で1992年までの全面撤退が合意されている。

 また、中ソ間では、1990年4月に、「中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則に関する協定」が調印されており、中ソ国境の軍事的緊張は従来に比べ低下している。また、将来的には中ソ国境周辺の軍事的状況に変化が生じる可能性もある。しかし、現時点では、長い国境線を挟んで多数の中ソ兵力が配置されている状況が継続している。

4 太平洋地域の米軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

 太平洋国家の側面を有する米国は、従来からわが国をはじめとするアジア地域の平和と安定の維持のために大きな努力を続けている。近年では、東アジアおよび太平洋地域は、米国にとって最大の貿易相手地域となるなど、この地域の平和と安定は、米国の政治的・軍事的および経済的利益にとって不可欠なものとなっている。

 米国は、アジア・太平洋地域に、陸・海・空軍および海兵隊の統合軍である太平洋軍を配備するとともに、わが国をはじめいくつかの地域諸国と安全保障取極を締結することによって、この地域の紛争を抑止し、米国と同盟国の利益を守る政策をとってきている。

 米国は、抑止力の信頼性を維持するために、この地域に前方展開戦力を配置しているが、その主体は、海洋戦力である。また、空軍部隊や地上部隊も韓国や日本を中心に配備されている。さらに、有事において効果的かつ迅速に対応するため所要の増援部隊をハワイや米本土に配備している。

 太平洋軍は、ハワイに司令部(CINCPAC)を置き、太平洋とインド洋方面を担当しており、戦力構成などは次のようになっている。

 陸軍は、3個師団約6万1千人から構成され、韓国に1個師団、ハワイに司令部を置く太平洋陸軍の下、ハワイ、アラスカにそれぞれ1個師団が配備されている。

 海軍は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の下、西太平洋とインド洋を担当する第7艦隊、東太平洋やベーリング海などを担当する

 第3艦隊などから構成されている。両艦隊は、主要艦艇約160隻、約153万トンをもって、米本土の西海岸、ハワイ、フィリピン、日本、ディエゴ・ガルシア、グアムなどの基地を主要拠点として展開している。

 海兵隊は、太平洋艦隊の下、2個海兵機動展開部隊約7万6千人、作戦機約310機から構成され、米本土の西海岸と日本にそれぞれ1個海兵機動展開部隊が配備されている。

 空軍は、ハワイに司令部を置く太平洋空軍の下、第5空軍が日本、第7空軍が韓国、第11空軍がアラスカにそれぞれ配備され、作戦機約300機を保有している。

 米国は、国際情勢の変化および財政的な制約を背景に、海外基地の閉鎖や前方展開兵力の削減を計画しており、アジア・太平洋地域については1990年4月、議会に対する報告書「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み:21世紀に向けて」の中で、10年間にこの地域の前方展開戦力を3段階に分けて再編・合理化する計画を明らかにし、現在実施中である。

 その第1段階としては、1992年末までに、アジアに展開している135,000人のうち約15,300人(日本から約4,800人、韓国から約7,000人、フィリピンから約3,500人)を削減することとしている。さらに、引き続き、第2段階(1993年〜1995年)および第3段階(1996年〜2000年)の削減を予定している。しかし、米国は、もしソ連または第三世界のいずれかの地域において事態が劇的に悪化した場合には計画の変更の必要が生ずるかもしれないとしている。(米国の空中警戒管制機E−3A

(2) わが国周辺における軍事態勢

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約3万2千人、日本に第9軍団司令部要員約2千人など、合計約3万4千人をこの地域に配備している。最近では、第2歩兵師団のMLRS(多連装ロケットシステム)、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車の増強等、火力、機動力の強化などが行われている。

 海軍は、日本、フィリピン、グアムを主要拠点として、その戦力は、空母2隻を含む艦艇約60隻、作戦機約170機、兵員約4万2千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開している海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務とし、ニミッツ級原子力空母、タイコンデロガ級イージス艦などが配備されている。1991年には、空母ミッドウェーは、フォレスタル級空母インディペンデンスに交替される予定である。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団とF/A−18、A−6などを装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万3千人、作戦機約80機を展開している。この地域の海兵隊の近代化は、岩国へのAV−8Bハリアーの配備、沖縄の海兵機動展開部隊の機動力の強化などにより進められてきた。このほか、重装備などを積載した事前集積船が西太平洋にも配備されている。

 空軍については、第5空軍の2個航空団(F−15、F−16装備)を日本に、第7空軍の2個航空団(F−16装備)を韓国に、それぞれ配備しており、その勢力は、作戦機約220機、兵員約3万4千人である。この地域の空軍の近代化は、最近、在韓米軍で実施され、戦闘機がすべてF−16に更新されている。(米国の多連装ロケットシステム)(米国の空母エンタープライズ

5 中国の軍事態勢

(1) 全般

 中国は、1989年6月の「天安門事件」によって、米国をはじめとする西側先進国との関係が冷却化し、経済建設や軍の近代化に否定的な影響を受けたが、1990年の北京アジア競技大会の開催などによる対外イメージの改善を通じ、これらの困難な状況からの脱却に努めている。

 現在、中国は、内政面では、江沢民総書記を中心として改革開放政策が進められており、経済は回復基調にある。また、外交面では、韓国との貿易事務所の相互設置、インドネシアとの国交正常化、シンガポールとの国交樹立など、近隣諸国との関係改善と経済を中心とした交流の拡大に積極的に努めている。さらに、中台関係も経済面での交流が拡大する方向にある。

 米中関係は、1979年の米中国交正常化以降全般に拡大していたが、「天安門事件」以後冷却化し、米国は、中国向けの武器輸出の停止、米中間の閣僚その他のハイレベルの接触の停止などの措置をとった。その後、米中両政府は、関係修復の努力を行っており、湾岸危機に関する国連安保理の一連の決議の採択に際しても、中国は、米国に対して比較的協調的で柔軟な姿勢を示した。一方、米議会の中国に対する姿勢には依然厳しいものがあり、今後、両国関係がどのような進展を示すのか注目される。

 中ソ関係については、全般的に発展の方向にあり、中ソ国境交渉にも進展がみられた。また、1991年5月の江沢民総書記の訪ソの際には両国間の関係を軍事を含む全般的な分野で発展させていくことが表明された。ただ、国境兵力削減交渉については、これまでのところ具体的な成果はみられていない。今後、中ソ国境の状況に変化が生じる可能性があるものの、現時点では、長い国境線を挟んで多数の中ソ兵力が配置されている状況が継続している。このような状況の下で、中国は、強力な火力、機動力を有するソ連軍への対抗を主としつつ、その他の不測事態に対応すべく、従来の広大な国土と膨大な人口を利用したゲリラ戦主体の「人民戦争」の態勢から各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する正規戦主体の態勢への移行を引き続き図っている。

 その一環として、中国は、装備の近代化を図っており、自らの研究開発や生産を基本としつつ、西側諸国を中心とする外国からの技術導入を図る一方、第三世界諸国への武器の輸出を増加させている。特に、1991年3月より開催された第7回全国人民代表大会第4回会議においては、装備の近代化の重要性を強調しており、この背景には、先の湾岸危機における米国などの高性能兵器の有効性を目の当たりにしたこともあるとみられる。

 中国は、1991年の国防費を過去2年に引き続いて大幅に増額することを決定し、財政支出に占める割合は1986年以来の8%台から9%台に上昇した。しかしながら、当面は経済建設が最重要課題とされていることなどから、財政支出に占める国防支出の割合が今後急激に増加することはないとみられる。また、現在、インフレ基調と財政赤字という困難に直面していることもあって、全般的な国防の近代化は早急には困難な状況にある。

(2) 軍事態勢

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍から成る人民解放軍、人民武装警察部隊および民兵から構成されている。

 核戦力については、抑止力を確保すると同時に、国際社会における発言権を高める観点から、1950年代半ばごろから独自の開発努力を続けている。現在では、ソ連欧州部や米国本土を射程に収めるICBNを保有するほか、ソ連極東地域やアジア地域を射程に収めるIRBN(中距離弾道ミサイル)とMRBM(準中距離弾道ミサイル)を合計100基以上、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有している。また、SLBMの開発も進められており、SSBNからの水中発射試験にも成功している。さらに、戦術核も保有しているとみられ、核戦力の充実と多様化に努めている。

 陸軍は、総兵力約230万人と規模的には世界最大であるものの、総じて火力、機動力が不足している。これまでに、人員の削減や組織・機構の簡素化による軍の近代化などを図るため、100万人以上の兵員を削減するとともに、従来の11個軍区を7個軍区に再編している。さらに、作戦能力の向上などのため、歩兵師団を中心に編成された軍(軍団に相当)を歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を統合化した「集団軍」へと改編している。

 海軍は、北海、東海、南海の3個の艦隊から成り、艦艇約2,010隻(うち潜水艦約110隻)約98万トン、作戦機約820機を保有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であるが、ヘリコプター搭載可能とみられる護衛艦の建造や新型ミサイルの搭載などの近代化が進められている。また、南沙群島や西沙群島における活動拠点の強化を図りつつ、これらの海域でのプレゼンスを強化するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きがみられる。

 空軍は、作戦機を約5,260機保有しているが、ソ連の第1、第2世代の戦闘機をモデルにした旧世代に属するものがその主力となっている。最近では、F−8などの新型戦闘機の開発・改良のほか、搭載電子機器の更新などによる性能の向上に努めるなど、航空機の近代化を図っている。(中国の海軍陸戦隊の上陸演習)(中国のルーダ級駆逐艦

6 朝鮮半島の軍事情勢

(1) 全般

 朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にある。また、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

 この朝鮮半島においては、韓国が、近年、民主主義の進展を図るとともに、めざましい経済発展を遂げ、また、ソ連・東欧諸国の変化を背景として、1990年から1991年にかけて、ソ連との国交樹立、中国との貿易事務所の相互設置など、社会主義諸国との関係改善に大きな成果をあげている。

 一方、北朝鮮は、ソ連・東欧諸国の改革の動きやこれら諸国と韓国との国交樹立により、孤立感を深めている。ソ連との関係については、ソ連からの武器供与や人的交流など、両者の軍事的な関係が引き続き維持されているとみられるものの、ソ連の国内改革や韓ソ国交樹立などの問題をめぐり、両者の関係は、全般的に冷却化しているのではないかとみられる。こうしたことから、北朝鮮は、対中関係の強化に努めており、国内的には、政治的、思想的引き締めを行っている模様である。また、最近、北朝鮮は、わが国や米国など自由主義諸国との関係改善に前向きな姿勢も示し始めており、わが国とは、1991年1月に国交正常化交渉が開始された。

 韓国と北朝鮮との間の対話は、1988年8月に再開されて以来、断続的に行われてきたが、1990年9月には、初の両国総理レベルによる南北高位級会談が実現するとともに、サッカーや卓球の国際大会への南北統一チームの派遣などの交流も進展している。しかしながら、まず南北間で交流・協力関係を推進し、そのうえで政治軍事的信頼醸成を図ることを主張する韓国と、不可侵宣言の採択等政治軍事問題の優先解決を主張する北朝鮮とでは、その基本的な立場が大きく異なっている。このため、南北高位級会談は、これまでのところ、具体的な進展をみせておらず、今後の動向も不確実である。

 こうした中で、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて140万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙するなど軍事的緊張が続いている。さらに、北朝鮮においては、長期にわたる経済不振、指導者の後継問題などもあり、同国の内政は種々の不安定要因を抱えているとみられ、このことも、朝鮮半島情勢を不透明なものにしている。(韓国が公表している北朝鮮の南侵用トンネル

(2) 軍事態勢

  北朝鮮

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」、「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。現在、北朝鮮は、引き続きGDPの20ないし25%を国防費に投入しているとみられる。特に、1970年代以降における軍事力の増強・近代化には著しいものがあり、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるとみられている。

 北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約3,500両を含む25個師団約93万人、海軍が潜水艦22隻、ミサイル高速艇38隻を主体に約590隻約7万3千トン、空軍が作戦機約790機である。最近では、化学兵器も保有しているとみられる。

 また、最近では、核関連施設の建設や地対地ミサイルの長射程化のための研究開発が進められているとみられ、独自に核兵器の開発を目指しているのではないかとの疑念が生じており、これが事実とすれば、このような動きを思いとどまらせることが、この地域の安定にとって重要である。なお、北朝鮮は、「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)に加入しながら、同条約上の義務である国際原子力機関(IAEA)との間の保障措置協定の締結を依然として行っておらず、同協定の早期締結・履行が強く望まれている。

  韓国

 韓国は、全人口の約25%が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で囲まれ、長い海岸線と多くの島嶼群を有しているという防衛上の弱点を抱えている。このため、韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受け止め、毎年GNPの約4ないし6%を国防費に投入しており、初の国産戦車である88式戦車の実戦配備、対潜哨戒機P−3Cの導入決定など、近年、防衛力強化の努力にはめざましいものがある。1990年には、近代戦における即応性の向上を狙いとして、陸・海・空3車の軍令権の一本化などを内容とする大幅な国防機構の改編が行われた。

 韓国軍の勢力は、陸軍が21個師団約55万人、海軍が海兵隊2個師団と1個旅団を含む約180隻約11万6千トン、空軍がF−4、F−5を主力にF−16を含む作戦機約450機である。

  在韓米軍

 米国は、米韓相互防衛条約に基づき、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約4万2千人の部隊を韓国に配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置している。米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対処する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を行っている。1991年は、在韓米軍の一部が湾岸地域に派遣されたことや南北高位級会談への配慮などにより、ここ数年に比べて大幅に規模を縮小して、1月末から4月下旬にかけて実施された。

 このような在韓米軍の存在と米国の対韓コミットメントは、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止するうえで大きな役割を果たすとともに、北東アジアの平和と安定にも寄与している。

 米国は、在韓米軍の再編・合理化を計画しているが、朝鮮半島における米軍の存在意義にかんがみ、引き続き米軍のプレゼンスを維持することとしている。韓国も在韓米軍の駐留を支援するための責任分担の努力を行っている。

7 東南アジア地域の軍事情勢

(1) 全般

 東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

 現在、この地域においては、カンボジア紛争が継続しているほか、中越間では、両国国境を挟んで双方合わせて約60万人の兵力が配備されているとみられ、また、南沙群島の領有権をめぐり対立が続いている。一方、ASEAN諸国の経済発展やこれに伴うアジア・太平洋地域諸国の経済的相互依存関係の深化、カンボジア和平への努力、中越関係の改善の兆しなどの好ましい要素もみられる。

 こうした情勢の下にあって、ASEAN諸国は、この地域の平和と安定を図るため、引き続き結束の強化を図っている。

 米国は、経済・軍事援助などによりASEAN諸国との協力・友好関係の確保に努めるとともに、フィリピンのスビック海軍基地およびクラーク空軍基地に海・空軍を駐留させており、この地域の平和と安定の維持に努めている。米国は、1990年11月、クラーク空軍基地からの2個飛行隊の撤退と兵員1,800名以上の削減を発表したが、この地域における米軍のプレゼンスの維持はこの地域の平和と安定にとって重要であるとの立場に立って、1991年9月に期限切れとなる在比米軍基地協定の取り扱いに関する交渉に臨んでいる。なお、米国は、1990年11月にシンガポールとの間で、港湾、飛行場などの使用に関する取極を締結した。

 一方、ソ連は、ベトナム、ラオスおよびカンボジアの「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行い、このような援助を背景として、1979年以来ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用してきている。1989年、ソ連は、ベトナムに対する軍事援助削減の方針を固めるとともに、カムラン湾駐留航空部隊のうちMIG−23フロッガーなどの撤退を行った模様である。しかし、現在も、水上戦闘艦艇や潜水艦などの寄港、航空機の配備など、同港湾の利用を継続し、南シナ海へのプレゼンスを維持している。(第1−13 インドシナにおける軍事態勢

(2) カンボジア紛争

 カンボジアにおいては、ベトナムにより擁立された「ヘン・サムリン政権」とカンボジア国民政府(ポル・ポト派、ソン・サン派およびシアヌーク派)との間で一進一退の軍事衝突が繰り返され、膠着状態にあり、軍事力による決着は困難な状況となっている。

 このような中で、カンボジア問題の包括的政治解決の必要性についての認識が高まり、1989年のパリでのカンボジア会議、1990年1月からの数次にわたる国連安保理常任理事国による非公式協議(通称「安保理5か国会合」)など、各種の国際的努力が精力的に続けられている。その結果、包括和平合意文書の作成、最高国民評議会(SNC)設立などの進展がみられた。ただし、軍事面における停戦の具体的方法や、政治解決後の暫定期間中における国連の具体的関与のあり方などについては、依然関係者間の対立は大きい。

統一ドイツドイツ統一に伴い、旧東西両独軍を合わせて50万人を超える兵力となったが、1994年末までに37万人に削減される予定である。また、旧東独地域駐留ソ連軍も1994年末までに完全撤退する予定であり、条約によりソ連軍撒退後も同地域には核兵器、外国軍は駐留できない。

NATO域外:北大西洋条約によれば、NATO加盟国の領土、地中海および北回帰線以北の北大西洋地域において、加盟国に武力攻撃が行われる場合に、集団防衛義務が発生することとなっており、このような地域以外の地域が「NATO域外」といわれている。

第1世代:MIG−17、MIG−19等

第2世代:MIG−21、MIG−25、SU−7等

第3世代:MIG−23/27、SUー24等

第4世代:MIC−31、SUー25、SUー27等

ステルス性:兵器の残存性を向上させるために、兵器の形状や材質などに工夫を凝らし、レーダーなどから発見されにくくする秘匿性をいう。現在、ステルス航空機、ステルス巡航ミサイルの開発が行われているが、他の兵器への適用も可能とされている。

CRAF(Civil Reserve Air Fleet):契約により、危機の間、軍が利用可能となる民問航乍機からなる飛行隊。

動員基地:平時において、装備はほぼ100%充足されているが、兵員については5%以下の充足となっている基地。

ラッシュ船(LASH;Lighter Aboard ship):はしけ(Lighter)を積載する船。大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合で、はしけの積卸しを行う。港湾設備の整備が十分でないところで利用される。

ローロ−船(Roll on/Roll off):コンテナや貨物をトラック、トレーラーなどの運搬装置に載せ、岸壁で運搬装置ごと船積みし、そのまま積卸す荷役方式を取り入れた船で、船首または船尾に開閉式の扉がある。

 この方式は、商船では、カーフェリーに多く用いられる。軍用では、揚陸艦にも用いられ、艦艇を岸壁に接岸して戦車などを直接積載し、適当な上陸地に着岸し、艦首扉を開いて揚陸する。また、洋上から水陸両用の車両などを直接発進させるもの(Roll on/Roll off)もある。