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アジアに共通通貨を 経済統合、市場主導で

 通貨は国力の象徴で、どの国も自国通貨の価値に神経をとがらせる。北朝鮮製の疑いもある偽のドル紙幣が出回っているが、通貨防衛のために円の偽札への備えを急がなくてはならない。円の価値の安定には、東アジアの経済的なつながりが深まるなかでアジア通貨危機の再来を防ぐ手立ても必要だ。基軸通貨としてのドルに揺らぎが見えるいま、「アジア共通通貨」の検討も欠かせない。(論説委員・高成田享)

日本の課題
・国家的な通貨テロである円札の偽造に備える官民の協力体制をつくる。
・将来のアジア通貨危機に備えて、地域での資金協力を円滑にする仕組みを充実させる。
・アジア共通通貨というビジョンを遠望しつつ、通貨安定に寄与するアジア通貨単位(ACU)の検討を急ぐ。

偽札──官民で防止策急げ

 「ジェームズ・ボンドの世界だけだと思っていた活動が現実に存在することがわかった」。米国務省で昨年まで北朝鮮の非合法活動を調べるチームを率いたデビッド・アッシャー氏は、そんな感想を漏らした。

 アッシャー氏は今春、米議会で証言に立ち、北朝鮮の犯罪を列挙した。麻薬、偽ブランドのたばこ、そして「スーパーノート」として知られる精巧な偽の100ドル……。さらに偽札に関連して、「ほかの重要な国の紙幣についても可能性がある」と指摘した。

 それなら円札はと尋ねたら、「かれらは偽造するだけの技術と経験、材料、日本の犯罪組織を通じた流通システムを持っている」と述べた。

 日本で紙幣鑑別機を開発・製造し、偽札情報にも詳しい松村テクノロジー(本社・東京都)の松村喜秀社長も「円札は、ドル札にはないホログラムなどの技術が盛り込まれているが、スーパーノートをつくる技術があれば偽造は容易だ」と語る。

 北朝鮮政府は、国家が偽造しているという疑惑については全面的に否定している。だが偽札は、対立する国家の経済を混乱させる道具となりうる。外国通貨の偽札づくりは、通貨テロとも言うべき犯罪である。

 日本の現状は、すかしやホログラムなど紙幣技術への自信からか、本格的な通貨テロへの備えは手薄だ。印刷技術の高度化も大事だが、警察庁、日本銀行、国立印刷局などが民間銀行や企業の協力を得て、偽札についての情報や技術を共有できる仕組みを早急にたてるべきだ。

通貨危機──多国間協定で備え

 「通貨テロ」を防止できても、激しい通貨危機が起きては円の価値が不安定になる。現実に97年のアジア通貨危機で日本はひやりとした。ドル資金の急激な移動が引き金となった通貨の下落は、東南アジアから韓国へと広がった。資本の自由化、グローバル化のなかで起きたため「21世紀型の金融危機」といわれた。

 この時に日本は、下落した通貨の価値を支える資金を用意するアジア通貨基金(AMF)構想をぶち上げた。しかし、米国が日本主導の構想が進むことを警戒したうえ、中国も構想に消極的だったために、頓挫した。

 あれから9年、アジアで新たな胎動が始まっている。

 今年5月にインド・ハイデラバードで開かれた東南アジア諸国連合と日中韓3国(ASEAN+3)の財務相会議の共同声明に、「チェンマイ・イニシアチブ(CMI)のマルチ化」という言葉が盛り込まれた。会議の関係者は「これでAMFの足がかりができた」と喜んだ。

 CMIは、ASEAN+3の枠組みのなかで、外貨不足のような危機が起きたときに、お互いの通貨を融通(スワップ)し合おうという取り決めで、00年の合意から2国間の連携を広げてきた。

 「マルチ化」とは、2国間の取り決めを多国間における一本の取り決めにしようというもの。そのために共通の基金をつくるということも考えられる。そうなれば、AMFに期待された機能を果たすことになる。

 東アジアの経済的な相互依存が強まり、その輪に日本も組み込まれている。アジア通貨危機が再来すれば、金融機関に限らず、アジアに生産拠点を持つ製造業も巻き込んで、深刻な事態となりうる。

 「アジア危機以降、各国は外貨不足に陥る事態に備えて外貨準備を増やしてきた。だが、そのための資金コストは大きい。また、2国間だけの協定では、地域全体に及ぶ危機が起きたときに、うまく機能しない恐れもある。それだけにCMIのマルチ化は、国際通貨基金(IMF)の補完策としての役割は大きい」と井戸清人・前財務省国際局長は語る。

 今後は、ASEAN+3の財務相会議に中央銀行総裁を加え、通貨問題についても積極的に取り組む体制を強化すべきだろう。こうした試みがAMF構想の轍(てつ)を踏まないためには、米国の理解と中国の同意を得ることが不可欠だ。

経済統合──市場通じ対話密に

 世界経済の中でアジアの比重が高まるにつれ、基軸通貨のドルの重みは次第に軽くなっていく。日本は、そのことにも備える必要がある。

 アジア開発銀行(ADB)の河合正弘・総裁特別顧問は、域内で通貨安定をはかるため、アジア通貨単位(ACU)の導入を提言する。「ドル安につれて、通貨価値が高くなる円やタイ・バーツなどがある一方、ドルに連動する中国人民元が併存している。これでは、アジアの中で通貨をめぐる衝突が激しくなる。ACUはこうした摩擦を防ぐ道具になる」

グラフ

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 一橋大学の小川英治教授は昨年から、独自に算出したアジア通貨単位==と、それから円や人民元などのアジア通貨がどれだけ乖離(かいり)しているかを示す指標を公表している。

 こうした指標を目安に、円が低くなれば利上げをして円の価値を高める。逆に円が高くなれば、利下げをして円を低めて、アジア各国の通貨の均衡を維持しようという構想だ。これがうまく機能すれば、参加国の相互監視で、輸出を有利にするための通貨切り下げ競争を防げる。

 このモデルは欧州連合(EU)が通貨統合する過程で採用した欧州通貨単位(ECU)に似ている。ADBの黒田東彦総裁は「ユーロは、欧州の経済統合の過程が国民の利益につながったから実現した。アジアも経済的な統合は進んでいるので、長い目で見れば、各国の協調努力により共通通貨に向かう可能性はある」とみる。

 経済統合に逆行するようなぎくしゃくした関係が日中、日韓では見られ、統合への政治的な意思が見えてこない。だが、榊原英資・早稲田大学教授は「アジアは歴史的に商人国家が多いこともあり、欧州が政治主導ならアジアは市場主導で経済統合、さらには統一通貨への流れが自然に出てくる。歴史を動かしてきたのは楽観主義だ」と語る。

 欧州に次ぐアジアでの壮大な試みを現実のものとしていくには、まずCMIのような地道な努力を通じて足場を固めることだ。そのうえで、各国の指導者がビジョンを語り合い、相談を密にしながら駒を進めていけるような協調関係を確立する必要がある。

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