担当編集者は知っている。



『ぼくの週プロ青春記
 ―― 90年代プロレス全盛期と、その真実』

著者:小島和宏
価格:¥ 1,890 (税込)
発行:白夜書房
ISBN-13:978-4861913785
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かつて、多くの人々がプロレスに夢中でした。
でもそのことは、すべての「流行」がそうであるように、
その時代に生きていた人しか知りえない
熱狂かもしれません。
この本の著者小島さんは、『週刊プロレス』という、
当時のプロレス・メディアの
中心でご活躍されていた方です。
全く知らない方には、
ある青春記として、その姿を知ることができ、
ご存知の方には、
あの熱狂ふたたびと、
裏事情をも知ることができる1冊です。
この本を担当された白夜書房の樋口さんに
お話しをうかがいました。
(「ほぼ日」小川)

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担当編集者/
  白夜書房 第一編集部 樋口毅宏



『週刊プロレス』という雑誌を
ご存知だろうか。

プロレスのテレビ放送が、
ジャイアント馬場アントニオ猪木という
スーパースターの衰退により、
ゴールデンタイムの生放送から外され、
深夜に追い込まれると、
熱心なプロレスファンは
専門の週刊誌に情報を求めるようになっていった。

『週プロ』は
毎週全く読者の予想がつかない表紙と、
(試合の写真以外に、普段着や水着、
 イラストなども頻繁にあった)
その場の臨場感を切り取ったようなデザインに、
アジテーションと啓蒙が込められたテキストで、
読者から絶大な信頼を獲得した。
週に60万部を売り上げ、
業界をリードするような存在にまでなる。
それは、90年代半ばのことだ。

『週プロ』はすべて署名記事だった。
若かりし頃の僕は、
本書の著者でもある、(小島)という名前を
毎週いったいいくつ目撃しただろう。
巻頭ページの武道館や横浜アリーナなど
大きなイベントから、
後半モノクロ1ページの
聞いたこともない小さな町や村の興行まで、
小島さんは日本中を駆けずり回って
読者にレポートしていた。

プロレスファンだった僕は大きな影響を受けた。
『週プロ』があったから編集者になったようなものだった。

だから、数年前に
小島さんと初めてお会いしたとき、
僕は極度の緊張を強いられた。

小島さんに当時のことを訊ねると、
『週プロ』編集部で働いていた当時、
家に帰れるのは1週間に1回あるかないかだったという。
編集部員の全員が、
残業手当ても付かないというのに、
「他の記者より自分のほうがいい記事を書ける。
 1ページでも多くぶんどって読者に伝えたい。」
と自ら率先して、取材やインタビュー、
果ては企画ページまでも構成・担当していたそうだ。
その熱がダイレクトに読者に伝わり、
飛躍的な部数へと直結していたのだろう。

編集者になった僕は、ここぞとばかりに
「いつかお仕事を御一緒させて下さい。」
とお願いはしていたものの、
『週プロ』記者からフリーライターに転身された後も
小島さんはすごく多忙で、なかなか実現しなかった。

2007年のこと、
小島さんからプロレスのムック本の提案があったが、
僕は、勇気を出してそれをはね除けた。
「あのー、
 そんなの小島さんじゃなくても作れますよね。
 それよりも、小島さんが週プロ時代に過ごした日々の
 青春記を書いてくださいよ。」

というのは、僕自身がその頃書店にあった
数多のプロレス本には食傷ぎみだったからだ。
どれもみな二足三文のやっつけ本としか思えず、
匿名ライターによる暴露原稿は
狭いプロレス村にしか通用しないもので、
プロレスへの愛情のかけらさえ感じられなかった。
自分が作れるなら、絶対にあんなものにはしたくない。
「プロレス村発、一般社会に届く本」
にしようと考えていた。

これについては僕の中にモデルケースはあった。
1、
井田真木子の『プロレス少女伝説』のように、
プロレスにまったく関心がない人にも届く、
第一級のノンフィクションであること。
2、
藤田晋の『渋谷ではたらく社長の告白』のように、
一人の若者の成長を通した、
同時代の傑作青春小説であること。
3、
西村繁男の『さらば、わが青春の
「少年ジャンプ」』
のように、
当時の編集部の空気感や人間模様が浮き出てくる、
最重要資料たる出版史であること。
これら3つをかけ合わせたような本を作ればいいのだ。
このビジョンが明確にあったので、
実際の作業中に僕自身がブレることはまったくなかった。

念願叶い、最初は躊躇していた小島さんも
僕の熱意に応えてくれることになった。
話が決まったとあらば、
実家に週プロが創刊号から全冊あったので、
それに細かく付箋を挟んで小分けにして小島さんに送った。
少しでも氏に躊躇が見えると、僕はこんなハッパをかけた。

「小島さんはいち記者という範疇を大きく超えて、
 試合の組み立てやその後の展開にも
(業界用語で“アングル”と呼ばれる) 
 一枚噛んでいたんですよね。
 『週プロ』という媒体を使って、
 大仁田厚や北斗晶や他のレスラーを
 スターダムに押し上げていった過程を
 余すことなく綴って下さいよ。
 小島さんが書かないと、
 永遠になかったことになっちゃうんですよ。
 それでいいんですか。」
と、赤を入れては何度も書き直してもらった。

今振り返れば、
ファンあがりの若造編集者に、
小島さんは一度も怒らなかった。
内心、頭に来て仕方がなかっただろうなと思う。
ここで謝っておこう。ごめんなさい。

10ヵ月かかって全文が書き上がったものの、
また問題が生じた。
会社の企画会議で通したページ数では、
文字量が多すぎるのだ。
章は100近くにまで達し、全部で34万字あったものを、
泣く泣く27万字にまで減らした。

こうして大晦日と元旦を会社で完徹し、
いくつもの逡巡や障壁を奇跡的に乗り越えて、
この『ぼくの週プロ青春記』は完成した。

「この人なら喜んでくれるだろう」と、
かつての熱烈な『週プロ』読者にこの本を送ったところ、
軒並み絶賛してくれた。
発売して2週間だが、出足も好調だ。

──自分が面白いと思ったものは、
  他の人にも絶対面白いはずだ──

これは、
アメリカのインディー団体ECWのプロモーターである
ポール・ヘイマンの言葉である。
僕のこうした無謀な思い上がりは、全部、
プロレスと『週刊プロレス』から教わったものだ。

小島さんも本書の「あとがき」で
「インターネットもスカパー!もなく、
 テレビ中継が深夜に追いやられていた時代。
 その一瞬だけ無限大の輝きを放った「活字プロレス」。
 幻だったのではないか、
 と思うほど嘘みたいな時代は紛れもなく存在した。
 そんな伝説と化してしまった時代の真実が
 少しでもわかってもらえたら幸いだ。」
と書いてくれた。

僕はいま、『ぼくの週プロ青春記』で、
愛してやまなかった『週プロ』と小島さんに、
少しだけ恩返しができたかなと思ってる。

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『ぼくの週プロ青春記
 ―― 90年代プロレス全盛期と、その真実』

著者:小島和宏
価格:¥ 1,890 (税込)
発行:白夜書房
ISBN-13:978-4861913785
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2008-04-08-TUE

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