フランス次期大統領候補Emmanuel Macron氏、インターネットを活用し政治改革に挑む

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フランス大統領候補、En Marche! のリーダー Emmanuel Macron 氏
Image Credit: VentureBeat/Chris O’Brien

この1年の間にインターネットの影響で国際政治は一変したが、ここにきて Emmanuel Macron 氏が、インターネットを活用してフランスに新たな政治的均衡をもたらそうと試みている。

元経済相である同氏は、末尾に Yahoo 風の感嘆符までついた新たな政治組織 En Marche!(「進行!」や「働く!」の意)を設立し、その数ヶ月後の8月に社会党政権を辞職している。Macron 氏は、フランスには従来の右翼・左翼では象徴しきれない政治的中心点が存在すると確信している。

Macron 氏は、その中心点を明らかにし新たな政治的活動を一から築き上げるべく、パリを拠点とする「ヨーロッパ初のキャンペーンスタートアップ」Liegey Muller Pons とともに取り組み始めた。同社は、2008年にバラク・オバマ氏の選挙キャンペーンでボランティアした際に米国で出会ったパリ出身の3人の若者によって設立された。

綿密なデータ分析を活用して大勢のボランティアを引きつけ、組織化し、そして意欲を引き起こさせるオバマ・チームの手法に感銘を受け、同社はこの戦術を、プライバシーやデータに関する政策や規則がまったく異なる同国で採用している。Macron 氏が正式に2017年5月のフランス大統領選挙の無所属候補となった今、勝利する見込みをわずかでも得るには、こういったデジタルツールを利用して大勢の草の根レベルのボランティアをまとめる必要があるだろう。

会社の共同設立者の1人である Guillaume Liegey 氏はこう語る。

私たちが提供するのは、Facebook や Twitter を使うためのデジタルコンサルティングではありません。私たちは資金集めもしません。私たちが焦点をあてるのは、現場の大勢の人たちの協調です。データ、デジタル、人間を結び付けることを自社の活動だと考えています。

困惑をまねく候補者

En Marche のデジタル戦略を理解するには、Macron 氏自身とフランス政治における彼の立場をもう少しよく知るといいだろう。

2012年、現職の保守派大統領ニコラ・サルコジ氏を破り、社会党員フランソワ・オランド氏がフランス大統領に選出された。当初はアルノー・モントブール氏が経済相に任命された。モントブール氏のことは、シリコンバレーでフランスの Dailymotion を買収しようという Yahoo の試みを遮るべく介入した人物として記憶している人も多いだろう。しかしそれは、同氏は決してスタートアップやイノベーションの支持者ではないと、フランスの起業家らが感じるに至ったいくつかの出来事の1つに過ぎなかった。

2014年の内閣改造の際、当時わずか37歳だった Macron 氏がモントブール氏の後任となった。若さと華々しい出世に加え、同氏がフランスの支配体制を困惑させるらしい理由は他にも数多くあった。Macron 氏が20歳以上年上の妻に出会ったのは、高校で彼女からフランス語を教わっていた時だった。また同氏が、大学で勉強した哲学に博識であると主張できる真の根拠はどこにあるのかについては、知識人の間で活発に議論されている。

しかしもっとも不可解なのは、Macron 氏がオランド政権に加わる前は投資銀行家だったということだ。これは社会党員の経歴としては珍しい。公職にあった頃、同氏は企業寄りの改革を推し進め、労働組合の怒りを買い抗議行動をもたらした。一度はフランス議会で混乱を引き起こし、オランド政権の崩壊をまねきかけたこともある。また、2013年に当時のデジタル経済担当相フルール・ペルラン氏によってローンチされ、後継者アクセル・ルメール氏がさらに拡大させた French Tech イニシアチブの積極的な支持者でもある。

同氏は2014年12月に開催された Le Web カンファレンスで次のように述べている。

はっきり言いますと、フランスは今、勢いにのっています。私たちにとってもっとも重要なのは、どのようにして勢いを増すか、そして新規ビジネスの創出をどのようにして後押しするかです。…私の役目は、今後数年の間に何千もの新しいビジネスを確実に創出し、古いビジネスと置き換えることです。…私の役目は、人々が革新的でありリスクを負うことができるよう、人々を守ることです。

これを聞いて起業家は喜ぶかもしれないが、フランス人労働者すべてが喜ぶとは限らない。この春ストライキ中の組合労働者と直接対面した際、Macron 氏は憤慨したストライク中の1人の労働者にこう伝えている。

スーツを買いたければ働くのが一番です。

Macron 氏はこれ以前に、もはや自分は正式には社会党員ではないという失言をしている。今年初め、オランド氏の支持率が一桁に落ちる中、Macron 氏は En Marche の設立を発表した。

政治的なスタートアップ

社会党から離脱するだいぶ前から、Macron 氏は非公式で Liegey 氏と話を進めていた。両者は、Liegey 氏が McKinsey でコンサルタントとして働いていた数年前に出会っている。Liegey 氏は2007年にハーバード大学に留学するためにフランスを離れ、オバマ氏の選挙キャンペーンに刺激を受けてボランティアとして活動することを決めた。

ニューハンプシャー州で戸別訪問を実施し、Liegey 氏は毎日ボランティアに渡される、訪問先、訪問ルート、訪問者のプロフィールなどのデータの精巧さに驚かされた。またこの時の経験から、有権者と直接会って話すことの重要性を確信した。

これまでに数多くの実験が行われており、それらは有権者との関わりが直接的であればあるほど、投票率は上がり、考えを変える人の数が増えることを示しています。

その頃 Liegey 氏は、ボストンで2人のフランス人留学生に出会った。Arthur Muller 氏と Vincent Pons 氏もまた、オバマ氏の選挙キャンペーンのボランティアをしていた。パリに戻ってしばらくたったのち、3人は2012年に当時開始されて間もなかったオランド氏のキャンペーン陣営にアプローチした。彼らは、より入念な投票推進運動を実現しより多くのボランティアを獲得することで、オランド氏の選挙キャンペーン活動を現代化できると主張した。当時の政治キャンペーンでは、このやり方はまだ一般的ではなかった。

3人はボランティアとして、オランド氏と社会党を支援する活動を開始した。やがて少額の予算を与えられ、チームのボランティア人員は15人に拡大した。彼らは、当時会員数約15万人の党有料会員リストのデータを大いに活用し、社内でソフトウェアを開発した。党の各活動家はボランティアと組み合わされ、全国で戸別訪問が実施された。

キャンペーン規模の拡大には、テクノロジーが非常に役立ちました。(Liegey 氏)

結果的に、彼らは2012年の選挙キャンペーン中に約4万人のボランティアを獲得し、その戸別訪問数は500万件に達した。オランド氏は51.7%の票を獲得し、僅差で当選を果たした。

フランスでの選挙キャンペーンを見るとわかりますが、こういったキャンペーンを展開すべきかどうかはもはや問われません。当たり前のように実施されます。(Liegey 氏)

フランスの大行進

オランド氏の選挙キャンペーンののち、3人は正式に Liegey Muller Pons を創設した。Liegey 氏は政権に加わった Macron 氏と連絡を取り続けた。2016年初頭、Macron 氏は新たな政治活動に向けて自身の構想を具体化するため、同社を正式に雇用した。

当初、新しく形成されたチームの手元にはデータがほとんどなかった。フランスで定められているプライバシー法のもとでは、米国では一般的に行われていることだが、投票記録のデータベースのコピーを入手したり、市場調査員や他の政治家から第三者のデータベースを購入したりすることはできない。そのためチームは、有意義な洞察が得られるような規模で、有権者に自発的に個人情報を提供してもらう必要があった。これはただでさえ大きな難題であったが、当初はプロジェクトが人目に触れぬよう進められていたため一層の困難をまねいた。

データベースはありませんでした。秘かに準備が進められました。情報のリークを回避するためです。(Liegey 氏)

やがてMacron 氏は En Marche を公表し、「Grande Marche(大行進)」と共に開始すると述べた。つまり、全国の市民と会話し、入手した情報でこの新たな活動を展開する基盤を形成するというプロセスだ。チームはウェブサイトをローンチし、ボランティアを求めて登録を呼びかけた。

数週間でサイトの登録者数は3万人に達した。En Marche チームはこのデータを利用し、近所を回って戸別訪問しインタビューを実施してくれるボランティアを募った。Liegey 氏によると、6,000人のボランティアを期待していたが、集まったのは5,000人に過ぎなかったという。最初は失望したが、当時を振り返り、新しい試みにも関わらずあのようなボランティアのコンバージョン率を達成できたことに彼は満足している。

ボランティア人員に対し、インタビュー技法と他のボランティアの管理に関する基本的な研修が行われた。チームは当初、ボランティアがインタビューを録音できるボイスアプリの開発を試みたが、現場で良質の音声をとらえるのは困難であることが判明し、また文字起こしも必要になってくる。代わりに彼らは、チームがいくつかの一般的な質問に対しキーワードによる回答を入力できるアプリを開発した。

  • フランスでは何が機能するか?
  • フランスでは何が機能しないか?(もっとも多かった2回答は教育システムと政治)
  • フランスの政治を一言で言い表すと?
  • 過去1年間における最高/最悪の経験は?(「最悪」な経験として圧倒的に多かった回答は、過去2年間に相次いで発生したテロ攻撃であった。)
  • あなたの周囲における、しっかりと具体化された地方イニシアチブについて教えてください。
「Grande Marche」アプリ

いまやチームは、集積した En Marche 会員に関する新データを集計データや人口統計データとうまく融合させ、国内有権者をさらに正確に把握するに至っていた。米国の政治家が手にするほどの正確性は達成できなかったものの、国内の他の政党と比較するとより洗練された水準で機能しているとチームは実感していた。

2016年の春から夏にかけて数週間、En Marche のボランティアは家々を訪問してさらにデータを集めた。しかしそれと同じくらい重要視されていたのは、より積極的に関与していくような文化を En Marche 内に築き、潜在的な投票者の関心を引き出すに足る影響力をボランティアにもたらすことだった。チームは、En Marche 会員が En Marche の他のボランティア以外の人間とも関わりを深めることを求めていた。

私たちは会員に、仲間や近所以外の他の人間との関わりを深めさせたかったのです。そしてそれを、国内で今、何が問題となっているのかを理解するのに役立てたいと考えました。ですがそれと同時に、私たちは聞く耳を持っているというメッセージも伝えたかったのです。

3ヶ月の間に、En Marche のボランティア5,000人は30万戸を訪れ、10万人と話をし、2万5,000件のアンケート回答を入手した。

大事なキーワード

次のステップは、これらのデータをすべて、テキストの意味解析を行うパリ拠点のスタートアップ、Proxem に渡すことだった。Proxem はアルゴリズムを用いて回答を分類し、もっとも多い回答順にランク付けするだけでなく、回答に込められた感情や思いの強さも見極めることができる(たとえば、回答者は強くそう感じたか否かなど)。

データの分析結果を手に、Macron 氏は10月にフランス各地の市庁舎を3つおさえ、同氏が言うところの「診断(diagnostic)」を行った。ミーティングは2時間から3時間におよび、ライブ配信された。Macron 氏が話す前に、同プロセスがどのように機能するかについてプレゼンターがかなり詳細に説明したが、ここで40ページの説明書類と Proxem から提供された結果として176ページにおよぶ分析が提示された。

その結果によると、もっとも大きな2つのテーマとして出現したのは、「家族(family)」と「社会的保護(social protection)」であった。もっとも重要な価値はというと、結束(solidarity)と統合性(integrity)であった。そして分析の結果、 都合のいいことに、フランスの政治的生活が一新されることが強く求められているということが判明した。

Macron 氏はある診断で次のように述べている。

フランス国民は苦しんでいるようです。そしてそれは、もはや自分の運命を自分でコントロールすることができず、また我が国の民主制度が国民に閉ざされているように感じているためです。これはフランスに限った不安感ではなく、ヨーロッパ全土で見られる不安感で、それはこの世界が容赦なく変化しているためです。

市庁舎で十分に宣伝活動を行った Macron 氏は、11月16日、2017年5月の大統領選挙に立候補することを宣言した。同氏は立候補を Facebook によるライブ配信の他、Medium のブログ投稿でも発表した。

彼はこんな風に書いている(こちらにフランス語で記載)。

私は、この国には前進する力と意欲があると確信しています。なぜならこの国にはその歴史があり、またそのために必要な人々がいるからです。ですが今のフランスは、前進の軌道から外れています。

勝ち目はあるか

2014年、東京で開催された Orange Fab Asia のデモデイの視察に訪れた Emanuel Macron 氏(左から2人目)
Image credit: Masaru Ikeda

政治評論家らが Macron 氏を大穴とみている一方で、同氏のキャンペーン活動はフランス国内の多くの若者や起業家の心をとらえている。Axelle Tessandier 氏がその例として最適だろう。

2009年にフランスを発ち、ベルリン、次いでサンフランシスコのスタートアップの世界で経験を積んだ Tessandier 氏は、2016年にパリに戻った。同氏は Kickstarter のフランスでのローンチに手を貸したのち、企業が革新的な文化を築き上げる手助けをする自身の会社、Axl Agency を設立した。

昨年 Tessandier 氏は、Macron 氏の支持者らによる討論会の司会者として招かれた。その時に En Marche の指導者の目に止まり、夏に、より公式なイベントに参加してみないかと誘われた。Tessandier 氏は、Macron 氏や En Marche について理解を深めるに従い、これは素晴らしい何かの始まりを意味するのではないかと考えるようになっていった。

Tessandier 氏は次のように語っている。

Macron 氏が批判の的になる時もあります。ですが、3ヶ月かけて何千人もの有権者に会い、話をし、耳を傾けるような活動がいかに新しい動きであるかを人々は忘れてしまうのです。活動開始当初からこういった開かれたプロセスを実行した政治団体が他にあるでしょうか?彼らは非常に閉鎖されたシステムの中で新たな動きを作り出したのです。そして突然、39歳のイノベーターが大統領選候補者として登場したというわけです。

Tessandier 氏は今年の秋、11人いる En Marche の公式アンバサダーの1人に任命された。彼女は、ここ1年の政治をみると評議会の予想は全体的に大幅に外れているとした上で、政治評論家らの意見は気にしていないという。彼女や他の人間が Macron 氏から感じる刺激や楽観は本物だと同氏は語る。

有権者に、私たちが投じる票から情熱を感じてほしいのです。私たちの票から信念を感じてほしいのです。どういった社会を築き上げたいかを語りたいのです。

En March が12月10日にパリで開催したカンファレンスは、彼女が語った通り熱意にあふれていた。そして、驚くべきことに1万5,000人もの出席者を集めた。

その後オランド氏が再選を目指さないことを決定し、社会党は今月、新たな候補者を募る予備選挙を実施することになった。保守派の共和党は極右のフランソワ・フィヨン氏を候補者として擁立し、またさらに右派寄りの国民戦線党はマリーヌ・ル・ペン氏が党首を務める。

政治的な社会通念によると、最終的にはフィヨン氏とル・ペン氏の対決になるというが、Macron 氏が優勢になりつつあるという肯定的な調査結果も増えている。一方、En Marche によると登録会員数は12万人に達し、会員によって構成された3,000の地方委員会が平均400件のイベントを毎週開催しているという。

その一方、Macron 氏も休まず活動を続けている。引き続き Grande Marche のテキスト分析を利用してキーワードが発掘され、Macron 氏はそれらをスピーチで利用し、訪問先の各地域や異なる聴衆に合わせて取り込んでいく。また Liegey 氏によると、そのおかげで現実の人々と彼らの挑戦に関する逸話も数多く聞けるという。

Macron 氏と En Marche が築いた基盤は進展し続けている。しかし、彼のキャンペーンの中核がテクノロジーとイノベーションに対する投資であることは変わらない。彼は、ビジネスを始めたり独立したりするのを容易にする、職業面での改革を提案している。しかしそういった改革が、古くから国内の労働者を守ってきたものを取り除き過ぎるのではないかと心配する人々のイラつきを鎮めることはないだろう。

この政治的スタートアップが、Macron 氏を勝利へと押し上げるに足る中心点を探り当てることができるかどうか、En Marche とMacron 氏は今後5ヶ月間で知ることになる。

11月にトゥールーズを訪れた際に Macron 氏はこう述べている。

デジタル革命は、何かを破壊し、そして同時に機会を創出するものです。個人を守ることは大事です。しかし社会がリスクや失敗を受け入れることも大事です。今すべてに対して革命を起こす時期が訪れています。政治も例外ではありません。

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】

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