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「オラクル・オープンワールド(OOW)1997」レポート

「日本を晴れ舞台に選んだOracle NC」

●Oracle NCに10万人が押し寄せた

 親日家としても知られる米Oracle社のローレンス(ラリー)J.エリソン会長兼CEOは、どうやら日本で重要な発表を行いたがる癖があるらしい。先々週、東京ビッグサイトで開催された「オラクル・オープンワールド(OOW)1997」では、Oracleの推進するNC (Network Computer)の完全なシステムが、エリソン氏によって初めて公に紹介された。日本オラクルのプライベートショウであるこのイベントは、今年は10万人(日本オラクル発表)を集めたという。その中には、NCをひと目見たいという見物客もかなりの数含まれていたに違いない。NCはそれだけ注目を集めたわけだ。

 じつは、3月10日のこのコーナーで、「NCはどこへ消えた?」というコラムを掲載した。NCのコンセプトというのは納得できるものなのだが、推進企業があまりに期待を盛り上げすぎたために、企業や家庭にじっくり浸透して行くというNCの現実と遊離しているのではないか、という疑問をまとめたものだった。とくに、Oracleは昨年11月4日からサンフランシスコで開催した「Oracle OpenWorld」以来、大きなアナウンスをほとんど行わず、ロードマップも明らかにしないまま来ていたために、先月まではNC戦略が不鮮明になっていた。

 だが、今回のOOWを見たあとでは、もはや「どこへ消えた?」というセリフは撤回しなければならない。Oracleは、このイベントで、製品としてのNCの姿をみせただけではなく、どうやってNCを企業や教育機関などに浸透させて行くかについて、ある程度までビジョンを描いて見せた。洗練されたプレゼンテーションで、PCとの違いを際だたせることにも成功した。少なくとも日本ではNCの存在を、強力にアピールすることに成功したと言えるだろう。

●オラクルNCのすべての要素がそろった

 今回のOOWでなんと言っても大きな進展だったのは、Oracle NCのほとんどすべての要素がそろったことだ。なかでも、重要なのは、NCにサービスを提供するNCサーバーだ。NCの場合、OSやアプリケーションのダウンロードや各ユーザーの管理、ユーザーデータのストアといったことをすべてNCサーバーソフトが行う。つまり、NCはそれだけだと単なるハコであり、NCサーバーソフトがないと使えないわけだ。これまで、OracleのNCサーバーは公式の場で大々的に発表されていなかっただけに、今回の発表は大きい。これでようやくOracleは、いつでもNCがレディだと言えるようになったわけだ。

 また、今回のOOWでは、NCのターゲットが明確になりメッセージもより明瞭になった。少なくともキーノートスピーチなどを見る限りは、最初は企業や教育機関を対象とするという姿勢がかなり強く押し出されてきた感じだ。

 そもそもNCやインターネット端末は、その市場や利用形態などがビジネス用とホーム用で大きく異なる。このあたりは昨年「NC&インターネット端末の基礎知識 わかりにくいNCとインターネット端末を分類整理」というコラムで説明した。そして、NCメーカーのほとんどの陣営がNCを当初はエンタープライズ向けとして位置ずけるなかで、OracleだけはNCを家庭やSOHO向けからエンタープライズ向けまでの広範囲に提供するというコンセプトを堅持してきた。(他メーカーは、第2段階や別展開としてホームを狙う戦略を取る)

 今回も、その路線は継承されているものの、コンシューマ用路線の色彩はずっと薄らいだ。とくに、エリソン氏のキーノートスピーチは、ビジネス向けのソリューションにかなりフォーカスがあてられ、ビジネス向けを市場としてまず立ち上げるという姿勢が明確になった。その意味では、今回のOOWは、ビジネス向けOracle NCの立ち上げイベントだったと言ってもいい。

●エリソン氏はPCそれ自体のコンセプトに問題があると指摘

 NC陣営がPCを攻撃する際に、必ず使うのは「TCO (Total Cost of Ownership)」という用語だ。TCOは、ある機器を所有するためにかかる全費用のことで、PCの場合だとハード、ソフトのコストだけでなく、PCの管理や技術サポート、エンドユーザーがPC管理に費やす労力なども含まれる。PCの場合、OSやソフトのインストールやアップグレード、周辺機器のインストール、さらにヴィールスチェックやデータのバックアップなど、さまざまな部分の労力がこれに含まれる。こうした見えない部分のコストは、日本ではまだそれほど問題視されていないが、米国ではPCの最大の問題ととらえられ始めている。

 エリソン氏は、「PCは複雑で信頼性も低く、専門的な知識や大量のマニュアル、あるいは専門家を必要とする」と、米Intel社のWebサイトのデータを引き合いに出し、PCのTCOが8,000ドル以上になると指摘した。PCのTCOの高さは、Intelや米Microsoft社も認めており、NCのおかげでTCO削減は業界のコンセンサスになったと言っていい。もちろん、Wintel側もPCのTCO削減に向かってさまざまなアプローチを行っているわけだが、エリソン氏はそもそもPC自体のアーキテクチャに問題があると指摘する。

 「なぜPCの信頼性が低いのか。それは、Microsoftの責任ではなく、PCそのものが間違っている。PCは1台1台ずつハードウェアやソフトウェアのコンフィギュレーションが異なる」「しかし、信頼性は1台1台が異なると保てない。家電製品や車で、すべて異なる製品があるだろうか」

 PCのフレキシビリティが弱点だというこのエリソン氏の指摘は的を得ている。実際、MicrosoftやIntelが、NetPCではユーザーがソフトやハードをコンフィギュレートできないようにするのは、PCのこの弱点をするためだ。しかし、コンセプト自体が、そうしたコンフィギュレートが不可能なように構築されているNCの方が原理的にTCOは小さくなるというわけだ。NCでは、ネットワークに複雑な部分を移してしまい、クライアントを単純化することで、高い信頼性や安全性を実現するという。これは電気やTVといった、現代社会を支えるインフラと同じ構造だとエリソン氏は主張する。

●NCの製品のデモを展開

 もっとも、エリソン氏がキーノートで展開した主張の大半は、昨年11月のOOWで語ったものとほとんど変わらない。今回、違ったのは、その主張を裏付ける具体性だ。  これまでのエリソン氏のスピーチでは、NCのデモはテクノロジデモ的な雰囲気で、興味深くはあってもいまひとつ決め手に欠けた。ところが、今回は明確に製品のデモを行い、NCが目の前に来ていることを強烈にアピールした。

 たとえば、「Network in a Box」という、NCサーバーとNCなどNCシステムの構築に必要な一切合切を納めたパッケージのセッティングをデモ。エリソン氏自身がサーバーにソフトをインストール、NCクライアントをセットしてユーザーを登録するといったセッティング操作をやってみせた。こうしたデモを行うことは、ニュースサイトなどでも予告されていたが、実際にそれを見せた効果は大きい。また、ネットワーク経由で提供するビデオによるジャストインタイムのヘルプ「Video UI(VUI)」や、Oracleが開発したオフィス用Javaアプレット群「HatTrick」で、HTMLメールを手軽に編集するといったハイライトをデモした。  また、Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CEOが、NCはWindowsアプリが使えないと発言したことに対して、Windows NTサーバー上で動作するWindowsアプリを、x86とは互換性のないStrongARMをMPUに使ったNCから、JavaベースのWindowsターミナルソフトを通して利用するというデモも行った。

 具体性という面では、NCが量産に入ったことを誇示したのも大きい。日本オラクルの発表では1,000台のNCがOOWの会場に並んだ。これまでとは桁違いに大きなこの数は、NCがいよいよ試作段階から量産段階に入ったことを示している。

●より現実的に構想を手直し

 また、アプローチはかなり手直しされ、現実的になった。たとえば、昨年までは、電話回線を使うホーム向けNCでもOSをネットワークからダウンロードするなど、ネットワークに頼った構成が考えられていた。この方法は通信コストが安い米国であっても、問題がある。起動までの時間がかかったり、ネットワークにアクセスできない場合は使えないし、なんと言ってもNCにサービスを提供するNCプロバイダのサーバーやネットワークに負担がかかる。これは、プロバイダがNCサービスの提供に躊躇する原因になっていたと思われる。  しかし、今回エリソン氏は、スピーチの中で家庭用NCはCD-ROMドライブを備えると発言。ソフトはCD-ROMで提供することでネットワークに頼る比率を減らすことができる。

 また、「Network in a Box」を実演することで、NCが企業から入るとは言っても、大企業向けソリューションだけでなく、中小企業や学校といった情報システム専門部門がないところでも手軽に導入できるのこともアピールした。これは、エンタープライズソリューションをメインに据えているように見える、米Sun Microsystems社を中心とするSunグループや米IBM社とは大きく異なる点だ。これは、NCがどうやって身近なところに来るのか、これまで見えにくかった中小の事業所などのユーザーに取ってかなりわかりやすいカタチだ。

 エリソン氏にとって、さらに追い風となっているのは、ライバルの迷走だ。ここでライバルと言っているのはもちろんMicrosoftのこと。エリソン氏は、「すでにMicrosoftは世界最大のNCのサポータとなっている。MicrosoftはNCを4つも持っているのだから。NetPC、Windows CEがあり、さらに先々週の金曜日にWindows Terminalを発表、そして土曜日にはWebTVを買収した、日曜は休んだようだ」と痛烈に揶揄した。そして、それぞれの戦略の整合性がないことを指摘した。MicrosoftがNCの動きに対して急速に対応を始めているのは確かだが、エリソン氏の指摘の通り、まだ戦略が整理できてはいない。そのため、現状では、MicrosoftのNC戦略は非常にわかりにくいものになっている。これは、今のところNCにとってある程度は有利に働いていると思われる。

●Intel MPUをNCに採用した利点

 ところで、今回、Oracle NCには、従来MPUに採用していた英Advanced RISC Machines(ARM)社のRISC型MPU「ARM」シリーズに加えて、PentiumやPentium Proなど、Intel製MPUを搭載したモデルをアナウンスした。というか、会場のNC体験コーナーを埋め尽くしたのも、エリソン氏がデモでメインに使っていたのも、Intel製MPUモデルだった。ビジネス向けにはIntel MPUをメインにというアプローチらしい。

 しかし、昨年1月に、初めてエリソン氏が日本にNCを紹介した時には、「RISC MPUを使うからNCでは低価格が可能になる」と発言していた。一体、どうしてIntel MPUになったのだろう。

●導入担当者が導入しやすい

 MPUの価格だけを見ると、Intel MPUは不利だ。29~49ドル程度のARM系MPUに対して、Intel製MPUでPCでメインストリームで使われているクラス(現状ではPentium 133MHz以上)なら130ドル以上となる。しかも、昨年発表されたNCに採用されていたARM7500FEのように周辺機能のインテグレートなどは行われていないので、チップセットも必要となる。つまり、コスト面では明らかに不利になるわけだ。

 しかし、Intel MPUはその不利を補えるだけの利点がある。というか、Oracleとしては企業ユースに食い込むには、どうしてもIntelを採用せざるを得なかったと思われる。

 まず大きいのは、企業の導入担当者を安心させられることだ。企業の導入担当者は、導入が失敗すればその責任は自分に来るので慎重にならざるをえない。となると、RISC MPUに新しいソフトを搭載したマシンというのはなかなか踏み切れない。それなら、ハードウェアのプラットフォームだけでも馴染みのあるものにしてやろうというわけだ。言い換えれば、Wintel両方を敵に回すのはちょっと難しいので、Intelというスタンダードは守り、Microsoftだけを相手にしようとしたわけだ。

●バイナリ互換性が高い

 PC系で使われているプログラムと、バイナリの互換性を保ちやすいこともx86アーキテクチャを採用した利点だ。昨年1月の来日時、エリソン氏はNCでは「NCではWebブラウザをインターフェイスに使い、ソフトはJavaなどで提供する。だから、特定のMPUやOSには依存しない」とコンセプトを語った。

 しかし、現実はそうしたNCの理想通りにはいかない。ブラウザのプラグインで、リアルタイム性が重要であるため、現状では個々のMPUのネイティブコードで提供しなければならないプログラムもある。たとえば、ビデオコーデックなどでは、そうするとNCに採用したMPU用のものが必要になる。

 ところが、x86では、こうした問題は一気に解決できる。プラグインやヘルパーアプリも、ちょっとした変更程度で使えるようになる。例えば、エリソン氏のスピーチでは、Intelの開発したコーデック「Indeo」を使ったビデオ再生を実演していた。こうした豊かなx86環境を継承できるのが利点だ。

●PCメーカーが乗りやすい

 だが、もっと大きいのは、PC系のメーカーをNC製造メーカーに引き込める可能性が高まることだ。NC参入の可能性が高いのは、必ずしもIntelとしっくり行っていない台湾メーカーなどだが、これまではそうした動きは活発ではなかった。それは、馴染みのないRISC MPUで新規にマザーボードを起こすリスクを嫌ったためだ。PCと互換性のない半導体部品のストックを揃えたり、場合によってはASICを起こしたりといったことが必要になる。

 しかし、IntelアーキテクチャのNCならPC用の部品やマザーボードをそのままでも利用できる。実際、船井電機の説明員は、同社製のIntel製MPU版NCの中身はPC用マザーボードの流用したものだと言っていた。これだけの数のIntel製MPU搭載NCが素早く揃えられたのは、こうした理由がある。

 Intel版NCなら、PCメーカーもソフトと筺体などの対応だけなので簡単に参入できるし、また、OEM調達も簡単にできるようになる。しかも、NCサーバーは通常のPCサーバーが使えるので、自社のPCサーバーとOEMのNCという構成でビジネス展開する大手PCメーカーも出てくる可能性があるだろう。

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【3/10】「NCはどこへ消えた? 静まり返ったNC (Network Computer)陣営」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970310/kaigai01.htm
【4/16】ローレンス・エリスン基調講演「2,000年には年間1億台のNCを売る」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970416/oracle1.htm

('97/4/28)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp