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潜入! NOVEMBER 2008 |
文=ニール・シェイ 写真=カーステン・ペーター メキシコ北部のナイカ山地下には、長さ10メートルを越える世界最大級の巨大結晶が林立する洞窟がある。想像を絶する奇観を垣間見た。日が暮れて人気(ひとけ)もなくさびれた街の酒場で、酒に酔った男が、ほかの客を相手に商売をはじめた。すぐ横のビリヤード台の上には、ひとかかえもある大きな岩の塊が置いてある。岩からは紫や白の結晶が、まるでガラスの破片のように何十個も突き出している。「300ドルでどうだい?」と男は言う。「買わないって? じゃ100ドルでどうだ。掘り出し物だよ!」 メキシコ北部の都市チワワから1時間ほど南に下った山奥のこの一帯は、結晶の産地として有名だ。ほとんどの住民は地元の鉱山で働いているが、賃金が低いため、結晶の闇取引に手を染める者も少なくない。「30ドル」男は体を寄せながら言う。「10ドルならどうだ!」。いったいどこまで本気なのか見当がつかない。 その日の昼間、私はこのバーから遠くない場所にある地下深くの洞窟で、世界最大の巨大結晶の間を這うように動き回っていた。洞窟のなかには、長さ10メートルを超えるものもある50万年前の結晶が林立している。透き通って燦然(さんぜん)と輝く結晶の立ち並ぶ洞窟は、この世のものとは思えない美しさだった。それに比べれば、ビリヤード台に置かれた岩はただの文鎮(ぶんちん)のようにしか見えない。 「クエバ・デ・ロス・クリスタレス(結晶の洞窟)」の巨大な結晶は、世界中でもここでしか見られない。輝く結晶の柱で埋めつくされたこの洞窟は、2000年にメキシコのナイカ鉱山の地下300メートルのところで発見された。ナイカ鉱山は毎年何トンもの鉛と銀を産出する、メキシコでも有数の鉱山で、結晶の洞窟が見つかったのはこれが初めてではなかった。 鉛や銀が生成される地質学的な過程で、結晶となる原料が同時につくられる。ナイカ鉱山ではこれまでにも採掘中に、大きさはずっと小さいものの、みごとな結晶がぎっしり詰まった洞窟を、鉱夫が偶然見つけたことがあった。だがこの結晶はなぜこんなに大きくなったのか。 洞窟の入り口は、曲がりくねった杭道を車で20分ほど下ったところにある。一般に洞窟や鉱山の温度は低くて安定していることが多いが、ナイカ鉱山は地下1.5キロのマグマだまりの上にあり、深く降りるほど温度は上がる。洞窟内の気温は44℃、湿度は100%近く、洞窟内で熱射病になりかねないほどだ。入り口に着いたときには、全員が汗だくだった。 |