天の川見えない人口、欧州60%、北米80%

15年ぶりに作成された全世界の「光害マップ」から判明

2016.06.15
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夜空に輝く天の川。米コロラド州とユタ州にまたがるダイナソー国立モニュメントにて。(PHOTOGRAPH BY DAN DURISCOE)
夜空に輝く天の川。米コロラド州とユタ州にまたがるダイナソー国立モニュメントにて。(PHOTOGRAPH BY DAN DURISCOE)
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 漆黒の夜空を流れる天の川は、はるか昔から人間にインスピレーションを与え続けてきた。古代エジプト人は夜空に牛乳がたまっていると言い、ヒンドゥーの神話では空で孤を描くその姿を、泳ぐイルカとなぞらえた。またガリレオ、アリストテレス、フィンセント・ファン・ゴッホをはじめとする無数の科学者、哲学者、芸術家が、天の川を見上げながら思索にふけったと言われている。

 しかし、全世界の夜空を網羅した最新の光害マップが公表され、世界人口の80%以上、そして米国と欧州の人口の99%が、人工光の影響下に暮らしていることがわかった。また世界人口の3分の1以上、ヨーロッパの人々の60%、北米の人口のほぼ80%が天の川を肉眼で見られないこともわかった。(参考記事:「超精細な天の川画像、欧州の天文台が発表」

 イタリアのティエーネにある光害科学技術研究所(ISTIL)の研究者ファビオ・ファルキ氏は6月10日、世界各地で見られる夜空の質を示した新たな調査結果を発表した。3万5000カ所以上にわたる地上からの観測結果と、地球観測衛星スオミNPPが2014年から6カ月間で収集したデータから、光害マップを作成したのだ。光害マップは2001年にも作られており、この図から地球上で暗い場所と明るい場所が一目でわかる。

 シンガポールでは、全国民があまりに明るい環境で暮らしているため、天の川を見ることができない。クウェート、カタール、アラブ首長国連邦でも状況は同様だ。

 一方、チャド、中央アフリカ共和国、マダガスカルに住む人々の75%は、ほぼ自然本来の空(背景光が空全体の明るさの1%未満)の下に暮らしている。また、ファルキ氏の分析によると、自然本来の空から最も離れた土地に暮らしているのが大西洋アゾレス諸島の住民だ。彼らが古代そのままの暗闇を地上で体験するには、およそ1800km離れたサハラ西部まで赴かなければならない。

光害が景観を損ねている。米カリフォルニア州ジョシュア・ツリー国立公園にて。(PHOTOGRAPH BY DAN DURISCOE)
光害が景観を損ねている。米カリフォルニア州ジョシュア・ツリー国立公園にて。(PHOTOGRAPH BY DAN DURISCOE)
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「前回の光害マップから、地球上の夜空がどうなっているかの手がかりが得られましたが、今回判明した数値は衝撃的です。かつては夜空を眺めることで、文学や哲学、科学、宗教が生まれてきました。それなのに、私たちは星空とのつながりを失ってしまいました。新たな世代は、もう夜空の美しさを楽しむことができないのです」とファルキ氏は嘆く。

 論文の共著者で、米国立公園局の自然音・夜空部門で36年間働いてきた物理科学者ダン・デュリスコー氏は、1994年から国立公園で測定した光のデータを収集してきた。米国の東海岸では自然本来の星空を見るのは極めて困難で、ウェストバージニア州、ペンシルベニア州、ニューイングランド州に点在するわずか数カ所から見られるのみだ。

「数十年前は自宅近くで眺められた満天の星が、今やユタ州やデス・バレー、イエローストーンなど、特別な場所まで行かなければ見られません。それでも、人々は星空を眺めることがいかに貴重であるかを認識し始め、今や星空はお金を出して見に行くものになりつつあります」とデュリスコー氏は語る。

空を見つめる技術の目

 地球の極軌道上を1日に14周するスオミNPPは、24時間おきに日中と夜間の全地球の高解像度画像を生成する。ファルキ氏とISTILの同僚ピエラントニオ・チンザノ氏は、国立公園局(NPS)や米海洋大気局(NOAA)などのパートナーから入手したデータを用いて光害マップを作成した。2001年版のマップは地球から宇宙へと逃げる光のみに注目していたが、新データでは空で反射されて地表に戻る光も考慮に入れられている。

南北米大陸の光害を示したマップ。(ILLUSTRATION BY FABIO FALCHI, GOOGLE EARTH)
南北米大陸の光害を示したマップ。(ILLUSTRATION BY FABIO FALCHI, GOOGLE EARTH)
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 論文の共著者でNOAA米国環境情報センターの科学者クリス・エルヴィッジ氏は、今回の研究が幅広く役立つことを期待している。天文学者はもちろん、夜行性の生物に対する光の影響を研究する生物学者や、人間への健康影響に関心を持つ医学系研究者、さらには都市計画を立てる際にも役立つかもしれない。

 スオミの撮像装置には弱点がある。それは、可視光のうち青と紫を完全には検知できないことだ。これは、ちょうど白色LEDが光る際のスペクトルを十分に検知できないことを意味する。白色LEDは発光効率は高いものの、過剰に明るい。また街灯やその他の屋外用途で地方自治体がこぞって導入し始めたため、長い目で見るとLEDによって光害が悪化する可能性がある。(参考記事:「LED街灯の増加で夜空が青くなる?」

「多くの都市が、市民の承認を得ぬままLEDに飛びつきました」と言うのは、アリゾナ州ツーソンにある米国光学天文台の天文学者で国際ダークスカイ協会理事を務めるコニー・ウォーカー氏だ。2001年と今回の光害マップを比較することで、光害削減に効果的な方法を把握できるという。「新しいマップがあれば、世界各地の光害を15年前と比較できます」(参考記事:「光害のない夜空、英のダークスカイ公園」

東半球の光害を示したマップ。(ILLUSTRATION BY FABIO FALCHI, GOOGLE EARTH)
東半球の光害を示したマップ。(ILLUSTRATION BY FABIO FALCHI, GOOGLE EARTH)
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 ファルキ氏の研究は勤務時間外に自主的に行われたものだが、この調査結果のおかげで問題となる範囲を大局的にとらえることができるとデュリスコー氏は言う。「これまで、光害に対してグローバルな規模での取り組もうとする人は他にいませんでした。一歩引いて地球全体を眺め、本来は暗い夜を過ごすための能力が、現代のライフスタイルに蝕まれていることを考えると、私たちがいかに『明るい夜』に慣れきってしまっているかがわかります」

暗い夜を取り戻すために

 カリフォルニア州サンディエゴ郊外のパロマー天文台のような大型望遠鏡を持つ自治体は、かつて夜空を守る取り組みをしてきた。ところがここ数十年で、そのような姿勢が薄れてきたようだとデュリスコー氏は指摘する。今はまた、光を浴びすぎることが人体に及ぼす悪影響に関する研究が増えており、24時間フル稼働のライフスタイルを疑問視する人も少なくない。(参考記事:「光は「いつ浴びるか」より「浴びた量」 冬季うつのメカニズム」

 ファルキ氏は個人的に、自身が住む自治体の屋外照明の状況を変える取り組みに関わってきた。現在ファルキ氏はダークスカイを擁護する非営利団体「CieloBuio」で理事長を務めており、1990年代後半には、自身の居住地であり勤務地でもあるイタリア、ロンバルディア州で申し立てをし、光害防止条例を制定に導いた。その結果、新設する照明の固定具のタイプが制限され、特定の地域で光強度が制限されるなどして、新設する照明の数は2倍に膨れ上がったにもかかわらず、同地域の光害レベルは2000年から現在まで変わっていない。

 現在ではイタリアの大部分で同様の条例が採択されているものの、まだスタート地点に過ぎないとファルキ氏は警鐘を鳴らす。「このような対策は単に光害の増加を食い止めているだけで、抑制するにはまだ不十分です。グラフなどを見ると、化学物質、粒状物、一酸化炭素など、汚染のほぼすべてが、過去20年間で減少しています。光による汚染も同様に、減らしていくことが必要なのです」

文=Michelle Z. Donahue/訳=堀込泰三

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