ノート:都市

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都市の定義文案[編集]

都市とは、そこで生起する事象が、ある3次元的な広がりの中で変容し、固定せず、その媒介物は情報であり享受するのはヒトである・・という状態及び現象である。 従って都市の類型はその形態にはなく、生成された過程にある。「今」の状態は過程の一瞬に過ぎず刻々と変容する様相にその本質がある。ヒトが訪れ去って行き、ある者は留まり、またある者は通って来る。ここに「情報」が錯綜し、3次元的な容器(建物)により現実化されると「におい」「形」「文化」などから一種の類型が結果として現れる。しかし「様相」に本質があり、これを形成したものは「過程」であるため意図的に都市は作れない。新宿という「都市」は作られたのではなく、経験された結果の集積としてある、ひとつの現象である。

新潟の人口密度[編集]

新潟の人口密度が札幌・仙台・広島よりも大きいのは単に山岳地帯が少ないからです。あと、「その地方における中心の都市して発展した都市」というのは新潟の場合何地方を指すのでしょうか? --211.1.193.110 2005年7月4日 (月) 13:25 (UTC)[返信]

記述「都市のうち、居住に供する部分を市街地という。」について[編集]

「都市のうち、居住に供する部分を市街地という。」 には違和感を覚えます。みなさんどうですか? --Baba 2005年8月3日 (水) 01:47 (UTC) I agree with you[返信]

→現在は、「中心機能が集まっている地域を市街地と言い、、、」になっていますが、これまた違和感。市街地=中心機能が集まっているところ、との解釈は一般的に非ず。でなければ「中心市街地」や「中心業務地区」などという用語は成立しないわけで --306E 2007年6月21日 (木) 04:42 (UTC)[返信]

市街地と郊外の部分に関して[編集]

市街地と郊外は、都市とどのような関係があるのでしょうか。 市街地は都市には必ずあるものなのか、郊外は都市に必ずあるものか、はたまた郊外の外側は存在するのか。 疑問ばかりが浮かぶ表現だと思います。 さらに、これは私感ですが、都市をまたいで市街地と郊外の関係を持っている地域もある気がします。 また、市街地の説明に使われている中心機能という表現も曖昧です。 正確な知識が出てこない以上、市街地と郊外の部分はひとまず言及を避けてみるのが賢明と思いますがいかがでしょうか。--以上の署名のないコメントは、221.106.198.71会話/Whois)さんが 2006年9月8日 (金) 12:04 (UTC) に投稿したものです。[返信]

→語感としては、市街地=都市化されている場所、かと。「郊外」を、「都心」「中心部」の対義語と考えれば、特に日本では、「郊外」と「市街地」が同時に成立している場合も多々では --306E 2007年6月21日 (木) 04:42 (UTC)[返信]

鎌倉の人口について[編集]

Tertius Chandler (1987)にまとめられた推定値によると、京都は平安時代初期で20万人(900年頃)、平泉は平安時代末期で5万人(1150年頃)、鎌倉は鎌倉時代中頃~末期で20万人(1300年頃)。Paul Bairochは、京都の人口を少し多めの20~30万人程度と推定している。正直この鎌倉の推定値は高めだが、「3万人」は逆にかなり少な目の推定値である。

鎌倉の人口を推定する具体的な文献はほとんどないが、『とはずがたり』によると「化粧坂といふ山を越えて、鎌倉の方をみれば、東山にて京を見るにはひきたがへて、階などのやうに重々に、袋の中に物を入れたるやうに住まひたる」とあり、同時代の京都よりも人口密度が高く、250人/haという高い人口密度(同時代の京都は100人/ha程度)を仮定することにより山際の8 km2までを可住地域として20万人という高い人口が推定される。一方『吾妻鏡』の1252年9月30日の記録によると「鎌倉中所々沽酒を禁制すべきの由、保の奉行人等に仰す。仍って鎌倉中所々の民家に於いて注す所の酒壺三万七千二百七十四口と。」とあり、酒壷を重複で所有している民家、所有していない民家を総て平均して酒壷を平均1壷ずつ所有していたと仮定すると、1軒平均4,5人として15~20万人、総ての民家が3,4壷程度重複で所有していたと仮定すると、5万人程度となる。--Orichalcum 2007年7月16日 (月) 12:22 (UTC)[返信]

リバートの趣旨[編集]

ノートに書き込めないようですが趣旨はどういったところでしょうか? [1] --124.97.70.188 2007年7月24日 (火) 14:17 (UTC)[返信]

都市とエリアについて[編集]

本項目に書かれている内容のうち、「都市とエリア」についての記述に違和感を感じます。

エリアを都市の集合体として捉えるのならまだ判りますが、エリアを「面」、都市という空間を「点」などと表現して両者を比較しています。

エリアという用語が使われているのは、朝日新聞社の『民力』シリーズでしょうが、そもそもこのような和製英語的な用語が学術的に通用するものなのでしょうか?

この項目は執筆者の独自研究に当たり、削除するべき内容ではないでしょうか? --Orichalcum 2007年9月2日 (日) 15:35 (UTC)[返信]

「規模」の「大都市」節での発祥の特徴?[編集]

現在の版で「規模」の「大都市」節で「一個の媒体(城・港など)から端を発して、それが巨大化したのが特徴的である」とされていますが、たとえば東京も大阪も両方とも城と港のいずれもが重要な発展の鍵だったと思うのですが違いますか?また、他の大都市でも必ず1つだけから発展してきたと言い切ることには無理があると思うのですが、今の記事の説明で正しいのでしょうか?素人で申し訳ないのですが、むしろ、「大都市」になるためにはただ1つの何かがきっかけで大きくなったのではなく、それとは全く逆で、城・良港・広い平野・河・交通の要衝・鉱山など、多数の複合的な理由で大きくなった、とする方がありそうなのですが。この文を書かれた方は、それぞれの大都市ごとにただ1つの「端を発して、それが巨大化した」物を言えるのでしょうか?--Tosaka 2008年5月15日 (木) 15:01 (UTC)[返信]

私もTosakaさんと同じ考えです。該当部は削除していいと思います。出典があったとしても、あまりに稚拙な論で、記載に値しないと思います。ただ、大都市となるためには、「広い平野」は要素として必要ないと思います(メキシコシティ・香港・ナポリなど、平地が少ない地域にある大都市もある)。--もね~るmoner 2008年5月15日 (木) 21:05 (UTC) (修正)--もね~るmoner 2008年5月15日 (木) 21:07 (UTC)[返信]