「今はまだ,全社の情報システムを理解している人間がいるからいい。しかし,彼らがリタイヤする5年後,10年後はどうなるのか。妙案はなく,正直なところ,頭が痛い」(ある大手素材メーカーの情報システム部長)--企業の情報化を支えるべき情報システム部門の“弱体化”が,急ピッチで進行している。

 全社的な人員削減の一環としての情報システム部門スタッフの削減,情報システム部門の運用,保守,開発のアウトソーシング,情報システム子会社の他社への売却などだ。子会社の他社への売却だけとってみても,アサヒビール,ダイエー,日本航空,昭和電工など枚挙にいとまがないほどである。

 経営サイドから見れば,情報システム部門のリストラやアウトソーシングは,短期的に収益を上げるための絶好の手段だ。情報システム部門は,自ら稼ぐプロフィットセンターではなく,間接部門に近いコストセンターと見なされてきた。しかもアウトソーシングすれば,年間の情報システム投資額を2,3割は削減できると言われる。100億円の投資を行っている場合は20億円以上も浮く計算で,収益低迷に悩む企業経営者の目には極めて魅力的に映るだろう。

 システム子会社を売却すれば売却益が入るし,子会社の自立性を高めることも可能だ。本業とはプロフェッショナルティが異なるシステム部門を分離することで,本業に集中をしている姿勢を鮮明にできる効果もある。「当社の本業はシステムを構築することではない。“餅は餅屋に任せろ”で,情報システムの構築や運用をアウトソーシングするのは当然のこと」(大手流通業のCIO)。

 だが,こうしたシステム部門の弱体化は,仕方のないこと,あるいは問題のないことなのだろうか。企業全体を貫く情報システム基盤の整備と更新,部品や製品データのコード体系や顧客コード体系の一貫性維持,システム予算計画の立案と執行管理,セキュリティ・リスク・マネジメントなど,情報システムの専門家でないと困難な業務は少なくない。

 それ以上に重要なのが,経営戦略を支える情報システム戦略の企画立案だ。BtoB,BtoCなどEC(電子商取引)関連事業,サプライチェーンの効率化,連結経営の実践のように,情報システムなしにはできない事業や業務が増えている。実は情報システム部門のリストラは今に始まったことではなく,80年代後半からずっと続いてきた。しかし以前と現在では,企業を取り巻く経営環境や経営と情報システムの“距離感”が様変わりし,一体化している。にもかかわらずシステムを担当する部門が弱体化しているのは,非常に危険ではないだろうか。

 多くの情報システム担当者が問題視するのは,社内の情報システム担当者を育成できない,外注管理が不十分になる,結果として一貫したシステム戦略の立案と推進が困難になるということだ。最近のキーワードで言えば,「ITガバナンス」を確立できないわけである。

 もちろん情報システムを全面的にアウトソーシングする場合でも,システム部門を完全になくすことはほとんどない。必要最小限のITガバナンス機能を残すために,小規模な情報システム企画・戦略担当部門を置くのが普通である。しかし,システム子会社の売却に踏み切らざるを得なかった,ある大手素材メーカーの情報システム部長は,これが機能しないと見る。

 「社内の業務を理解し,情報技術に詳しく,しかもユーザー部門や外注先とともに新規プロジェクトを推進できる人材を育てるには何年もかかるし,ある程度の余裕が絶対に必要だ。今はベテランぞろいだからいいが,5年後,10年後にシステムの構築や運用の質が維持できるか不安だ」。

 同様の意見を持つシステム部長は多い。「当社は数年前にシステム部門を子会社化した。当初は,本体に残った企画部門と子会社のあいだで人事交流もあったが,時間が経つにつれて減っている。近い将来,親会社の業務とITの両方に詳しい人材はほとんどいなくなり,親会社が命じたシステムの拡張と運用しかできなくなるだろう」(金融業),「システム部門を子会社化した結果,親会社に残ったのは10数人。仕事量が多くて,ユーザー部門の要求をこなすことすらできない。システム戦略の立案や経営企画への参画などは,とてもじゃないが無理」(精密機械)などだ。

 あるITコンサルタントは,「外注先管理すらできないのは問題だ」と指摘する。「最近,システムの発注仕様書をユーザー企業自身ではなく,ベンダーが書くケースが目に付く。マンパワーの問題からやむを得ないことかもしれないが,最低限,その仕様書をチェックし,正否を承認する能力を持たないと危ない。でないと情報システム構築をコントロールできなくなってしまう」(同)。

 第3者的な立場のコンサルタントを雇い,チェックを代行させる手も考えられる。しかし現実にはユーザー企業の業務を知悉し,システム仕様の不備をチェックできる能力を持ったコンサルはほとんどいない。仮にいても,相当の費用がかかる可能性が大きい。

 もちろんシステム部門が弱体化を余儀なくされている背景には,情報システム部門自体の問題もある。「ユーザー部門から要求されたことしかしない」「バックログが大量にあるという理由で,いつまで待ってもシステムを構築しない」などである。豊富なスタッフを抱えていた時代にシステム戦略を積極的に提案せず,自らの能力を磨かなかったツケが来ているとも言える。

 しかし時代は変わった。今ほど情報システムと経営の関わりが密接になったことはない。アウトソーシング先進国の米国では,社内に情報技術を理解した人材がいなくなり,おおあわてで社内スタッフの育成をはじめた事例がある。そんな事態になる前に,ITガバナンスに象徴される情報システム戦略の在り方,それを支える情報システム部門の在り方を,真剣に考えるべきだろう。

(田口 潤=日経コンピュータ副編集長)