「ITとネットワークの融合を実行できる体制にすること」。NECの矢野薫代表取締役執行役員社長は,2006年4月1日付で実施した同社の組織再編の狙いを端的に説明する。事業部間の壁を越えた大改革のキーワードは,まだ誰もその全体像を見たことのない次世代ネットワーク「NGN」(next generation network)だ。

 ここ数年,NECの業績は低迷している。2005年度も売り上げこそ前年度をわずかに上回ったものの,純利益は前年度比84.3%減の121億円。大幅減益だ。

 この状況から浮上し,NECを上昇気流に乗せる切り札として矢野社長が期待するのがNGN。だが,NGN自体はいまだ発展途上の段階にある。NECが組織体制を大刷新してまでNGNに傾斜する意図はどこにあるのか。


「キャリア」から「一般企業」へビジネス拡大

 そもそもNGNとは一体何か。その基本概念は,ITU-T*1(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)の勧告*2から知ることができる。具体的には「帯域が広く」,「端末間で品質の保証(QoS*3)ができ」,「IP技術を使って複数のサービスを統合しながらも」,「他のネットとの相互接続を考慮した」通信網のことだ。

 ただし,「標準化作業は現在も進行中で,7月からはNGN上のアプリケーションがITU-Tの場で議論される段階」(NTTコムウェア・研究開発部の成田篤信担当課長)。NGNをITU-Tが定義する枠内だけで考えると,しょせんは従来のキャリア・ビジネスの延長でしかない。NECの通信事業者向けのインフラの売り上げは2005年度で全体の15%。全社を挙げて未来を託せるほどの規模ではない。

 無論,そんな議論は矢野社長は百も承知。ではなぜNECは,NGNをキーワードとして,全社的な組織変更まで断行したのか。実は,NGNのビジネスは,通信事業者だけでなく,むしろNGNを活用した企業ネットワーク市場で大きく広がると確信したからだ(図1)。

図1 NECが狙うNGN市場
NECは通信事業者向けの市場だけでなく,NGNがもたらす企業ネットワークの新市場をも狙う。[画像のクリックで拡大表示]
NECが狙うNGN市場

 通信事業者向けインフラ・ビジネスを担う広崎膨太郎執行役員専務は,壮大なビジョンを描く。「NGNは20年,25年に一度の大変革。単にインフラが広帯域になっただけではなく,全く新しいビジネス形態が実現する」と語る。さらに,企業向けソリューションを統括する瀧澤三郎取締役執行役員専務は,「見方によってはNGNによる市場規模は一けたくらい変わる」と圧倒的なスケールを想定。そのためには,まず通信事業者向けNGN市場を完全に制する。そしてその実績を足がかりに,より巨大な企業ネットワークを攻める。こうした事業プランを描いているからこそ,NECはNGNへと大きくシフトした。テレコム業界の狭いNGNの定義に制約されることなく,その先の新市場に向けて大胆に歩を進め始めたわけだ。


NGNのカギはサービス基盤にあり

 矢野社長は,「新しいサービスを作り出すための『サービス・プラットフォーム』(サービス基盤)という概念が非常に重要になる」と力説する。このサービス基盤という概念に,新しいビジネスを実現するカギが隠されているという。今回の大刷新は,この「サービス基盤」を中心に据えることで,NECの各ビジネスユニット*4がスムーズに連携できることを目指したものだ。そうしたシナジーによって,広崎執行役員専務の語るNGNの先に広がる新しいビジネス,つまり新しい企業ネットの市場を生み出そうというのだ。

 NECには,この新市場を有利に戦えるはずとの読みがある。NGNではIT系技術が大量に入り込み,間違いなく通信とコンピュータの融合が実現する。30年近く「C&C*5」と呼ぶコンピュータ(Computer)と通信(Communication)の融合を掲げ続けた同社にとって,IT系の技術が通信と融合するのは,むしろ待ち望んでいたところだ。

 実際にNGNでは,サービス基盤としてIMS*6と呼ぶシステムを採用する。この実体はIT系技術によって構築した制御系システムそのものだ。この基盤の上で各種サービス/アプリケーションが展開される。つまり,サービス基盤は,サービス/アプリケーションと通信インフラとをつなぐ接着剤となる。

 今回の組織再編の狙いも,こうしたNGNの特性に対応することにある。中でも中核となるのは,次のビジネスユニット(BU)群。「キャリアネットワークBU」,「官庁・公共・金融・通信ソリューションBU」,「企業ソリューションBU」,「ITプラットフォームBU」がそれで,互いに強力に連携し合う点が特徴だ(写真1)。

 キャリアネットワークBUは,通信事業者のインフラを一気通貫で担う組織。ハード偏重だった体制を見直し,サービス基盤で使うソフトウエア技術も取り込んだ。さらに固定網だけでなく,携帯網の構築も担う。官庁・公共・金融・通信ソリューションBUは,各業態に対して超大規模システムをインテグレーション。ビッグ・ユーザーを対象とするため,顧客専用のサービス基盤を提供できる体制を整えた。

 企業ソリューションBUは,企業向けにコンサルティングから機器提供までワンストップで対応する。大企業から中小企業に至る幅広い顧客に迅速にサービス提供するために,新たに作るサービス基盤を徹底活用。その上に顧客の要望を実現していく。そしてITプラットフォームBUは,各ソリューションに不可欠なサーバー機やソフトウエアの開発を担当する。例えば通信事業者向けのAdvancedTCA*7対応サーバー機などだ。

写真1 ITと通信の融合を担う各ビジネスユニットの責任者[画像のクリックで拡大表示]
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