大一番「自分を信じて」 天元・碁聖に輝くホープ 名人戦に挑む 一力遼(いちりき・りょう)さん(囲碁棋士)

2021年8月21日 13時36分
 今、わが国の囲碁界で最も輝きを放つ棋士と言っても過言ではないだろう。あと一歩、手が届かなかった七大タイトルを昨年、相次いで獲得。世界のトップクラスが出場する国際棋戦「応氏(おうし)杯」でベスト4に入った。二十六日に開幕する名人戦七番勝負では、挑戦者決定リーグを八戦全勝で制した勢いに乗り、第一人者の井山裕太三冠(名人・棋聖・本因坊)に挑む。斯界(しかい)の勢力図が塗り替わる契機となるかもしれない大一番を前に、東京・日本棋院で話を聞いた。
 王座戦では挑戦者決定戦に進出。棋聖戦でも最上位のSリーグで四戦全勝と各棋戦で勝ちまくる。名人戦七番勝負は二日制で持ち時間が八時間。二日制対局は二〇一八年の棋聖戦以来、二度目。NHK杯で優勝二回、竜星戦で三連覇など早碁棋戦で抜群の強さを誇るが、長丁場の戦いにも「今の状態でどれだけできるか楽しみ。経験では井山さんに劣るが、自分らしさを出して精いっぱいやれば十分チャンスはあると思う」と自信をのぞかせる。
 十三歳でプロ入り後、読みの速さ、確かな大局観でめきめき頭角を現す。一六年、本紙主催の天元戦で七大タイトル初挑戦。翌一七年に天元、王座、一八年に棋聖、王座と挑戦を重ねた。しかし、五回とも井山の厚い壁にはねかえされる。このうち三回は一勝もできなかった。終局直後、人目もはばからず悔し涙を流したこともある。「どんな展開になっても勝ちきれない…。正直、(井山を倒すのは)ちょっと厳しいかなと感じた」と振り返る。
 年男の二十四歳。令和時代に最も活躍が期待される若手棋士として芝野虎丸(現・王座)、許家元(現・十段)とともに“令和三羽烏(さんばがらす)”と称される。一八年に許が碁聖、一九年に芝野が名人を奪取。タイトル争いでライバル二人に先を越され「今が正念場」との思いを深めたという。
 大きな転機となったのが昨春。早稲田大を卒業して囲碁に集中できる環境が整い、コロナ禍で対局も急減したため「AI(人工知能)も使いながら自身の碁とじっくり向き合う時間が生まれ、いい充電期間になった」と明かす。以前は序盤から仕掛ける碁が多かったが、じっと腰を落として構える碁も打てるようになり、師匠の宋光復九段は「碁の幅が広がった。まだいくらでも伸びしろがある」と期待を寄せる。
 昨年八月に碁聖戦で羽根直樹碁聖(当時)を破り悲願の七大タイトルを獲得。十二月に井山から天元位を奪取した。六度目の挑戦で初めて打ち破った厚い壁。雌雄が決した第五局では中盤で放った一手が関係者をうならせた。「以前は打つ勇気がなかった手。自分を信じて打つことができた」
 仙台市に本拠を置き百二十年を超す伝統を誇る地方紙の雄「河北新報」を創業した一力家のひとり息子。現在は父親の雅彦さんが社長を務める。将来を見据えプロ入り前から学業との両立が大前提で、大学在学中は週三回の講義や試験を受けながら年間約六十局を戦うなど「時には寝る間もないほどのタフな日程」をこなした。その経験が今に生きているという。「あの時に頑張れたのだから、今はもっと頑張れるという前向きな気持ちになれる」
 卒業後は河北新報社に入社。東京支社編集部で囲碁の世界の魅力を伝えるコラム「一碁一会」を担当している。「将来のことはまだ分からない。今は囲碁に関連した仕事を精いっぱいやることが役目だと思う」
 七月十二日に仙台で初の公式戦対局を行った。井山と五番勝負を戦っている碁聖戦第二局。碁聖戦は河北新報社が加盟する「新聞囲碁連盟」の主催で、前夜の交流会では主催者代表で雅彦さんが、井山の本因坊十連覇と子息の名人戦挑戦に祝意を述べた。地元の囲碁教室で世話になった人々も多数駆けつけ「感慨深く、温かな声に接して大きな励みにもなった」と言う。
 七冠独占を二度達成した井山の一強時代から、現在は井山と令和三羽烏が七大タイトルを分け合う。「井山さんを軸にした群雄割拠の中、今は極めて大事な局面との意識が体感としてある。モチベーションが高まります」 (安田信博)

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