私は会社の社長か政治家になりたいと子どものころから考えていたのですが、まずは企業に勤めて商売の勉強をしようと思い、大学卒業後の進路に総合商社を選びました。そこでの私の役割は、ロシア、中南米や中国へOA機器等を売り込むこと、いわば物販上の最先兵となることでした。なるべく単価が高いものを売りたいというのがメーカーの要望なので、ハイスペックな製品を中心に輸出していたのですが、あるとき取引先で「ミスターアマノ、こんな高価な新品はいらない」と言われました。「日本では電子機器のごみが山になって埋め立てる場所もないというじゃないか。そんな中古品を安く販売してくれたらいいんだ」と、それが彼らの本音だったんです。
中古品の輸出販売を上司に提案しましたが、メーカーや商社が追い求めるビジネスモデルは新品を製造・販売して売上金額を上げることなので、それを妨害するようなことは許されませんでした。しかし、大手の商社が手を出さない領域ならば自分でやってみたら面白いのではないかと思い、創業を決意しました。