ハイイロアザラシが食べるのは、たいてい魚だ。しかし、ときに哺乳類も食べる。それも、同じハイイロアザラシを襲うことさえあるという。
学術誌「Journal of Sea Research」の2019年6月号に発表された論文は、北海のドイツ領ヘルゴラント島沖で目撃された、おとなのオスアザラシが若いアザラシを捕らえ、殺して食べ始めるという、ぞっとする事例について詳しく書いている。
ハイイロアザラシの共食いに関する論文が発表されたのはこれが3件目だが、科学者が一部始終を間近で観察し、その後死体解剖を行って、残された傷について記述したのは今回が初めてだ。(参考記事:「カバを食べるカバ ――共食いする動物たち」)
ことの全貌
2018年3月下旬、ドイツのハノーバー獣医科大学のアッボ・ヴァン・ニアー氏は、ヘルゴラント島沖で仲間に対するアザラシの攻撃を目撃した。
ヴァン・ニアー氏らは、5歳のオスのアザラシ(後に足につけられたタグから特定された)が子どものアザラシを追い回しているのを見ていた。するとオスは、子アザラシののどに噛みつき、体を水中に引きずり込んだ。
子アザラシは一度はどうにかオスの拘束を逃れたものの、長くはもたなかった。10分後に、海水が赤く染まり、子アザラシの動きが止まった。その後の90分ほどの間に、オスが子どものアザラシを食べ始め、皮に食いつくと、エネルギーを豊富に含む脂肪層があらわになった。
アザラシが満腹になると、ヴァン・ニアー氏は急いで死体を回収した。他の動物に食べられる前に、傷などの状態を記録するためだ。「ことの全貌を見たのはこれが初めてでした」と言う。
この経験から、ヴァン・ニアー氏はアザラシが共食いしたときに生じる特有のパターンを見出した。死亡したアザラシのデータベースを1990年代まで遡って調べた結果、ほかにもアザラシの共食いではないかと見られる事例があるという。
これらの事例は従来、サメに攻撃されたか、船舶のスクリューに巻き込まれたことが死亡原因と推定されていた。
海岸に打ち上げられた死体の地理的分布は、少数だがアザラシの共食いがあることを示している。「私たちは、共食いをするのは一部の特殊な個体だろうと仮説を立てています。ハイイロアザラシの個体群の多数派になることはないでしょう」