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373号(2006年4月1日発行)より抜粋

『評決』

人間ドラマから生まれる悲劇と喜劇
重なるときは重なるものだ、と思った。青年座の『評決』を見たばかり。その少し前、昨年暮れにはパルコ劇場で三谷幸喜の『12 人の優しい日本人』を見て、両者のあまりの共通項にひとつひとつ唸り、それもそのはず、元をただせば原点はアメリカ映画、シドニー・ルメット監督の『十二人の怒れる男』なのだから、と自分に言い聞かせたりしたものだ。
その翌日、国立劇場の文楽公演に出かけたらロビーでばったり文学座の加藤武さんに会った。聞けば住大夫と親友の間柄らしい。ゆうべの『評決』の興奮が残っていたから、評論家の矢野誠一さんに勧めたついでに加藤さんにも勧めたら「あれは面白いよ。僕もテレビでやってんだよ、裁判長役を」とのこと。これもついでだとばかり、最近の文学座公演のバラつきぶりを訴えたら、実に嘆かわしいことだとばかりに同調しながら、あのごついお顔をゆがめるのだった。
国弘威雄・斉藤珠緒の書いた『評決』は、まずNTVの水曜グランドロマン『帝都の夜明け』として放映されている。青年座がこれを舞台化したのが90 年10 月。残念ながら僕はこの初演を見逃している。同じ年に三谷幸喜の『12 人の優しい日本人』も初演されたと記録にある。どちらの初演も見ていないのは不明を恥じるしかないが、当時、この競作が話題になったというような記憶はない。演劇ジャーナリズムの口の端にものぼらなかったのだろうか。
『12人の優しい日本人』は再演に次ぐ2 度目の観劇だったが、俳優陣のツブもそろった今回のほうが前回よりはるかにいい仕上がりになっていた。少し気になったのは、いや、毎度気になるこの作家の特徴といえば特徴なのだが、独特のこざかしさだ。自ら監督した映画『有頂天ホテル』でもいえることだが、旺盛なサービス精神の発露と見るべきなのか、笑いを無理にでも取ろうとする。それが笑いの本質から逆に遠ざかっていくような気がしてならない。
反対に『評決』は笑いをほとんど排除した正攻法のたたずまい。作者の資質の違いといってしまえばそれまでだが、緊張感とスリルで息詰まるセリフの応酬を展開する裁判劇には、余計なものは不要、そんなものがなくても人間ドラマの中から悲劇も喜劇も生まれてくる、というのが『評決』を見た感想だった。
「あの女は絶対にやってるよ」
「目許といい唇といい、あれはまさしく…」
被告席に立つのは、唯一の女優である那須佐代子。夫と姑を焼死させたカドで放火殺人の重罪を問われている。那須にはどういうわけだが無言のときに不思議な魅力がある。存在感といってしまえばそれきりの話だが、やってるかもしれない、いや、やっていないかも、という両面の陰影を無言で表現できる力がある。
かまびすしいのは12 人の陪審員たち。理髪店主、写真館主、蕎麦屋の主、化粧品外交員、踊りの師匠、退役陸軍大佐、銀行支店長代理、古物商、呉服問屋、円タク運転手、撮影所所長、農民と実にさまざまな人たちだ。これを演じる平尾仁、山野史人、井上智之、大家仁志、益富信孝、若林久弥、蟹江一平、山口晃、永幡洋、青木鉄仁、嶋崎伸夫、川上英四郎がそれぞれに役を演じきったことに感心した。青年座は人材豊富。
昭和初期、日本にも陪審制裁判があった―という事実に基づき、昭和3年の初めて実施された裁判を舞台にした。演出の鈴木完一郎はもともと大胆さと細心さを併せ持つ演出家だが、その特性がこの舞台で生かされていた。
3年後には日本にも裁判員制度が導入されそうだ。「おらあ、本当にわかんねえす」と農民は告白するけれども、正直だけでは通用しない。恐ろしいのは先入観、思い込み。感情論も怖いが理詰めのウソも怖い。自分にその役割が回ってきたらどの立場になるかだ。僕たちは検事でもなければ裁判官でもない。どんなケースであれ弱者(被告)側に立つのが正しい、と教えてくれたのも『評決』の舞台だった。それにしても青年座は16年間もなぜこの舞台を眠らせていたのだろうか。
【木村隆(演劇ジャーナリスト)】

劇団青年座公演184『蛇』

「青年座に書き下ろすにあたって」
何をやっても見透かされてしまうと思った。必要以上に迎合して必要以上にウェルメイドな作品を提供しても「お前にそんな事は頼んでない」と尻を蹴飛ばされてしまいそうだし、逆に奇をてらって(青年座に喧嘩を売るつもりで)過激な性描写や暴力を描いたとしても「はいはい」と失笑されるのが目に見えていた。ま、要は何をどうあがいたところで無駄なのだということに気付いた時に、ようやく「あ、普段通り書こう」という思いに至った。いつもそうなのだ。これは青年座に書き下ろす云々の話ではない。いつもの事なのだ。いつもこのような不毛な回転の後にようやく筆を取るのである。自分でもほとほと嫌気がさすが仕方がない。この不毛な回転こそが私にとっての必要不可欠な作業なのである。この不毛な回転こそが他の誰でもない私自身の作品の根源なのである。不毛な回転。何かいま適当に使っていたら妙に気に入ってしまったので必要以上に声高になってしまった。そしていま気付いたが、『青年座に書き下ろすにあたって』というタイトルなのに「これは青年座に書き下ろす云々の話ではない」などと断言してしまっている。ま、要は特に語るべきことがないという事だ。語るべきことは全て作品の中にあります。いや、そんな事はないか。つうか作品とか言うなよ、自分で。ほら、また不毛な回転が…。乞う御期待!
【赤堀雅秋プロフィール】
1971年8月3日生まれ。千葉県船橋市出身。劇作家、演出家、俳優。
1996年「THE SHAMPOO HAT」を旗揚げ以来、全ての作・演出を手掛ける。当初はコント性を重視したシチュエーションコメディ的作品を上演していたが、4作目『みかん』以降は、役者(登場人物)が「歌い上げる」舞台ではなく、人物が「そこに生きて在る」舞台の創造を試みている。赤堀雅秋氏の作風はつくられた人間ではなく「格好わるい人間」を描くことにあり、日常の中の等身大のドラマを人間の一生懸命の中に生まれる優しい哀しい笑いから紡いで見せることにある。最近の作・演出作品には『恋の片道切符』『ゴスペルトレイン』『肉屋の息子』がある。俳優としても多くの舞台に出演。2003年シアター風姿花伝?落とし公演『蝶のやうな私の郷愁』(作=松田正隆 演出=宮田慶子)で那須佐代子と共演。

「青年座である事」
もちろん、全員がというわけではないのですが‥同世代くらいの演劇人と話すと、一部の人にこんな風に言われる事があります。
「青年座って新劇ですよね」その時は「そりゃあそうですよ」と笑って応えるのですが、誤解を恐れずに言いますとこの場合の「新劇」という言葉の意味は、残念なことに否定的な意味であることが多いような気がします。僕が「いや、新劇ってのも、結構悪くないですよ。」と言い返すと、「だって、古いじゃないですか」と、勝ち誇ったような顔で言われてしまいます。いや、そんな事言われたってあんた‥って感じなのですが。とりあえず、そんな事を考えている人間に限って、まともに新劇団の芝居なんて見たことがないってのも多いのですが。そして、そういう話が出たときにいつも思う事なのですが、青年座に十年在籍して「小劇場」と呼ばれている作家の台本を多く演出する僕にしてみれば、「新劇」とか「小劇場」とかいう区別からして、正直時代遅れな感じがするのです。出来上がったものが、「新劇」と取られても「小劇場」と取られても構いません。そんな形式の問題ではなく、常に新しい物を探して行く姿勢を大事にしていきたいと思います。50年前、翻訳劇全盛の時代に創作劇の旗を立てた青年座創立の精神がそうであったように、常に現代を見据えた作品作りをしていって、劇場に足を運んで頂いたお客様にちょっとだけ素敵な時間を過ごして貰う。それだけでいいじゃないかと思うのです。‥まあ、劇団創立の精神を担うほどの僕ではありませんが、お芝居はちょこっとだけ、期待しておいてください。赤堀氏の作品との出会いが、僕にとって、青年座にとって刺激的でスリリングな物になる事を期待しています。

【演出 磯村純(青年座)プロフィール】
1972年7月11日生まれ。愛知県愛知郡出身。演出家。
桐朋学園短期大学部専攻科演劇専攻終了後、1996年劇団青年座(文芸部)に入団。宮田慶子、マキノノゾミら多くの演出家の演出助手を務めながら、スタジオ公演など多数演出を担当。今回『蛇』が本公演初演出。主な演出作品には『かつて東方に国ありき』(作=嶽本あゆ美)、『激情』(作=三浦大輔)、『なめとこ山の熊の胆』(原作=宮澤賢治 作=重光透)『俺たちは志士じゃない』(作=成井豊)、劇団東演『温泉の花』(作=今井一隆)、劇団銅鑼『流星ワゴン』(原作=重松清、脚本=青木豪)がある。7月には劇団協議会主催公演『家を出た』を演出する。

劇団ニュース

舞台公演の外部出演
福田賢二
「Moon Light Snow〜もう一度だけさよなら〜」2/16〜3/5・高田馬場アートボックス
森脇由紀
「ル坂の三兄弟」3/16〜3/19・神楽坂ディプラッツ
曽川留三子
「証人喚問前夜」3/23〜3/26・築地本願寺ブディストホール
井口恭子
「女相殺人」4/13〜4/23・俳優座劇場
若林久弥
「同期の桜」4/20〜4/24・九段会館
児玉謙次、石母田史朗
「タイタスアンドロニカス」4/21〜5/7・彩の国さいたま芸術劇場5/13〜7/1・地方公演
嶋崎伸夫、岩崎良美
「アニー」4/22〜5/7・青山劇場
松熊明子
「靴を探して」4/26〜4/30・池袋シアターグリーン
原口優子
「アーバンクロウ」4/26〜5/2・ウエストエンドスタジオ
咲野俊介
「Dear・・・神様」4/27〜4/30・東京芸術劇場
藤井佳代子
「黄昏のポルカ」4/28〜4/30・武蔵野芸能劇場
石丸謙二郎
「フロッグとトード」4/28〜5/7・俳優座劇場、5/10〜5/14・博品館劇場
渕野陽子
「世界が脳になってしまったので少年は左に回らない」4/28〜5/1・コア石響
加門良、山本龍二
「マリー・アントワネット」4/29〜5/25・大阪松竹座
長谷川稀世
「舟木一夫特別公演 坊ちゃん奉行」5/5〜5/28・京都南座
佐野美幸、森脇由紀
「にゃ次郎の恋」5/16〜5/21・神楽坂ディプラッツ
高畑淳子
「INTO THE WOODS」5/19〜6/6・新国立劇場、6/17〜6/18・富山オーバードホール、7/1〜7/2・兵庫県立芸術文化センター
太田佳伸
「笑えないピエロ」5/30〜6/4・MOMO
名取幸政
「幕末ノ丘」6/1〜6/4・シアターサンモール
横堀悦夫、松川真也、野々村のん、加茂美穂子、小木戸利光
「妻をめとらば―晶子と鉄幹」6/2〜6/26・大阪新歌舞伎座、7/1〜7/25・名古屋御園座
入団
〔演技部〕相原嵩明、桜木信介、尾身美詞 4/1付
〔演出部〕根来美咲 4/1付
〔映画放送〕茅島成美 3/1付
退団
〔映画放送〕結城しのぶ 1/31付
〔製作部〕中川玲子 3/31付
退任
〔総務〕田中明江 2/28付
移籍
〔演技部〕津嘉山正種、座友に1/1付
〔演技部〕咲野俊介、桐本琢也が映画放送へ2/1付
出向
〔映画放送〕守屋俊郎がPRE(有限中間法人映像実演権利者合同機構)に出向PRE代表理事に就任1/1付
人事
就任
有限会社劇団青年座
代表取締役
取締役
相談役会長
相談役副会長
相談役
監査役
水谷内助義
高畑淳子、山路和弘、山本龍二、高橋巖、宮田慶子、森正敏
森塚敏
東恵美子
西島大
新庄和彦4/1付
就任
青年座映画放送株式会社
代表取締役
取締役
取締役相談役
相談役
監査役
石井美保子
浜田満子、野左根久湖、相沢昭雄
水谷内助義
守屋俊郎
新庄和彦4/1付