会員限定記事会員限定記事

プロバイダー法改正でも放置されるネットの誹謗中傷

巨大SNSは「治外法権」か

 インターネット上での匿名による誹謗(ひぼう)中傷が後を絶たない。フジテレビなどで放送された人気番組「テラスハウス」に出演していたプロレスラーの木村花さん=当時(22)=が昨年5月、インターネット交流サイト(SNS)で多数の中傷を受けた後に亡くなったことをきっかけに対策強化の声が上がり、ようやく投稿者情報の開示を容易にする改正プロバイダー責任制限法が4月21日の参院本会議で可決、成立した。だが、これでネット上の根本的な問題が解決したとは言い難い。(作家・ジャーナリスト 青沼陽一郎)

◇ ◇ ◇

 木村花さんをめぐっては、「いつ死ぬの?」などとツイッターで花さんを中傷したとして、大阪府の20代の男と福井県の30代の男が、それぞれ東京区検から侮辱罪で略式起訴され、東京簡裁が科料9000円の略式命令を出している。また、花さんの母響子さんは、花さんの死後にツイッターで花さんを中傷する投稿をしたとして、長野県の男性に対し約294万円の損害賠償を求める民事訴訟も起こした。

 SNSでの誹謗中傷に苦しめられているのは木村さん母娘だけではない。改正法成立の前日には、2019年9月に山梨県のキャンプ場で行方不明になった当時小学1年の小倉美咲さん(8)の母とも子さんが記者会見し、「母親が犯人」などと書かれたツイッターの投稿で中傷を受けたとして、ツイッター社に発信者情報の開示を求める訴訟を東京地裁に起こしたことを明らかにした。

特定には2度の訴訟が必要

 中傷を受けた被害者が、投稿者の処罰を求めたり損害賠償を請求したりするには、投稿者の特定が必要だ。SNS利用者の多くは匿名やハンドルネームを使っているからだ。そこで被害者はまず、ツイッター社などのSNS運営会社に投稿者のIPアドレスの開示を求めなければならない。運営会社は投稿者の氏名などの情報は持っておらず、ネット上の住所に当たるIPアドレスしか分からない。その開示の訴訟を起こす。

 これでIPアドレスが分かったところで、次にIPアドレスを管理するプロバイダー(接続事業者)に、氏名や住所の開示を求めて再び訴訟を起こす。そうして投稿者を特定したところで、やっと刑事告訴なり、損害賠償請求の民事訴訟が起こせるのだ。キャンプ場で行方不明になった女児の母親の場合は、その入口に立ったにすぎない。代理人の小沢一仁弁護士によると、「IPアドレスが開示されるまでには、米国ツイッター社との書面のやりとりを2往復くらいはして、1年はかかる」という。

 そこで改正法では、被害者の申し立てにより裁判所がSNS運営会社とプロバイダーに同時に開示命令を出せることになった。1回の手続きで投稿者の氏名や住所が開示できる。「開示までの手続きが早くなることは間違いない」(小沢弁護士)。だが、改正法の施行は22年になる見込みだ。

 それどころか、この程度の対策強化では、ネット上に発生している問題の根本的な解決には程遠いと言わざるを得ない。SNSをめぐっては誹謗中傷もさることながら、もっと深刻な事態が起きている。

新着

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ