ナチスもソ連も恐れたユダヤ難民…「命のビザ」がウクライナ侵攻で再び注目される理由とは

2023年8月2日 06時00分

カウナスの杉原記念館で今年1月、昨年のウクライナ侵攻と、第2次大戦中のリトアニア併合時の相似性を説明する職員=小柳悠志撮影

 第2次大戦中に日本人外交官の杉原千畝と根井三郎がつないだ「命のビザ」が、ロシアの侵攻を受けるウクライナやその周辺の東欧で再び脚光を浴びている。緊迫する国際情勢は、根井が推挙される「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」の選考にも影響しそうだ。(小柳悠志)

◆「杉原らがビザを発給した時代にそっくり」

 根井の業績は、1995年に本紙が、根井の助けで日本に渡ったという元難民の証言を伝えたのを機に認知されるようになった。ロシア国立人文大のイリヤ・アルトマン教授は根井の功績を裏付けるソ連外務人民委員部の資料を特定。2017年ごろにも根井の推挙を検討したが、根井自身が発給したビザが未確認だったため見送った。その後、三重県出身の研究者北出明氏(79)が「根井ビザ」を確認し、賞授与の要件となるユダヤ人救済の証拠が整った。
 ウクライナではロシアが南部クリミア半島を併合した14年以降、「命のビザ」が注目される。現地のユダヤ系新聞、ハダショトは20年7月、根井について特集し、「根井ビザ」の発見を「ヤド・バシェム賞授与に向けた突破口」と評価した。昨年2月の侵攻後、ウクライナからの避難民は800万人以上にのぼり、リトアニア・カウナスの杉原記念館の職員は「杉原らがビザを発給した時代とそっくりだ」と語る。

カウナスの杉原記念館に展示されている偽造「命のビザ」。杉原千畝の署名などが不自然=小柳悠志撮影

 杉原にビザ発給を求めたユダヤ人難民は、日本ではナチス・ドイツの迫害から逃れるためと理解されてきたが、実際には「ソ連の迫害も恐れていた」(ロシアの研究者)とされる。

◆ウクライナ侵攻後、2万人のユダヤ人がロシア脱出

 社会主義のソ連は他の宗教とともにユダヤ教も弾圧し、国内の反ユダヤ感情も強かった。独ソが1939年の不可侵条約で東欧諸国の分割支配を決めると、東欧のユダヤ人は独ソ間で行き場を失った。当時のポーランド(現ベラルーシを含む)から逃れたユダヤ人は、ソ連が併合しつつあったリトアニアにとどまらず、日本経由で第三国に逃れようとした。
 アルトマン教授やカウナスの杉原記念館によると、ユダヤ人難民の一部は、偽造した「命のビザ」を所持していた。しかし杉原の署名が不自然だったことなどから日本では偽造と見破られた。ビザ偽造や不所持なども含めて計74人が福井県敦賀港からウラジオストクに強制送還されたが、アリトマン教授によれば、根井などの尽力によって再び敦賀に渡航がかなった。
 根井の出身地である宮崎市の「根井三郎を顕彰する会」の根井翼会長は「根井は杉原の人道的な志を引き継いだのだろう」と語る。

根井三郎の功績を紹介する2020年7月のウクライナのユダヤ系メディア「ハダショト」=小柳悠志撮影

 ロシアの反ユダヤ感情は社会が不安定化した際に噴出しやすく、ウクライナへの侵攻開始から半年間でユダヤ系の2万人超がロシアを脱出した。ラブロフ外相は昨年5月、ナチス・ドイツのヒトラーに「ユダヤ人の血が流れていた」と主張、イスラエルが反発した。
 こうした中、イスラエルでも「命のビザ」に注目が高まる可能性がある。ホロコースト記念館のダヤン館長は「ユダヤ人を救済した杉原以外の日本人に光を当てたい」と主張してきた。在ロシアのイスラエル大使館幹部は今年2月、「複雑な国際情勢の中で政府の意向に逆らい、外交官が自らの意志で動くのはいつの時代も難しい。だからこそ『命のビザ』は不変の価値がある」と話した。

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