舞の海の相撲俵論

ぶれなかった潔さ

 「これで将来いい講演ができるぞ」

 まるで私の将来を見通していたかのようだった。身長が足りず一度は落ちた新弟子検査に今度はシリコンを頭に埋め込み、合格。師匠(元横綱佐田の山)に報告したときに返ってきた言葉である。当時は何のことを言っているのかわからなくて、首をひねるばかりだった。

 およそ10年間の現役生活を終え、相撲協会から離れた私はいま全国で講演を行っている。新弟子検査のくだりはいつも興味深く聴いてもらえる。

 4月29日夕方。兄弟子の境川親方(元小結両国)から「残念な知らせがある」と電話があり、79歳だった師匠の訃報を聞いた。

 厳格だったが、粋な心を持ち合わせた人だった。

 部屋の力士が稽古中に歯を折ったときのこと。差し歯には高額な費用が必要だったが、持ち合わせがなく意を決して師匠に借りた。後日、返しに行くと「何のことだ。お前に貸した覚えはない。そんなことより相撲を頑張れ」と突っぱねられた。

 私が新十両として迎えた平成3年春場所。大切な初日に渋滞に巻き込まれて土俵入りに間に合わなかった。翌朝。雷を落とされるか、それとも首にされるか、と恐る恐る稽古場に降りると案の定、師匠から野太い鼻声で「舞の海、ちょっと来い」

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