科学と文化のいまがわかる
科学
サイカル研究室
2022.10.08
一瞬のうちに放たれる鋭い光と、けたたましい音。
地震、火事、親父(おやじ)と並び、怖いものの代表格にも挙がる「雷」。しかし、あるフレーズに目がとまった。
“雷が多いと豊作になる”
そういえば、「雷」は“雨”の下に“田”。あの鋭い光「稲妻」は“稲の妻”。米どころ新潟には“雷の土”と書いて「雷土(いかづち)」と読む地名もある。
コメ農家で育った私は、ある種の「使命感」に突き動かされながら“雷が豊作をもたらす”という言い伝えが本当なのかを「サイエンス」で迫ることにした。
言い伝えの手がかりを求めて訪ねたのは、日本民俗学会の会員の青柳智之さん。
今から20年余り前。
青柳さんは当時、大学院で専攻した民俗学がきっかけで、雷にまつわる伝承や記録について調べていた。すると、いろいろな伝承が残されていた。
(鹿児島県曽於市財部町 大正5年生まれの女性)
“雷の鳴る年は豊作だ”
(福島県会津坂下町 大正14年生まれの男性)
“稲光は一肥やし分ある”
(山形県最上町 昭和3年生まれの男性)
“夜光は上作になる。それは稲に乳を飲ませに来るからだ”
※青柳智之著「雷の民俗」より
私が聞いた言い伝えは、全国各地にあることが分かった。
この言い伝えの起源は、いつごろなのか。
1000年以上前に編さんされたとされる「日本書紀」に、手かがりが残されていることを突き止めた。
史書に目を凝らすと、「雷電」の文字。「イナツルヒ」という振り仮名が読めた。
これは「イナツルビ」のことを指し、当時は稲と雷が交わって実がつくと信じられていたという。
雷と稲の関わりは、奈良時代(1000年以上前)から始まっていたのだ。
(青柳さん)
「伝承とは私たちの祖先が培ってきた『経験の結晶』といえる。それが口伝えや信仰などさまざまな形で現在に受け継がれている」
“雷が多いと豊作になる”
この言い伝えにはなにがしかの根拠があるはずだ。
科学を担当する記者魂に火が付いた私は、九州大学に向かった。
林信哉教授だ。
研究室で見せてくれたのは、ガスバーナーのような青白い光。
(林教授)
「これがプラズマです」
プラズマ…。
意外にも耳にしたことがあることばだった。空気清浄機などの家電製品にも応用されるが、林教授は続けざまにこう話した。
「雷が田んぼに落ちた周辺でプラズマが生じている」
いったいどういうことなのか。早速教えてもらった。
物質は原子で構成されていて、状態によって、おもに3つに分けられる。
原子が持つエネルギーが高くなるにつれて、「固体(氷)→液体(水)→気体(水蒸気)」と変化する。
“プラズマ”とは、気体よりもさらに高いエネルギーを持つ。原子核と電子で構成される原子が、バラバラになる、いわば“第4の状態”で電気を帯びている。
“プラズマ”が見えるのは、雷が落ちたときの光が見えるのと原理的には同じだという。
「発生条件を調整すれば、プラズマは触れる」。
林教授は、筒型の実験装置から噴き出すガスに高い電圧をかけて青白い光を見せてくれた。
手をかざしても、感じるのはガスの風圧だけ。熱さも痛みもない。
今もたまに手をまじまじと見るが、変化はない。
不思議だったという記憶だけが残っている。
このプラズマと植物の関係を追究している林教授だが、きっかけは稲ではなかった。
今から17年前。
「カイワレの種を殺菌してほしい」という農家からの依頼だった。
当時から、プラズマに殺菌効果があることはすでに知られていた。ただ、照射しすぎると逆に植物にダメージを与える場合もある。
そこで、カイワレの種にプラズマを照射。30分刻みで増やしていき、殺菌効果が得られるタイミングを探っていた。
ところが、本来の目的とは別に、照射時間によって生育の速さが違うことに気がついた。
実験を繰り返し、種のときにプラズマを1度照射すると、発芽だけでなく、その後の生育も促される結果に。
“プラズマと植物の成長の関係を科学的に証明できる、画期的なデータだ!”。
研究成果をまとめ、満を持して臨んだ学会だったが・・・。
「そんな研究に何の意味があるのか。意義が分からない」
「君はどっちの方向に向かって研究しているのか」
発表内容を、誰も信じようとはしなかった。そればかりか、変わり者扱いをされたという。
(林教授)
「データの中身ではなく、『本当なのか』という質問が飛び交ったんですよね…」
大きなショックを受けた林教授。
しかし、実験で得たデータには自信があった。
今まで研究されていない分野だ。解明しなければならない。
科学者としての『使命感』から、その後も、諦めることなく実験を重ねた林教授。
ほかの植物でも発芽や生育が促されることを確かめるなど、研究を続けるうちに、徐々に肯定的な意見が出てくるようになり、今に至っている。
林教授の話の中で、ふと思いついた疑問をぶつけてみた。
「カイワレにプラズマを当てる実験で、生育の変化を見逃さなかったのはなぜか」
林教授は答えた。
「祖父がコメ農家で、たびたび聞いたことばを思い出したんだ」
そのことばは…“雷で豊作になるんだ”
私の目に止まったフレーズと同じだった。
この謎にさらに迫るべく、林教授と志を同じくする研究者に取材を申し込み、福岡県小郡市に向かった。
九州大学の古閑一憲教授。
2400平方メートルの田んぼを18の区画に分けて、プラズマの効果を調べる実証実験を行っている。
古閑教授によると、稲の種子にプラズマを照射させて苗を育てたところ、60時間後の発芽率はおよそ40%。照射しなかった苗の3倍以上だったという。
また、栽培開始から38日後の苗を比較。プラズマ照射をしたほうが、葉の数や根の量が多いことをデータが示していた。
実証実験はことしで5年目。ことしの収穫後、収量を調べて再現性などを含めて分析し、早ければ来年にも研究成果としてまとめたいとしている。
(古閑教授)
「稲をはじめ植物は、種が発芽して成長する。種の段階で、たった数分のプラズマ照射が、のちの成長を変える。このメカニズムはまだ解明されていない。これは新たな研究領域で、学問的にも面白い」
プラズマと植物の関係についての研究は、いまでは国の競争的研究費の対象。国内外で広く研究が行われるまでになっている。
研究が進むにつれて、あの言い伝えについての科学的な裏付けが出てきている。ただ、まだまだ謎が多く、取材は道半ばにあると痛感させられた。
“苦しいときこそ神頼みだ”。
サイエンスで迫ると決めていたはずの私だったが、足を運んだのは茨城県つくば市にある「金村別雷神社」。「別雷」と書いて「わけいかづち」と読む。
「別雷大神」という雷さまをまつっており、農家が豊作の祈願に訪れる場所だ。
宮司の所雅彦さんによると、この地域では雷が多く、住宅や田んぼに落ちるため、雷よけの神事を受けに訪れる人が少なくないそうだ。
(金村別雷神社 所宮司)
「落雷があると皆さん大変恐れるが、この辺では“田んぼに落雷があるとその年は豊作だという言い伝えがあり”、落ちた場所を中心に幣束(へいそく)を立てておまつりする神事を行っている」
「幣束を立てることは雷さまを自分の田んぼにお迎えするという意味があり、お供えをして収穫まで田んぼを守ってもらう。ほかの田んぼに比べてうちは特別だと大変喜ばれたそうだ」
「私が聞いたところでは、(雷が落ちた場所は)円形に変わるという。収穫のころには全く分からなくなり、ほかの稲といっしょに収穫するが、雷が落ちた年のほうが、いいお米が取れると昔から言われている」
またひとつ、謎が増えた。でも、言い伝えの情報も増えた。
国内では、生育途中の稲にプラズマを照射させて調べる研究も行われている。
謎がひとつでも多く解明できるようにと、雷さまに手をあわせて、現場をあとにした。
私の父もかつてはコメ農家だった。それもあって、今後の研究成果に注目している。
一方、農家の高齢化などが進む中で、言い伝えが途絶えてしまわないかも気がかりだ。古い伝承を記録する青柳さんの取り組みも大切だと感じた。
“雷が多いと豊作になる”
科学的に解明されるその日まで、稲作も言い伝えも残っていることを願っている。
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