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とり・みきの吹替どうなってるの「山田康雄とイーストウッドの微妙な関係」

 山田康雄さんのことを、ある程度の字数でもって語るのは、実はこれが初めてだと気づいて、ちょっと自分でも驚いている。そもそもマンガ家である筆者が吹替のことについて文章を書いたり書かされるようになったのは、95年刊の“とり・みき&吹替愛好会”と銘打った複数のライターによる共著『吹替映画大事典』(三一書房)がきっかけだった(あちこちでいっているが現時点から見ると取材不足やデータの誤謬も多いので、リファレンス用としてはもはやお薦めしない)。

 本来は、業界に精通している人が著したそうした本を読みたいと思っていた我々が、分際を省みず先の本を作ろうと思い立ったのは、長い間慣れ親しんできた声の出演者の物故が続いたからだった。しかし、やや遅きに失したというか、企画がスタートしてまもなく、我々は山田康雄の訃報をも聞くことになる。吹替をリードしてきた重要人物の一人として直接お話をうかがいたかったのだが、これはついぞかなわぬこととなった。自分の場合、基本的には出来るだけご本人に取材した話を優先して紹介したいと思っているので、今日まで山田さんのことを書く機会がなかったというわけだ。

 したがって、山田康雄の個人的なエピソードは、色んな方の著作やインタビュー、ご本人の雑誌・ラジオ・テレビでの発言以上の知識は持ち合わせていない。それらのうち幾つかはweb上でも読めたり視聴できたりするが、多くの方の証言から、故人の録音現場での厳しい姿勢がうかがい知れる。また、自分はあくまでも役者であり「声優として」扱われることが好きではなかった、というようなことも。

 本文に入る。山田康雄といえば。吹替映画では一にも二にもクリント・イーストウッドだ。筆者もまったくその点に異論はないのだが、以前、短い文章で「さして声が似ているわけでもなく、後期の作品では若干違和感も感じる」などと書いたら、山田イーストウッドに強い思い入れのあるファンの方々からお叱りを受けてしまった。筆者もまた山田イーストウッドのファン、という前提の上に書いた感想ではあったのだが、あらためてその根強い人気を認識したものである。

 ただ、年代にもよるが、上のような感想を持つ人は、筆者以外にも少なからずいた。これはイーストウッドがつい最近まで第一線の主演俳優で、その声も知られていたこと、山田康雄本人もまたテレビでよく顔を知られていたこと、加えて圧倒的人気キャラだったルパン三世とのギャップ、などが理由としてあげられるだろう。そして、先の私の感想は、実は誰よりも山田康雄自身が、テレビや雑誌のインタビューで、よく口にしていたことであった。

 とはいえ吹替はモノマネではない。声質は似ているに越したことはないが、それよりも役のイメージにフィットしているかどうかのほうが重要だ。さらに、吹替のキャスティングは、その役単体で決まるわけではなく、相手役との声の対比や、グループ全体のバランスを考えて配置されることも多い。山田康雄がイーストウッドのフィックスになったのは、テレビシリーズ「ローハイド」(NET=現テレビ朝日/59年~)で、主人公ギルの若き片腕・ロディ役に抜擢されたことがきっかけだった。

 他の配役はエリック・フレミング(ギル・フェーバー)小林修、シェブ・ウーリー(ピート)金内吉男、ポール・ブラインガー(ウィッシュボーン)永井一郎、ジェームズ・マードック(マッシー)市川治、スティーヴ・レーンズ(ジム・ケンツ)藤岡琢也など。余談だが小林修に上司やリーダー役が多いのも、このときのイメージが大きいのかもしれない。若年ながら老料理係ウィッシュボーンを演じた永井が、以後老人役が多いのも同様だ。なお、フレミングとイーストウッドはこの時に来日しており、小林・山田と対面している。

 「ローハイド」は人気番組だったので、筆者より上の世代には、このシリーズでイーストウッドの声は山田康雄、という刷り込みが出来たと思われる。これはテレビ「拳銃無宿」(フジ/58年~)のスティーヴ・マックィーンを担当した宮部昭夫が、そのまま後の長尺番組(洋画劇場)でもフィックスとなった経緯と同じだ。視聴者からすると最初に見たものが親になる。演じる側も、つきあいが長ければ、それだけ喋りの癖もよく掴んでいるし、画面の中の俳優が次にどういうリアクションを取るかまでわかってくる。どちらからいってもごく妥当な流れだったろう。筆者自身は年代と育った地域のせいで「ローハイド」を視聴したのはだいぶ後になってからだったが、「ローハイド」を知っている世代と「ルパン」から入った世代では印象が違ってくるのはしかたがない。

 だがしかし、吹替マニアにはよく知られた事実だが、実は「日曜洋画劇場」(NET)に最初に登場した『荒野の用心棒』(71年放送版)のイーストウッドは山田康雄ではなく納谷悟朗が担当していた(ジャン・マリア・ヴォロンテは小林清志、マリアンネ・コッホは渡辺典子)。放映局が違えば、ままそういうことはあるのだが、同じNETでなぜ? 以下は『映画はブラウン管の指定席で』(テレビ朝日編/86年)から引用した山田の言葉。

 「ローハイドのときには、ナイーブで、アメリカ青年代表というタイプだったのが、『荒野の用心棒』では非常に男臭くなって帰ってきました」「ローハイドのときはぼくも駆け出しのころでしたから、なんとなくスムーズに入れましたが、今度は少し違っていました。しばらく会わないでいたら、彼は彼なりの役者の道を進んでいたというわけです。ぼくとは全然違う方向へね」「ぼくは、のちの『ルパン三世』につながる“軽さ”の道を歩んでいたんです」

 納谷悟朗さんにも、過去のインタビューでお会いしたときにこの経緯をお聞きした。「ヤスベエもそういう意向だったし、プロデューサーも“強い男”のイメージを打ち出したくて、そういう役の多かった僕に振ったんだ。彼も納得済みだった。でもやっぱり視聴者にはヤスベエの印象のほうが大きかった。当然だと思うよ」

 以後「日曜洋画」は、73年の『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』では山田康雄のイーストウッドに戻し(この音源をベースにした“完声版”吹替が「夕陽コレクターズBOX」に収録されている)『荒野の用心棒』ものちに山田康雄で再録されることになった。これらの作品でセルジオ・レオーネは本来タバコ嫌いのイーストウッドにむりやり葉巻を加えさせ、そのためにあの苦み走った独特の表情が生まれた、という説があるが、筆者が個人的に気に入っている山田さんの声の演技も、葉巻を加えたまま絞り出すようにセリフを発する幾つかの場面である。

 こうして(夏八木勲のTBS版『荒野の用心棒』、樋浦勉の日テレ版『真昼の死闘』などという例外はあるものの)それからは『ダーティハリー』シリーズを始め、ほとんどのイーストウッド作品は、どの局であろうと存命中は山田康雄が務めることになる。こうした鉄板のフィックスに自負を持たないわけはない。テレビのインタビュー番組ではオーバーな表情で質問をはぐらかすシーンがよく見られたが、そこには一種の「照れ」や、東京人特有のひねくれもあると考えるべきだろう。同時に「ルパンやイーストウッドという固定観念でなく他の仕事も見てくれ」という想いもあったに違いない。

 ということで、次にイーストウッド以外の山田康雄の吹替の仕事を見てみることにしよう。まず重要なのは「コンバット!」(TBS/62年~)。奇しくも「ローハイド」と同じ時期にNHK-BSで再放映されていたので、若い人でもご覧になった方は多いと思う。筆者が山田康雄を山田康雄と意識して見た最初の外画が、この「コンバット!」であった。ノルマンディ上陸後東進する“第2小隊”の物語で、キャラの立ったメンバーによる群像劇が見どころ。そう書いてピンと来る方もおられると思うが、パトレイバーの第2小隊などもこのドラマの影響下のずーっと延長線上にある。

 配役はリック・ジェイソン(ヘンリー少尉)納谷悟朗、ヴィク・モロー(サンダース軍曹)田中信夫、ジャック・ホーガン(カービー)羽佐間道夫、ピエール・ジャベール(ケリー)山田康雄、ディック・ピーボディ(リトルジョン)塩見竜介、コンラン・カーター(ドク)嶋俊介といった面々。羽佐間さんにお聞きしたところでは、放映時期が長かったこともあり、吹替陣のチームワークもとてもよかったそうだ。ケリーは主にフランス語の通訳として活躍。セリフは少なかったが、この「フランス系」と「群像劇」というところが以下の話のポイントになる。

 山田康雄にこの役が振られたということは、そういう「声の感じ」があった、ということだろう。具体的に声質の特徴を聞かれると答に窮するが、ヨーロッパ的・フランス的な雰囲気をイメージさせる声、というのは確かにあるようで、例えば女優さんでは、ブリジッド・バルドー、ミレーヌ・ドモンジョ、アネット・ヴァディム、カトリーヌ・ドヌーヴを担当した小原乃梨子がまさにその代表格だった。同様に山田康雄もまた、ジャン=ポール・ベルモンドとジェラール・フィリップを、もっとも好きな俳優として挙げており、吹替も(とくにベルモンドは)数多く担当している。飄々とした山田自身のキャラにも合っており、ベルモンドのイメージが入っているルパンもまたこの系統といえるだろう。

 いっぽう、軽妙洒脱なフランス人俳優とは違って、アメリカ人では、ピーター・フォンダ(『イージー・ライダー』『悪魔の追跡』等)、ブルース・ダーン(『ファミリー・プロット』『笑う警官/マシンガン・パニック』等)、ロディ・マクドウォール(『猿の惑星』シリーズ)、テレンス・スタンプ(『遥か群衆を離れて』)、古くはロバート・ウォーカー(『見知らぬ乗客』)など、どこか狂気をはらんだ感じの俳優を担当することが多かった。やや震えたしゃがれ声が神経質さをよく表わしていたが、このへんの担当俳優の違いは興味深いところではある。

 最後に記しておきたいのが、ルパンを含めたこれら主役・もしくは準主役のときのイメージとは違い、順列でいえば3番目4番目くらいの脇役に回ったときの山田康雄の演技の端正さ、そして癖のなさである。全体のアンサンブルを考えメインの俳優の邪魔をしていないのだ。

 例えば『フレンチ・コネクション』(ジーン・ハックマンを小池朝雄、ロイ・シャイダーを羽佐間道夫、フェルナンド・レイを大平透)のトニー・ロー・ビアンコがそうである。そして、あの芸達者揃いのモンティ・パイソンにおいて、実はいちばん抑えたクールな演技をしていたのがグレアム・チャップマンの山田康雄だった(まあチャップマン自身が素っ頓狂な役を演じているときは違ったが)。他のメンバー=納谷悟朗、広川太一郎、青野武、飯塚昭三らとの対比を考えてのことと思う。

 しかし、これら他の俳優は、だんだん銀幕に、ひいてはブラウン管に登場することが少なくなっていき、結局いちばん男らしいイーストウッドだけが残った感じになっていった。

 山田康雄よりは2歳年上のイーストウッドだが、山田の現役中も大スタアではあったものの、映画人としてはむしろ山田の没後に名声を確とした感がある。こればかりはいたしかたのないことであるし、山田さん亡き後、声を担当した複数の声優さんにも失礼な物言いだが、ダーティハリー吹替版を担当したその同じ人物の「年老いた」声で『グラン・トリノ』のあのセリフを聴いてみたかった。

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