焦点:仏銃撃事件で炎上か、イスラムめぐる欧州「文化戦争」

焦点:仏銃撃事件で炎上か、イスラムめぐる欧州「文化戦争」
 1月8日、イスラム教を繰り返し風刺していた仏週刊紙本社での銃撃事件は、欧州各地で反移民の機運を一段と高め、「文化戦争」を燃え上がらせる可能性がある。写真はパリ市内をパトロールする兵士ら。昨年12月撮影(2015年 ロイター/Gonzalo Fuentes)
[パリ 8日 ロイター] - イスラム教を繰り返し風刺していたフランスの週刊紙「シャルリエブド」の本社銃撃事件は、欧州各地で反移民の機運を一段と高め、宗教や民族的なアイデンティティーをめぐる「文化戦争」を燃え上がらせる可能性がある。
7日にパリ中心部で起きた同事件では、覆面をした複数の人物が建物に押し入り、「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら編集者や著名風刺画家ら12人を殺害。事件直後にはフランス国内で、社会の結束と言論の自由を訴える声が沸き上がった。
しかし、経済停滞と高い失業率に苦しむ同国では、そうした動きはあたかも「束の間の停戦」のように映る。フランスは欧州最大のイスラム人口を抱え、国家のアイデンティティーとイスラム教の役割をめぐる激しい議論の真っただ中にある。
欧州大学院の政治学者で中東問題の専門家オリビエ・ロイ氏は、今回の事件で「フランス国内でイスラム嫌悪が一段と強まるのは必至だ」と語る。
フランスの作家でジャーナリストのエリック・ゼムール氏は著書「Le suicide francais(原題)」の中で、大量のイスラム移民が同国の世俗的な価値観を破壊する一因になっていると書いたが、同著は2014年のベストセラーとなった。また、作家で詩人のミシェル・ウエルベック氏は、2022年にはイスラム教徒のフランス大統領が誕生し、宗教学校や一夫多妻制、女性の労働禁止制度を導入するという内容の小説を発表し、年明けに大きな話題を呼んだ。
シリアやイラクで一大勢力を築いた過激派組織「イスラム国」にフランスからも多くが参加していることも、社会の不安を募らせている。治安当局は、イスラム国の思想に染まった帰国者が大量殺りくを起こす可能性に警戒を強めている。
極右政党の国民戦線(FN)は、事件発生から時を移さず、過去数十年で最悪の政治的暴力行為を移民の問題と結び付け、死刑制度の復活をめぐる国民投票の実施を求めた。
一方、フランスのイスラム教指導者は、シャルリエブドの風刺に対する正しい反論の方法は、流血や憎悪を通じてではないと呼びかけた。
<追悼と報復>
世論調査で支持率を伸ばす国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は、「イスラム原理主義」がフランスで宣戦を布告したとし、それに対する強力かつ有効な対策が求められると述べた。
ルペン党首自身は、フランス的な価値観を共有する一般的なイスラム教徒と、「イスラムの名を借りた殺人者」を注意深く区別している。ただ、同党創始者でルペン氏の父親であるジャン・マリー・ルペン氏と、同党副代表のフロリアン・フィリポ氏は、もっとあからさまだ。
フィリポ氏はRTLラジオに対し、「イスラム急進主義と移民が一切関係ないと言う人は別の惑星に住んでいる」と語った。
事件から一夜明けた8日、イスラム教指導者らはシャルリエブドの本社の外で祈りをささげ、国を挙げた服喪に参加するよう信者に呼びかけた。
一方、この日未明には事件への報復とみられる襲撃が相次ぎ、同国西部ルマンのモスク(イスラム礼拝所)で発砲があったほか、東部ビルフランシュシュルソーヌでもモスク近くの飲食店で爆発があった。
オランド大統領は先月、移民を経済および文化的な恵みとして受け入れるよう国民に呼びかけ、景気低迷のスケープゴートにしてはならないと強調した。これに対し、政界復帰を狙うサルコジ前大統領は、不法移民の取り締まり強化を求めている。
昨年フランスで実施された調査では、国民は移民が人口の31%を占めていると考えていることが分かった。これは実際の数字の約4倍となる。フランスは民族的もしくは宗教的な人口統計は取っていないが、ピュー・リサーチ・センターによる調査では、同国の人口に占めるイスラム教徒の比率は約7.5%となっている。国民との意識に差はあるが、同数字は、オランダの6.0%、ドイツの5.8%、英国の4.4%を大きく上回っている。
<問われる多文化主義>
「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人(PEGIDA)」と名乗る団体は、ドイツがイスラム教徒によって侵略されていると主張し、ドレスデンで毎週、最大1万8000人が参加する反移民デモを開催している。
メルケル首相ら政界のリーダーは国民に対し、反移民デモとは距離を置くよう呼びかけ、首相はデモ主催者を「心に憎しみを宿している」と強い調子で非難している。
ドイツでのPEGIDAの台頭は、反ユーロを掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進も関係している。そのPEGIDAは仏紙銃撃を、自分たちの考えを正当化する事件として飛びついた。
フェイスブック上で同団体は「イスラム教徒がフランスで示したのは、自分たちに民主主義の能力がなく、その代わりに暴力と死を解決策と考えていることだ」と主張。さらに「われわれの政治指導者たちは反対のことを信じ込ませたいようだが、ドイツでもまずこうした悲劇が起きなくてはならないのか」と書き込んだ。
昨年11月にドイツで行われた調査では、イスラム教徒ではない国民の57%が、イスラムによる脅威を感じていると答えていた。
英国では、反欧州連合(EU)を掲げる英独立党(UKIP)の党首ナイジェル・ファレージ氏が、仏紙襲撃事件は、自国の中に存在する敵勢力によって起こされたと主張。LBCラジオに対し「英国は他文化から来た人たちに自分たちの文化の中にとどまるよう奨励し、社会に完全に溶け込まないよう仕向けていた」と語った。
この発言に対しキャメロン首相は、自身も多文化主義を失敗と呼んで移民の制限を求める立場だが、今は政治ゲームとする時ではないと非難した。
社会科学者らは、フランス式の同化主義的移民政策も、米国や英国などの多文化主義的移民政策も、社会から疎外された若いイスラム過激派による暴力は抑えられなかったと指摘する。
10年前に映画監督のテオ・ファン・ゴッホ氏がイスラム教徒によって射殺された記憶が残るオランダでは、強硬な反イスラム主義者である自由党のヘルト・ウィルダース氏が、世論調査で高い支持を集めている。ウィルダース氏は仏紙銃撃事件の発生直後、オランダへのイスラム移民流入をストップさせるよう求め、「西側は戦争状態にあり、脱イスラム化すべきだ」との声明を出した。
極右の反移民政党が勢力を伸ばす北欧諸国では、イスラム教指導者らが、自分たちのコミュニティーは暴力の波にさらされていると訴えている。
スウェーデンのイスラム協会の会長オマール・ムスタファ氏によると、イスラム社会を狙った放火事件や人種差別的攻撃が相次いだのを受け、多くのモスクが夜間巡回を始めたという。同氏は「厳しい時期だ。憎しみの力や反民主主義的な力が、右派の過激主義者と宗教的な過激主義者の両方に重い課題を突き付けようとしている」とロイターの取材に語った。
(Paul Taylor記者、翻訳:宮井伸明、編集:伊藤典子)

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