原発めぐる山口・上関町長選 賛否両派の得票率にも人口減の影

武井宏之
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 山口県上関町長選は、1982年に中国電力原発計画が町内に浮上して以降、2011年までは原発推進派と反対派が町を二分する選挙戦を繰り広げ、推進派が9連勝している。無投票当選が2回続き、11年ぶりの選挙戦となった今回、推進派、反対派双方の得票率と、投票率の行方が注目される。

 原発計画の浮上後、初めてとなった83年の町長選は新顔同士の対決となり、推進派候補が得票率57・5%で当選した。だがその後、得票率は87年から2回続けて下落し、91年は46・2%を獲得した反対派候補に337票差まで迫られた。

 しかし、次の95年に推進派候補は56・9%まで巻き返し、以降は選挙のたびに得票率を伸ばした。07、11年には67%前後を獲得し、反対派候補をダブルスコアで突き放した。

 ただ、推進派の得票率がアップしたと言っても、得票数が増えたわけではない。前町長の柏原重海氏が再選された07年に微増したのを除けば、推進派も徐々に得票数を減らしている。

 一方、反対派は一貫して得票数を減らし続け、07年は前回より3割近くを一気に失った。推進、反対両派とも83年から11年にそれぞれ1千票以上得票を減らしたが、反対派の減少がより著しいことが、推進派の得票率アップに反映されている。

 得票数の減少は、少子高齢化が進み、町の人口が激減したことが最大の要因だが、投票率の低下も影響している。99年までは95%前後と極めて高かった投票率は、町長の引責辞任に伴う03年10月の町長選で80%台に落ち、11年は87・55%と過去最低を更新した。

 今回は、町の人口が20年に2342人(国勢調査)と、10年間でさらに1千人近く減少する中での選挙戦となる。武井宏之

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