日本が誇る“デジタル地図製造工場”
かの伊能忠敬は日本全土を17年かけて測量して歩き、1821年に「大日本沿海輿地全図」を完成させた。
その偉業はもちろん讃えられるべきだが、地図作りの本当の苦労は“最初に作ること”よりむしろ、その地図を常に最新のものに更新し続けることにある。
日本は世界でも有数の“デジタル地図大国”だが、この市場をリードするのは、北九州市に本社を置く地図製作会社、ゼンリンだ。グーグル、ヤフー、マイクロソフト……ほとんどのデジタル地図サービスがゼンリンの地図データを基にしているし、カーナビ向け地図でもトップシェアを誇る。
ゼンリンが日本で初めて地図情報のデジタル化に乗り出したのは1981年のこと。当時、すでにゼンリンは全国の住宅用地図(北方4島と小笠原諸島を除く)を整備する業界最大手だったが、その一方で地図職人不足に悩んでいた。
「烏口(からすぐち)」と呼ばれる製図用のペンを使って、細かな枠内に世帯主や店舗の名前を書き込むのが地図職人の仕事。このとき、誰が書いても同様の字体であることが、一つの職人芸でもある。ところが80年代には“丸文字”が流行り、若い地図職人の間で住宅地図特有の均質な字体が維持できなくなってきたのである。デジタル化は品質維持のために、やむにやまれぬ選択でもあったのだ。
また、カバーするエリアが広がれば広がるほど、情報更新のために割く人手も膨大になっていった。
現在、ゼンリンは全国に70の調査拠点を持ち、1000人の専門調査スタッフを抱えている。都心部は年に1回、島嶼(とうしょ)部などでも5年に1回は必ず調査する。
調査員は毎日、建物の形状や看板、表札を見ながら歩いて情報を集めている。ビルの中まで入って1部屋ごとに表札を確認、個人の家屋か事業者かといった情報を取得する。地下街や公園内の通路も「雨に濡れないルート」といったきめ細かい経路案内のデータに使うために、情報を集めて回る。
自動車での調査も行っている。細い道路も調査できるよう、軽自動車で全国の道路をくまなく走り、グーグルのストリートビューと同様、すべて映像で記録している。
「あくまで道路規制情報の収集が目的で、グーグルのストリートビューのような商用ベースでの利用は考えていないが、われわれも全国の道路の映像は持っている」と西村仁哉制作本部長は説明する。
誤差3~4センチメートルという高精度の道路情報を収集するための「軽くフェラーリが買えるくらいの高価な装備を積んだ高度計測車両」(西村本部長)も含め、計測車両は全国に60台が配備されている。
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