視点:消費税16%と歳出削減45兆円のリアリティ=フェルドマン氏

視点:消費税16%と歳出削減45兆円のリアリティ=フェルドマン氏
 1月13日、モルガン・スタンレーMUFG証券のチーフエコノミスト、ロバート・フェルドマン氏は、2015年の日本経済は消費増税の「二日酔い」からさめて回復基調に戻る見通しだが、持続的な成長経路に乗るためには財政健全化が欠かせないと指摘。提供写真(2015年 ロイター)
ロバート・フェルドマン モルガン・スタンレーMUFG証券 チーフエコノミスト
[東京 13日] - 2015年の日本経済は消費増税の「二日酔い」からさめて回復基調に戻る見通しだが、持続的な成長経路に乗るためには財政の健全化が欠かせないと、モルガン・スタンレーMUFG証券のチーフエコノミスト、ロバート・フェルドマン氏は指摘する。
ただ、その手法は増税、歳出削減、成長力の底上げなど、バランスのとれたものでなければならないと説く。
同氏の見解は以下の通り。
<顕在化し始めた円安効果>
2014年4月以来、2四半期連続でマイナス成長が続いた日本経済だが、ここにきてようやく消費増税の二日酔いから回復し始めている。足元の経済指標は底入れの兆候を示すものが増えており、今後、実質所得は次第に改善し、消費は上向き、企業の設備投資も回復していくことだろう。
先行きの見通しを好転させてくれたのは、他でもない、消費再増税の延期だ。2014年4月の8%への増税第1弾は大方の想定以上に景気を冷え込ませた。10%への増税第2弾を当初予定の2015年10月から17年4月に延期したことは、消費マインドの回復に当面、確実に貢献すると思われる。
また、将来に関して増税一辺倒ではなく、成長力の底上げや歳出削減も進め、よりバランスのとれた経済運営を目指すことが分かった点は高く評価できる。
もう一つの好材料は、政権与党が12月の総選挙に勝利して、アベノミクスに弾みがついたことだ。周知の通り、新成長戦略は昨年6月に閣議決定され、現在、法制化や事業化が進められている状況にある。第3次安倍政権発足後、すぐさま3.5兆円規模の緊急経済対策も決まったが、何より今年は第3の矢(成長戦略)の本格的な実行がいよいよ期待できる点が大きい。
加えて、日銀による異次元金融緩和の長期化が確実になるなか、円安のプラス効果が次第に顕現化している点も好材料だ。秋口以降、輸出額が伸びに転じたほか、自動車や家電などの分野で国内生産比率を高めようという動きが出始めている。さらに、円安を背景に海外から日本を訪れる旅行者(インバウンド観光)が急増している。観光ビジネスの活況は都市部だけでなく、地方も潤わせる。これはアベノミクスが輸出産業以外にも好影響を与える証左だ。
2015年度の実質国内総生産(GDP)成長率は、こうした好材料に加えて昨今の原油安による景気浮揚効果もあり、14年度見込みのマイナス0.9%から大きく改善して、1.4%に達するとみている。生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI、消費増税の影響除く)は、日銀の2%目標には届かないものの、15年度1.1%、16年度1.7%と着実に上昇していくだろう。
原油安はエネルギー関連の品目の価格押し下げ要因だが、日本の実質賃金、企業収益にはプラスに働き、景気にとっては間違いなく追い風だ。極端な原油安となって金融市場や資源国発の世界経済混乱が起こる可能性には留意する必要があるが、現状程度ならば賃金を押し上げ、むしろ中期の国内物価に対しては押し上げ要因として捉えるべきだ。
<「増税=財政再建」は間違った発想>
ただし、中長期で見て、日本経済が持続的成長経路に乗ることができるかは、今後の改革次第だ。規制改革を進めることはもちろんだが、社会保障の持続性をどう確保するかが極めて重要な論点となろう。持続可能な社会保障は、国民の将来不安を解消し、消費にも好影響を与えることが期待できる。財政健全化が成長を促し、成長が財政健全化の進展に寄与するという好循環を作り出す必要がある。
ちなみに、昨年までは「増税=財政再建」が一部の官僚や有識者の通説だったが、増税だけで(特に消費税率の引き上げだけで)財政再建を果たせるとは思えない。
例えば、財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下「財政審」)の試算でも、そのことは明白だ。財政審の長期推計(後述する成長率などを前提としたケース)によれば、消費税が10%になっても、2060年度時点における債務残高対GDP比を現在の200%超から100%まで引き下げて安定化させるには、2020年代前半にGDPの11.94%ポイント相当分の収支改善が必要となる。額にして、およそ60兆円だ。
1%の消費税率引き上げによる税収増効果をやや多めの2.5兆円と見積もり、すべてを消費増税でカバーしようとすれば、さらに24%ポイントの税率引き上げが必要となる。10%への引き上げがこれだけの物議を醸す国で、34%の消費税率は相当ハードルが高いと言えよう。
では、どうすればよいのか。要は、歳入・歳出・成長のバランスだ。成長については後述するとして、仮に60兆円を歳出入改革で全額カバーしなければならないとすれば、増税で25%(15兆円)、歳出削減で75%(45兆円)を賄うというイメージはいかがだろうか。この配分ならば、増税分は消費税一本頼みとしても、税率は16%程度で済む。あと残りの45兆円を歳出改革で実現することになる。
削減対象の最大項目は当然、社会保障費だ。実は日本の非社会保障支出費(公共投資・教育費・防衛費など)の対GDP比は、すでに経済協力開発機構(OECD)加盟国の中ではスイス以外で最少となっている。その一方で、社会保障費は高齢化に伴い年々増え続けており(自然増だけで1兆円規模)、厚生労働省によれば、社会保障給付費総額は2014年度の予算ベースで115兆円に達する。ちなみに、2013年の国民経済計算を基にした私の試算ではもっと多く、ざっと127兆円以上ある。公的部門の歳出総額(連結ベース)は195兆円程度だから、その65%が医療・年金などの社会保障関連ということになる。
実は127兆円の5%(6兆円強)程度を削減することは、細かく積み上げれば、さほど難しくはない。ただ、40兆円以上削るとなると、年金支給開始年齢をさらに引き上げたり、受給資格に所得制限をかけたり、医療費の自己負担比率を上げたりといった痛みを伴う削減は当然必要になる。
こう話すと、非現実的に聞こえるかもしれない。だが、実は国民レベルでも社会保障費の削減は不可欠という意識は高まっているのではないか。私は講演会などの際に出席者にアンケートを取っているが、収支改善幅に占める増税と歳出削減の割合について聞くと、五分五分との回答が最多で、その次に先ほど私が提案した25%対75%との回答が多い。
政府はこの夏に財政健全化計画を提示するというが、歳出削減に切り込んだ分だけ、増税に頼らなくてよいことを国民には知ってもらいたい。
<R&Dと生産性の相関に成長のヒント>
一方、成長の高低によって、税収は当然、変わってくる。財政の安定化へ必要な収支改善幅が前述した60兆円程度で済むためには、実質成長率2%・名目成長率3%程度で推移する必要がある。これに対して、日本の潜在成長率は0%台後半なので、実質成長はよくて1%程度なのではないかとの声がある。しかし私はこの点について、日本にはまだできることが多いと言いたい。
名目成長を引き上げる2%インフレ目標は日銀の仕事であり、前述したように、今後は着実にコアCPIで1%台に乗せてくるとみている。一方、実質成長については、ここに面白い試算がある。2004年から13年までの10年程度の中期的なデータで見て、OECD加盟の先進成熟国(ルクセンブルクなど経済規模の小さい国は除く)では、研究開発費の対GDP比が1%ポイント上昇すると、労働生産性の伸びが約0.4%ポイント上昇している。
この試算が示唆するのは、アベノミクスが2%超の実質成長を実現するためには、マイナス約0.5%の生産年齢人口を補うことも必要で、労働生産性の伸び率を2.5%にしなくてはいけない。単純だが、研究開発費の対GDP比を現在の3.3%から約6.5%にほぼ倍増させなければならないということだ。これは年間約16兆円の追加的な研究開発費に相当する。
膨大な金額だが、決して不可能ではないと私は考えている。例えば、期待できる分野は農業だ。2009年の農地法改正以降、一般企業の農業参入の動きは加速し、農業ファンドも増えている。さらに肝心要の農協改革が進捗すれば、J‐REIT(不動産投資信託)方式の導入など、抜本的な活性化策が期待できる。ここまで進めば、国内外から良質な日本の農業の将来性に賭けたマネーが集まり、研究開発にも弾みがつくはずだ。
もともと日本の創造力は優れているのだから、イノベーションの結果生まれた農業関連製品を市場で売る換金力には期待できる。このように考えると、生産性向上の余地は高いはずだ。
ちなみに、農業に限らず、規制改革を実行する際には、供給力の強化という側面だけにとらわれず、需要の喚起という発想も強く持つべきだ。
例えば、電気自動車や燃料電池車の普及に必要な充電、水素ステーションの整備加速を促すために規制緩和をするのはよいが、それだけで満足してはいけない。充電、水素ステーションが全国各地にできて、電気自動車や燃料電池車の普及が進み、その結果、エネルギー価格が下がり、実質所得の向上を通じて需要サイドにプラスになるとの発想力を持って、政策面でその流れを後押ししていくことが大事だ。
規制改革は、スタートポイントに過ぎない。成長力の底上げという意味で、アベノミクスにできる仕事はまだたくさん残っている。
*ロバート・フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のマネージングディレクター、チーフエコノミスト。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。
*本稿は、ロバート・フェルドマン氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2015年の視点」に掲載されたものです。(here
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