書評

東京基督教大学教授・西岡力が読む『エクリプス』エリック・ファーユ著、松田浩則訳 拉致被害者の心に迫る小説

『エクリプス』エリック・ファーユ著、松田浩則訳
『エクリプス』エリック・ファーユ著、松田浩則訳

 フランス人の作家がフランス語で北朝鮮による日本人拉致をあつかった小説を出した。まずその事実自体に驚いた。作家エリック・ファーユ氏は日本に来て拉致問題についてかなり緻密に取材を行った上で、「小説」として本書を書いた。

 主人公は新潟市内で中学からの帰宅途中に拉致された「田辺菜穂子」とその両親、そして佐渡でお母さんと買い物に行った途中で拉致された「岡田節子」らだ。

 私は邦訳二百数十ページのこの小説を一気に読むことができなかった。その理由は、菜穂子と節子が北朝鮮の地でどのような思いで暮らしているかが具体的に描写されている場面で、胸が苦しくなって先に進めなくなったからだ。たとえば次のような場面だ。

 〈一度、菜穂子=孝善はいつもより泣いた。その日は彼女の誕生日だった。この瞬間に家族のことを考えるのは、前日よりも、翌日よりももっとつらいことだった。家族はわたしのことを思っているはず。死んだと思っているのだろうか。そう考えると、いたたまれなくなった〉

 横田めぐみさんの弟は結婚して子供もいるが、いまだに鍋料理はつらくて食べられないという。その理由はお姉さんがいなくなる前の家族だんらんを思い出してしまうからだという。

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