[ウェブ未公開の連載記事を会員限定で特別に全文公開します。初出『婦人画報』2018年10月号]


いまから4年前に始まった巻頭連載「坂本図書」。2022年1月より、当時の記事全文をウェブで公開、オンラインで読めるようになりました。坂本さんの蔵書約1万冊のなかから毎月1冊ずつ人物評として本を紹介するこの試みは、著者との対談というスピンオフ企画を生み、途中休載をはさみながら、2022年2月号の第36回まで続きました。

取材を担当された伊藤総研さんによる坂本さんとの連載の思い出はオンライン配信第1回で読めます。

今回は連載第6回、テーマは映画監督「大島 渚」です。


坂本龍一「健康と音楽」『婦人画報』2016年6月号
撮影=Neo Sora(2016)
一時は2万冊を超えるくらいの蔵書があったというが、今は、だいぶ断捨離して、以前の半分くらいまでに減ったそう。それでもまだ1万冊弱はある。


連載:本と人物録 
「坂本図書」

坂本龍一の傍にはいつも本がある。本から始まる。本に気づかされる。本で確信する。無類の本好きで知られる坂本龍一の記憶と想像の人物録。

■この続きはログインするとお読みいただけます

  • 第1回 ロベール・ブレッソン(公開済)
  • 第2回 夏目漱石(公開済)
  • 第3回 ジャック・デリダ(公開済)
  • 第4回 小津安二郎(公開済)
  • 第5回 黒澤明(公開済)
  • 第6回 大島 渚(この記事:2160文字)
  • 第7回 八大山人 (近日公開予定)
  • 以後、順次公開します

■婦人画報に明かしてくれた坂本龍一さんの日常等、その他のお読みいただける記事はこちら


第6回 大島 渚

1967年、新宿が日本のサブカルチャーの中心だった。世田谷の田舎で小学、中学と過ごした僕は、もの珍しさから高校入学とともに、ジャズ喫茶や本屋、映画館など、新宿の街をほっつき歩く日々を送っていた。ある日、アートシアター新宿文化で、何とはなしに大島渚さんの『日本春歌考』(*1)という映画を観た。スクリーンいっぱいの日の丸と吉田日出子の鮮烈なイメージ。大島映画との出会いは衝撃だった。強い興味にかられて他の作品も観たくなり、次に『日本の夜と霧』(*2)を観た。全編暗くて、ただ学生たちが議論をしている映画という印象で、埴谷雄高(はにや ゆたか)の小説『死霊』を思い起こさせた。ゴダールは「大島の『青春残酷物語』(*3)からヌーヴェルヴァーグは始まった」と言ったが、僕にはあまりピンとこなかった。その後の『無理心中日本の夏』『絞死刑』『少年』などのほうが間違いなく僕に影響を与えている。

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僕の中での一番は『新宿泥棒日記』(*4)。まるで自分の日常を観ているようで、出演者、風景、設定、編集、すべてがとてもリアルに感じられた。世の多くの映画監督はある意味「絵描き」だと僕は思っている。しかし大島さんは「絵描き」ではなく、思想家、あるいは思索者としての映画監督だろうと僕は思う。これは非常に珍しいのではないだろうか。 

その後、『夏の妹』までは観ていたが、『愛のコリーダ』『愛の亡霊』はちょっと敬遠していた。そんななか、『戦場のメリークリスマス』の話が届く。数日後、大島さんは脚本を持ち、ひとりで会いにいらした。俳優も映画音楽もやったことのない僕が出演を受諾する前に「僕に音楽をやらせてもらえますか?」と聞いてしまった。答えは即座に「いいですよ」。なぜ、僕がそんなことを言い出したのか、今でも不思議だ。 

現場での大島さんはイメージ通り、すぐ怒鳴る、怖い顔をしている“大島渚”だった。演出は即興性を重んじていた。たけしにしろ、デヴィッド・ボウイにしろ、僕にしろ、素人の役者。シアトリカルな俳優の動きを嫌がり、リハーサルもテイクも少ない。そして、積極的に役者のアイディアを取り入れる。音楽も100パーセント自由だった。「いいですよ」と言った時点で、自分の仕事は終わりなのだ。「私の仕事は作曲家を決めることで、音楽を作るのはあなたの仕事です」と。完成した映画を観ると音楽がすべてそのまま使われていた。また、本番で奇跡的な偶然が起こることを喜んでいた。『戦メリ』で一番有名なボウイとのキスシーン、コマが飛んだようにガクガクッとなる、あれは本当にコマが飛んだ事故だったが、大島さんは天から授かったこの偶然を喜んだ。ベルトルッチが「映画史上最も美しい」といったラブシーンは大島さんの即興性から生まれている。

『戦メリ』の次回作は“早川雪洲”の予定だった。海外で活躍した日本人に対して、強い興味が湧いていたのだと思う。主役をやってほしいと打診された。しかし、撮影開始直前、大島さんが病に倒れ、映画は完成しなかった。その後、必死にリハビリをし、『御法度』で復活する。テーマは少年愛。思えば『戦場のメリークリスマス』はLGBT映画だった。少年愛は平安の時代から最も清い愛情の姿であるといわれた。大島さんはスタイルは違えど遺作となったこの作品で、国家と集団と暴力、そして、性の問題を扱った。これは初期からの一貫したテーマだといえる。『御法度』の現場は特別だった。そこにいるみんなが大島さんへの最後のご奉公と思っていたのだろう。
 
16歳の、あの新宿での出会いからずっと繫がっている縁。ベルトルッチとはカンヌで大島さんに紹介され、その後三度も一緒に仕事することになった。それも全て大島さんのおかげ。


大島渚著作集 第三巻 わが映画を解体する

大島渚著作集 第三巻 わが映画を解体する 』 (大島渚 著/四方田犬彦・平沢剛 編 現代思潮新社 )
大島監督の著述を四方田犬彦と平沢剛が編纂した全四巻の著作集『大島渚著作集』。第三巻には『愛と希望の街』『御法度』など、監督自らによる24作品への辛辣な論評を掲載。未発表となった幻のヤグザ映画『日本の黒幕』の脚本も初収録。坂本さんの蔵書には大島監督の著作物も多く、「大島さんは社会問題と向き合うとき、映画での表現だけでなく本の執筆やテレビの出演などで思いを伝えようとしていた気がする」と言う。


大島 渚
1932年、岡山県生まれ(2013年没)。1959年『愛と希望の街』で映画監督としてデビュー。カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『愛の亡霊』を始め、『青春残酷物語』『愛のコリーダ』『戦場のメリークリスマス』など挑戦的な作風は国内外で評価された。

*1 1967年公開。大学受験のため上京した男女の対立する価値観を歌で表現した青春映画。音声は撮影後に録音。台詞と歌、音楽のモンタージュが印象的。

*2 1960年公開。安保闘争や学生運動をテーマに描いた作品。政治的要素が強く、公開4日目で上映打ち切りになる。リアルな緊張感を映し出したスピーチシーンが話題に。

*3 1960年公開。過激な描写で若い男女が破滅していくまでのストーリーを描く。「松竹ヌーヴェルヴァーグ」という言葉を生み、興行的にも成功した、大島監督の出世作。

*4 1969年公開。主人公が書店での万引きをきっかけに、新宿の混沌とした世界に引き込まれてゆく。ドキュメンタリータッチで撮影され、登場人物や店が実名で登場する。


撮影=zakkubalan 取材・文=伊藤総研  『婦人画報』2018年10月号より