大村神社は延喜式にも記されている古社で、国の重要文化財に指定されている宝殿などがあって、興味深い歴史を秘めている神社だよ。
この神社にある「要石」、「宝殿」、「虫喰鐘(むしくいがね)」について、宮司様にお話を伺うことができたので、紹介するね。
◇要石(写真左)
地上から表面にでている部分は直径1mだけだけど、地下には深くねむっているんだ。この要石の下には大きなナマズがいて、そのナマズが暴れないように抑えているんだって。だから、大村神社の神のお使いはナマズなんだ。
ナマズの石像(写真右)が要石の前に置かれていて、このナマズに水をかけると願いがかなうんだって。”水かけナマズ”と呼ばれているんだ。
ナマズを暴れないように抑えているから、大村神社は地震の守護神としてあがめられているんだ。
◇宝殿
信長の伊賀攻め(1581)で村中が焼かれたあと、天正15年(1587)に建てられたんだ。青山町に3つだけある国指定重要文化財のうちの1つなんだって。安土・桃山時代の春日造。
宝殿の正面には龍と唐獅子牡丹(写真左)、側面には鹿ともみじ(写真右)が彫刻されていて、色彩がとてもあざやかなんだよ。 屋根はヒノキの皮で造られた”ひわたぶき”なんだ。
◇虫喰鐘(むしくいがね)
江戸時代前期につくられた鐘で、上部の方が虫が喰ったように腐食していることから「虫喰鐘」と言うんだ。この鐘には悲しい2つの伝説があるんだって。
1つは、ある娘がとても大切にしていた鏡を、この鐘を造るときに溶かして鋳型に流しこんでしまったんだって。このことを悲しみ、娘が虫となって、このつり鐘にはって喰いつくすようになったと言われているんだって。
もう1つは、この神社の宮坊がつり鐘を造る材料を全国で集めていて、ある夫婦が亡くなった娘の忘れ形見である鏡を奉納し、この奉納された鏡などを使って鐘をつくりあげたんだって。そしてある晩、この宮坊の枕もとに亡くなった娘の亡霊が現れて、その晩からつり鐘が虫が喰ったようにぼろぼろと腐食したんだって。
今では大晦日には除夜の鐘をつき、諸願成就で初詣の人たちが大勢訪れているよ。
大村神社へは…
近鉄青山町駅下車、
町営バス霧生線、阿保東町下車。
阿保東町バス停から10分。
場所は、観光散策MAPのc-2を見てね。