歌舞伎の掛け声「大向こう」、飛び入りしていい?
掛け声は客席の後ろ、それも上の方から天井を伝って聞こえてくる。「二月花形歌舞伎」を26日まで公演中の大阪松竹座で声の主を探すと、3階席の後方で真剣に舞台を見つめ、俳優が登場したときや見えを切ったときに声を掛けている人がいた。大向こうという呼び名は舞台から見て遠くの客席のことで、そこに陣取って同じ舞台に何度も通う常連客のことも指す。
声を掛けているのは関西に唯一存在する大向こうの親睦組織「初音会」のメンバーたちだ。松竹座の吉浦高志支配人に聞くと「会員でないと声を掛けてはいけないわけではないが、他のお客様にヤジや雑音と思われるような場合はやめてもらうよう注意している」と話す。つまり参加資格はないが、下手な掛け声は遠慮願いたいということになるようだ。
大向こうは俳優の登場や見えのほか、名ゼリフの呼吸の間や所作が決まった瞬間など芝居の最中に客が発する声援の一種を意味するようにもなった。日本の古典芸能独特の風習だ。オペラではアリアの後に拍手や歓呼を受けるものもあるが、演奏や演技の進行中に客が声や音を発することは基本的に許されない。
歌舞伎の場合は掛け声が舞台を盛り上げるだけでなく、舞踊劇「お祭り」のように掛け声が芝居の一部を構成して不可欠なものまである。ただ、「掛かる間が悪いと、セリフが言い出しにくいことがある」(二月花形歌舞伎に出演中の歌舞伎俳優、上村吉弥さん)。大向こうは単なる声援以上に演出として大きな効果を持っているだけに繊細さも必要だ。
初音会顧問の海堀和夫さんは掛け声について「あくまで芝居を盛り上げるためのもの。客の自己顕示欲でやっていては芝居を壊してしまう」と指摘する。「もともと感動した客による自然発生的なものなので、掛け方に明確なルールはない。私も『失敗した』と思うこともある。うまい声を掛けるため、我々も役者さんと同じく生涯修業です」
では大向こうに興味のある歌舞伎ファンはまず何から始めたらよいか。実は関西で大向こうの担い手を増やそうと、京都南座の支配人だった吉浦氏らのアイデアで「関西・歌舞伎を愛する会」(大阪市中央区)が全国でも珍しい勉強会を開いている。2011年4月から毎月1回、すでに参加者が南座や松竹座の歌舞伎鑑賞教室で実践訓練もしている。
1日の勉強会には10人が集まり、歌舞伎のビデオを見ながら講師役の海堀さんが「ここで掛けて」「セリフにかぶせちゃダメ」とタイミングや声色について説明。勉強会が発足して満2年になる今春には、勉強会出身者を初音会のメンバーに加えて京都南座の歌舞伎鑑賞教室などに出向きたい方針だ。
初音会のメンバーは関西の主な劇場から歌舞伎公演の入場パスをもらう代わりに、毎日2、3人を劇場に出している。会員は現在8人。歌舞伎公演中は1人あたり週2、3日劇場に通うことになる。ヘビ年の今年はこれ以上のヘビーローテーションにならないよう、興味のあるファンはまず勉強会に参加し、デビューを目指してみてはどうだろうか。
(大阪・文化担当 小山雄嗣)
[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年2月6日付]
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