「かけ大!」、カウンターの向こうに、うどんを注文。トレイを持って列に並び、好みの竹輪てんぷらや、いなりずしを取る光景が今、東京で大受けという。香川のうどん文化の一つ、セルフうどんが相次いで東京進出を果たしたからだ。全国展開を目指す業者もあり一大旋風を巻き起こすのか、一過性のブームに終わってしまうのかは不透明。取材班は「今、なぜセルフうどんなのか」を探るべく東京に飛んだ。
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山手線の乗客が長い列をつくる「めりけんや」=東京都渋谷区、JR恵比寿駅 |
若者の街、東京渋谷。渋谷区役所近くの公園通りに「まんまるはなまるうどん」が九月六日オープンした。高松市が本社のさぬきうどんチェーン「はなまる」の東京進出一号店になる。
香川と同じセルフサービス。かけ小が百円のインパクト、てんぷらをトッピングする新鮮さが評判を呼び、連日二千人を集める大盛況ぶり。何といっても学生やフリーターら若者客が多い。
都内の女子大生(22)は「マックより全然いい。値段もカロリーもずっと低そう」と満足顔。友人の女子大生(22)は「かまたまってだしは入れないの?」と戸惑い顔。
渋谷から山手線で隣の恵比寿駅。一日平均二十五万人が乗降する駅構内に、セルフさぬきうどん店「めりけんや」が八月二十五日開業した。
JR四国の子会社「めりけんや」(宇多津町)がJR東日本グループと提携し、東京は初出店。駅という立地から仕事の移動の合間に食べていく客が目立つ。
駅近くに勤務する男性会社員(31)は「味も値段もお手ごろ」。栃木県の男性会社員(50)は「出張の機会が心待ちだった。これはいけるよ」と太鼓判。昼夕を問わず終日列はとぎれず、想定の一・五倍以上の一日千五百人近くが来店している。
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渋谷の「まんまるはなまるうどん」。香川と同じセルフ方式が若者に人気だ=東京都渋谷区 |
有望株の商売
相次ぐ東京進出は多くのメディアに紹介され、東京ではセルフさぬきうどんがブーム。
将来性を見極める実験も兼ねて渋谷に出店したはなまるの結果は上々。原宿・竹下通りも十一月に出店し、東京で積極的に展開する意向だ。
めりけんやは十月末にJR上野駅に二号店を構える。一九九〇年の設立から夢だった東京進出がついに実現し、JR四国の梅原利之社長は「首都圏で三年で三十店、将来的に百店を目指したい」と意欲満々。
さらにもう一社。中古本店ブックマーケットを全国三百五十店展開する「フォー・ユー」(高松市)もうどん店の経営に異業種参入する。
はなまると業務提携をしていたが、店舗展開の考え方の違いから関係を解消、独自に「さぬき小町うどん」の屋号で参入する。十月の新潟出店を皮切りに、来春には東京にも進出する。
セルフは全国にも増殖する勢い。はなまるは岡山や姫路など県外に六店展開中で、今年中にさらに三十五店を追加出店。三年で百五十―二百店に拡大する。フォー・ユーは中古本店のノウハウをフル活用し、十年で最低千店とぶち上げる。
攻勢は香川の業者だけとは限らない。東京の飲食業者らが開いたセルフ店は確認しただけで五店以上。大手外食チェーンの参入もささやかれる有望株の商売だ。
10年前は無理
さぬきうどんは高いブランド価値があるのに、本格的な県外進出はなぜかなかった。
それが、なぜ、いま、セルフさぬきうどん?。背景にはいくつかの理由があるようだ。
香川でもブームの引き金となった「恐るべきさぬきうどん」が大手出版社で文庫化されるなど、知名度は全国的にも一段アップ。「この功績は大きい」(フォー・ユーの新谷幸由社長)。
マクドナルド、吉野家に代表されるように外食産業は低価格路線を突っ走っている。客は五百円で満足感を得られ、店も低コストで一定の利益を得られるセルフうどんは「外食デフレ」の時代にぴったりの商材。
「健康」「ご当地物」「本物」…さぬきうどんのイメージも消費者志向にうまくマッチした。
「セルフが香川以外で通用するか」という懸念はコーヒーショップなどの人気が払しょくした。はなまるの前田英仁社長は「スターバックスもうどんと同じセルフ方式」とむしろ外食業界では当たり前とみる。
めりけんやの諏訪輝生社長は「いろんな要素が今という好機を生んだ。十年前なら無理だった」と言い切った。
イメージ一新
セルフうどんが時流に乗ったのは東京進出の大きな要因。だけど、それだけではない。香川の一般的なセルフ店を東京に持ち込むだけでは、まず成功は望めない。
香川の繁盛店はうどんの味もさることながら、独特のシチュエーションが人気に貢献している。しかし、香川に存在してこそ“怪しさ”が県外人に通用するわけで、そのまま県外でも多店舗展開できるはずはない。
そこを飛び越えたのがはなまる。文化や物産としてのさぬきうどんから脱却し、“あく”を抜いたうえで、セルフ方式やさぬきうどんの味を生かした万人向けの店でビジネス化を試みた。
コンセプトは「カジュアルでポップな店」。女性や家族連れ、子供から中高年まで意識し、内外装やデザイン、スタッフ衣装に至るまで古いうどん店のイメージを一新。「和のファストフード」に変身させた。
既成概念を打破できたのは前田社長がアパレル業界から異業種参入し、うどん業界と異なる視点があったから。「セルフ店はB級グルメが人気の発端だが、切り口を変えた途端、すべての客層をカバーするビジネスの可能性が生まれた」。
既存のうどん店を半ば否定して生まれた格好の東京発のブーム。「あんなものはさぬきうどんじゃない」との声も聞こえそうだが、異業種参入の後発組でも「千店になればこっちが標準になる」(新谷社長)。
さぬきうどんが全国区になるか、香川のご当地商売に戻るか。二〇〇二年の東京進出はエポックメーキングになるかも。目が離せない。
「はなまる」や「めりけんや」といったセルフうどん店の進出でにわかに盛り上がる東京の「さぬきうどん」ブーム。今は目新しさも手伝って両店とも順調な滑り出しをみせているが、「そば文化圏」の関東で、ブームは本当に定着するのか。
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茂木信太郎教授 |
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佐々木加奈アナリスト |
冷凍も貢献
「三カ月ほど様子を見ないと確かなことは言えないが、進出のタイミングは絶好。東京でもかなり通用すると思う」
フードビジネスや外食産業に詳しい信州大経済学部の茂木信太郎教授は、その理由として近年のB級グルメブームを挙げるが、うどんにはそれ以外に、単なる一過性では終わらない下地があると分析する。
「なじみのない商品をいきなり出しても全国区になるのは難しいが、ここ十年の技術革新でうまい冷凍うどんが一般家庭に普及し、コンビニでも生めんタイプのうどんが売れ筋になるなど、既にベースとなるうどん需要は大きい」と茂木教授。
そこにブランド力のあるさぬきうどんが進出することで、広範な需要が期待できるという。
ただ、こうした評価は香川とはけた違いの人口を擁する繁華街型のセルフ店に対するもの。「はなまる」や「フォー・ユー」が狙う郊外店展開について、UFJつばさ研究所(東京都)の外食担当アナリスト、佐々木加奈さんは首をかしげる。
「陳腐化のスピードが速い外食業界の中で、うどんはそんなに飽きられる商品ではないが、本場と違って毎日食べる習慣はない」。消費者の選択肢の一つにはなっても、郊外まで「さあ、食べに行こう」という人がどれくらいいるのか。立地が問題になるという。
「恵比寿や渋谷なら問題ないが、郊外ではいくらうどんがうまくても、単品メニューで採算に乗る集客を図るのは難しい」とは茂木教授。トッピングやサイドメニューを充実させないと戦えない、と注文を付ける。
異質な市場
セルフうどんの東京進出の成否もさることながら、本場、香川の人間にとって、最も気がかりなのがうどんの味。うどん通からは「さぬきうどんの名を汚すのでは」との懸念の声も聞こえる。
「業界にとっては、さぬきうどんを東京や全国に知ってもらえる好機だが、ひと口にうどんといっても奥が深い」(さぬき麺業)「『これぞさぬきうどん』と思われるのには片腹痛さも感じる」(かな泉)―。期待と不安に複雑な表情を浮かべる老舗(しにせ)も少なくない。
だが、「恐るべきさぬきうどん」の著者で、タウン情報全国ネットワーク副社長の田尾和俊さんは、東京のセルフうどんの味に合格点をつける。
「もちろん『最高の味』ではないが、香川のセルフ店と遜色(そんしょく)ない。東京でのビジネス展開を考えると『最良の味』と言える」
田尾さんは言わずと知れたうどん通。うどんへのこだわりも相当なものだが、今回、東京でのセルフ店の盛況ぶりに認識を新たにしたという。
「うどん通としてはもう少し高い質を求めたいが、香川と東京は全く異質なマーケット。讃岐のうどん文化にこだわることは今回のセルフ店展開には意味がなく、逆にビジネスの邪魔になる」と田尾さん。
東京でもさぬきうどんのうまさは認知されているが、実際に本物を食べたことのある人はごく少数。「立ち食いよりはるかにうまいうどんを提供すれば支持される。そういう判断ができなければ東京でチェーン展開はできない」という。
コンビニ狙い
これまで、東京にはあまりなかった味と価格、そして目新しい販売方式などが注目を集めるセルフうどん店。
進出した地元経営者は「和のファストフード店」としてマクドナルドや吉野家にも引けを取らないと自信をみせるが、「ファストフードとしては持ち帰りができないという難点があり、客単価も若干高い。吉野家やマクドナルドの客を収奪するよりも、コンビニの客を引き寄せることを考えては」と茂木教授。
分厚い飲食ニーズを持つコンビニの集中地点に店舗展開すれば、かなりの支持が得られるだろう、とアドバイスする。
「フォー・ユー」や「はなまる」がもくろむ全国展開について、佐々木さんは「東京でセルフうどんの経営が軌道に乗れば、資金力やマーケティングに優れた大手もあっという間にチェーン展開するだろう」と予測。「さぬき」というブランド名が抜けたセルフ方式のうどん店が全国に広がる事態もあり得るという。
地元企業としては楽観できない状況だが、「市場というのは一社独占ではなく、さまざまな企業が違う魅力を出し合うことで活性化するもの」と茂木教授。今後、大手のセルフうどん参入も予想される中、外食産業の激しい競争に打ち勝ち、さぬきうどんを名実ともに「全国区」とするためにも、地元企業の奮闘に期待したい。
福岡茂樹、古田忠弘が担当しました。
(2002年9月22日四国新聞掲載)
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