『さびしんぼう』
夢や恋に悩む少年と、彼の前に突然現われた、幽霊のような不思議な少女の交流を描いた『さびしんぼう』(85)は、「尾道三部作」の完結編でありつつも、これまでの若者向けの作風から一転した叙情的な語り口で一気にファン層を拡大した、珠玉のファンタジーだ。
尾道市にある西願寺の一人息子である井上ヒロキ(尾美としのり)は、いつも小言を言う母タツ子(藤田弓子)を煙たがっていた。そんなヒロキのあこがれの女性は、隣の女子校で「別れの曲」をピアノで弾いている橘百合子(富田靖子)である。寺の本堂の大掃除の日、ヒロキがタツ子の少女時代の写真をばらまいたのを境に、彼の前にダブダブの服にピエロのような顔をした女の子“さびしんぼう”(富田)が現われるようになり…。
本作の多くを占めるのはヒロキが暮らすお寺でのシーンだが、ロケ地となったのは劇中と同じ名前を持つ「西願寺」。尾道市街地を見下ろす小高い場所にあるこの寺は、尾道に残るロケ地のなかでも、もっとも劇中の風景がそのままに感じられる場所だ。
あの階段、あの坂道…と記者らが感慨をにじませながら境内に足を踏み入れると、撮影当時から住職を務める岡田慈照住職は、気さくに迎えてくれた。
まず、小林稔侍演じる道了住職が絶えずお経をあげていた本堂を案内してくれた。「木魚はここにあったね。座布団はこうだったかな」と岡田住職自ら、映画内でのセッティングを再現してくれる。
本堂から続く応接間は、正月にタツ子の高校時代の友人である雨野テルエ(樹木希林)とその娘ユキミ(小林聡美)が訪ねてくるコミカルなシーンで印象的に使われた。
岡田住職は“さびしんぼう”をかたどった手のひらサイズのスタチュー、「別れの曲」を収めたオルゴールを棚から出すと、オルゴールのねじを廻し、机の上に並べた。
「別れの曲」が流れるなかでアルバムを眺めていると、大林監督を含むスタッフ、キャストが境内で坊主頭の尾美を囲んでいるスナップが多数あった。みな心から楽しそうに笑いあっており、賑やかな笑い声が聞こえてくるようだ。
映画のラストシーン、そう遠くない未来に住職となったヒロキは立派な坊主頭を披露しているが、岡田住職はアルバムをめくりながらこのシーンの撮影秘話を振り返った。
「尾美くんはここでのロケが毎日だから、2人でよくしゃべっていて。ある時、彼が『和尚さんは、1週間に何回床屋さんに行くんですか』と聞いてきた。どうしてかって聞いたら、『ちょっと長くなったなと思ったら次の日には綺麗に剃ってらっしゃるから、床屋さんですよね?』と。私は慣れているもんですから、風呂場で自分で剃っていたんですよ。尾美くんはバリカン頭にしたこともないというので、『尾美くん、坊主にしたらかっこいいぞ。ラストシーンは最後に撮るから、もし坊主頭になる時は剃ってやるからな』って笑ったんです。まさか本当に剃るとは思わなかった(笑)」。
「ラストシーンの撮影日はわりと時間があったから、お相撲さんの断髪式みたいに境内でみんな少しずつはさみを入れていってね。(富田)靖子ちゃんがはさみを入れたあとにバリカンをして、私が最後に剃り上げたんです。(道了住職を演じた小林)稔侍さんも髪があったから、別にあっても問題はなかったんだよ。でもラストシーンまでずっと撮ってきて、やっぱり気持ちが入っていたんでしょうね」。岡田住職はそう話すと、写真に映る尾美の笑顔を見つけて、うれしそうに目を細めた。
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