最新記事

ドイツ

相次ぐ政治家の論文盗用疑惑と辞任 なぜドイツだけ?

2021年6月1日(火)17時50分
モーゲンスタン陽子
ドイツのフランツィスカ・ギファイ大臣とメルケル首相

ドイツの家族問題・高齢者・女性・青年省のフランツィスカ・ギファイ大臣が論文盗用問題で辞任した REUTERS/Christian Mang

<ドイツのフランツィスカ・ギファイ大臣が5月半ば、政治学のPh.D.(いわゆる博士号)を取得した際の論文盗用問題を受けて辞任した。盗用問題による任期未満の辞任はメルケル政権下で3人目となる>

ドイツ連邦家族問題・高齢者・女性・青年省のフランツィスカ・ギファイ大臣(社会民主党)が5月半ば、2010年にベルリン自由大学で政治学のPh.D.(ドクター、いわゆる博士号)を取得した際の論文盗用問題を受けて辞任した。盗用問題による任期未満の辞任はメルケル政権下で3人目となる。

ドイツでは過去10年に少なくとも20人の政治家に博士論文盗用疑惑が浮かび、多くが辞任に追い込まれている。なぜドイツでは盗用がこれほど問題となるのだろうか。ギファイについても、盗用のこと自体はすでに昨年までに、ベルリン自由大学により博士号剥奪なしという判断が出ているのに、なぜこのタイミングで辞任なのか。DWガーディアンなどがドイツ特有のこの現象について報じている。

国会議員の博士号保持者はドイツ17%、イギリス3%

ギファイに関しては2019年に調査が始まり、論文の約37%に盗用の可能性があるとして糾弾された。ギファイは今後ドクターの肩書きの使用自粛を発表したが、政治活動の制限については言及していなかった。

金銭や交友関係のスキャンダルによる政治家の失脚はよくあれど、政治家の博士論文がこれほど注目される国は他にないかもしれない。過去には欧州委員会議長ウルズラ・フォン・デア・ライエンやドイツ大統領フランク=ヴァルター・シュタインマイアーでさえも盗作疑惑の対象にされたことがある。

フンボルト大学ベルリンのイングランド法教授であり、博士論文盗用について調査するノンプロフィットプラットフォームVroniplag Wikiの査読者でもあるゲアハルト・ダンネマンは、19世紀ごろまでは貴族階級でない一般人が社会で権威を得るには学位を取るしかなく、さらには偽の博士号売買などが横行する結果となったと述べる。現在ドイツではそのような犯罪は厳しく取り締まられるが、学位を鼓舞する傾向は健在で、特に若い政治家には顕著だという。

学位に関する考え方は同じヨーロッパでも異なる。イギリスもドイツも国会議員の8割以上が大卒だが、うち博士号保持者はドイツ17%、イギリス3%だ。進学制度の複雑さから、先進諸国に比べて大学進学率が極端に低いドイツの状況を鑑みると、ドイツの政治家はエリート中のエリートとも言えるだろう。もし政治家がPh .D.を持っていたら、イギリスではそれをむしろ隠すだろうが、ドイツでは自分の名前に必ず用いるだろう、とダンネマンは指摘する。

同じくVroniplag Wikiの査読者でベルリン技術経済大学教授のデボラ・ウェーバー=ヴルフも、アメリカでは学界以外ではPh.D.のタイトルを使わないと指摘する(DW)。確かに筆者にもPh.D.を持つ友人が北米に数名いるが、普段自分の名前にそれをつけることはない。この辺の感覚は日本も一緒ではないだろうか。自分で自分をドクターと呼ぶのは、ちょっと気がひけるのだ。

だがドイツではまったくそのようなことはない。Ph.D.でなくても、ドイツ人は名前の後ろに尾ヒレのように、ありったけのタイトルをつけているのをよく見る。だが、誇示すればするほど、標的にされる確率も高くなる。ドイツではいつしか、学位剥奪が政敵を蹴落とす常套手段となってしまったようだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRB、銀行ストレステスト結果26日に公表 32行

ワールド

ガザ学校攻撃、子ども14人含む40人死亡 イスラエ

ワールド

再送-サウジ・エネ相「自主減産縮小の停止・撤回可能

ワールド

原油安、OPECプラス合意巡る「誤った解釈」が要因
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナの日本人
特集:ウクライナの日本人
2024年6月11日号(6/ 4発売)

義勇兵、ボランティア、長期の在住者......。銃弾が飛び交う異国に彼らが滞在し続ける理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車が、平原進むロシアの装甲車2台を「爆破」する決定的瞬間

  • 2

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 3

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らかに ヒト以外で確認されたのは初めて

  • 4

    「出生率0.72」韓国の人口政策に(まだ)勝算あり

  • 5

    アメリカ兵器でのロシア領内攻撃容認、プーチンの「…

  • 6

    なぜ「管理職は罰ゲーム」と言われるようになったの…

  • 7

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 3

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 5

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「…

  • 6

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    「サルミアッキ」猫の秘密...遺伝子変異が生んだ新た…

  • 8

    アメリカで話題、意識高い系へのカウンター「贅沢品…

  • 9

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 8

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中